時の魔術師 2

ユズリハ

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68: 少年と魔王とお見舞いの話 15

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 何とも言えない奇妙な沈黙が部屋の中に漂う。
 魔王に逆らうこともできず、大人しく対面のソファーに座ったノイギーアとカッツェであったが、魔王と同じ席にいるという緊張で口を開く事が出来ない。
 せっかく見舞いに来てもらったのだから、このまま沈黙で終わらせるのは失礼にあたるとは思うものの、一体何を話せばいいのやら、皆目見当がつかない。
 そもそも他の気心のしれた友人知人とは違い、目の前にいる相手は中央の領地をおさめる魔王だ。
 一体どんな話題で会話をすればいいものか、二人にはまったく分からなかった。

 さてどうしようと本気で頭を悩ませていると、「あ、そうだ!」と場違いなほどいやに明るい声が正面から聞こえて来た。
 声の主は、ツァイト。
 この中で唯一、魔王を前に緊張の欠片も持ち合わせていない、人間の少年だ。


「オレ、他にもノイくんに渡すものがあったんだった」


 すっかり忘れていたとツァイトが笑う。


「渡すもの?」


 一体何だろうとノイギーアは首を傾げた。
 ツァイトも魔王も、受け取った花束以外に他になにも持っていないように見えるから、相当小さなものだろうか。
 不思議に思って首を傾げるノイギーアを余所に、ツァイトは隣に座る魔王へと身体を向けると、お願いと魔王にねだった。


「ねえ、レスター、あれ出して、あれ。ノイくんの先輩から預かってきたヤツ」
「ああ、アレか」


 アレだけでツァイトの言いたい事が分かったのか、軽く頷くと魔王が小さく一つパチンと指を鳴らした。
 すると、ツァイトのすぐ近く、テーブルの横の床の上に、音もなく少し大きめの籠の形をした鞄が瞬時にして現れた。
 普通の魔族は、空間移動で自身の身体を移動させることは出来ても、自分には関係のない、しかも触れてもいない物を移動させるなんてことはできない。
 しかも自身から離れた場所にそれを出現させた。
 ノイギーアは思わず声を上げそうなくらい驚いた。


「こ、これは……?」


 中には何が入っているのかわからないが、やけに重そうだ。
 大きな鞄の上部は一枚の布で覆われていて、中身は見えない。
 一体何だろうとノイギーアが思っていると、ツァイトがソファを離れ、籠鞄の元へと近づき、その場に腰を落とした。


「これね、ノイくんのお見舞いに行くって言ったら、ノイくんに渡してくれってノイくんの先輩さん達から預かったんだ」


 ツァイトがノイギーアにも分かるように、籠鞄に覆いかぶさってる布を取った。
 その鞄の中にはたくさんの瓶が入っていた。
 いくつか背の高さが違うものもあるが、ほぼ同じ形状の瓶がそこにきれいに並んでいた。


「これ……」
「ノイくん利き腕ケガしたじゃない? だから思うように料理も出来なくて困ってるだろうからって先輩さん達が長持ちするもの、たくさん作ってくれたんだよ」


 中から二、三個引きだして、ツァイトは、中身が見やすいようにそれをノイギーアのすぐ前のテーブルの上に置く。
 その中の一つを、はい、と手渡されて、ノイギーアは素直にそれを受け取った。
 中身を確認してみると、確かに保存食には定番の、野菜を酢漬けにしたものが入っていた。


「ノイくん想いのいい先輩さん達だよねー。まだまだいっぱいあるよー」
「ええっ!? マジで?!」


 驚いた、なんてものじゃない。
 まさかそんなものをツァイトが持ってくるとは夢にも思わなかったから、言葉が出ない。
 テーブルの上に置かれた透明な瓶の中には、色々な野菜の酢漬けの他にも、加工され味つけられた肉や魚などが詰められてあった。
 それ以外にも鞄の中にはまだたくさん入っている。


「こ、これをわざわざ持ってきたのか!? っていうか、無茶苦茶重いだろ、これ」
「うん。やっぱり瓶ってこれだけあったら重いよねー。でもレスターが持ってくれたから大丈夫だったよ」


 大丈夫なんかじゃない、と反射的に声に出しそうになったが、ノイギーアはぐっとこらえた。
 一体これのなにが大丈夫なのか、ツァイトに問いただしたい気持ちでいっぱいだ。
 偉大なる中央の魔王に荷物を持たせて、大丈夫だなんて屈託なく笑えるのは、魔界広しといえどもこの少年だけだ。
 ツァイト以外の者が魔王にそんな事を頼めば、言った瞬間に存在を消されるだろう。

 高位の魔族ほど、誰かに使役されるのを嫌い、彼らが膝を折り、首を垂れて従うのは、自分よりも実力が上の強者だけと考えている。
 しかしこの少年、ツァイトの実力は、どう贔屓目に見ても魔王の足元には及ばない。
 下手をすれば、人間と魔族の種族差だけなら、ノイギーアの方が強いかもしれない。
 実際は、ツァイトには魔術があるので、そう簡単な話ではないが、とにかく魔王よりは弱いのは確実だ。
 それなのに、この魔王は嫌な顔ひとつせず、ツァイトに従うのだ。
 改めてツァイトのすごさを見たような気がした。


「あとは、コレとコレとコレと……わぁ、結構たくさん入ってるねー」


 ツァイトもどれだけ入っているのか、具体的な数までは知らなかったらしい。
 次々と鞄から瓶を取り出しては驚きながら、テーブルの上へと並べていく。
 本当に多種多様な物ばかりだ。
 ノイギーアを思ってこれだけの物を用意してくれた職場の先輩たちには、感謝してもしきれない。
 怪我をした当初は、自分用の食事を作るのさえも本当に苦労した。
 だから、先輩たちの心遣いは本当に嬉しい。
 しかし……。

 本音を言えば、ほぼ完治といっても過言ではない今ではなく、できればもう少し早めに持ってきてほしかったと思ってしまうのは、現実から目を逸らしたいからかもしれない。
 もう少し、本当にもう少し早く持ってきてくれてさえいれば。
 今のこの、魔王に荷物を持ってこさせたという状況から回避できたんだろうなとノイギーアは思う。
 たまたま魔王が、たった一動作で瞬時に物を出現させるなんて芸当があったからいいものの、仮にそれがなければ……と、考えるだけでも恐ろしい。
 見舞いに行くと言ったツァイトに、悪意がなく差し入れを頼んだのは予想はつくのだが、もう少し考えてほしかったなと思うノイギーアだった。




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