時の魔術師 2

ユズリハ

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69: 少年と魔王とお見舞いの話 16

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「はぁ……」


 無意識に深いため息が漏れてしまう。
 なんとなく、怖くて直接確認は出来ないが、漂う空気で判断すれば魔王も気にしていないように思える。
 それだけが幸いなことだ。
 魔王が怒っていないなら、結果的には良しとするべきなのだろう、たぶん。
 しかしそんな風にノイギーアが悩んでいるなんて考えもつかないツァイトが、目敏くノイギーアのついたため息に気がついた。


「あれ? ノイくん、これ嫌いだった?」


 そう言って、ツァイトが今まさに鞄から取り出そうとしていた瓶を指差す。
 キャベツを千切りにして、塩水と香辛料とともに漬けたものだ。


「ぅえっ!? なんで!?」
「え、だってなんか浮かない顔してるから……嫌いなのかなーと思って」


 なるほど、タイミングよくため息をついたことで勘違いさせてしまったらしい。


「い、いや、それは嫌いじゃないよ。っていうか、ほんとマジでゴメン。先輩が無茶言ったみたいで」


 こんな重いモノをここまで届けてくれたとは。
 本当に申し訳なくなる。
 それにしても、よくもまあそんなに鞄の中に入ったものだと感心するくらい、次から次へと瓶が出てくる。
 ノイギーアもソファから立ち上がり、少年の近くに屈み、瓶を出すのを手伝おうと手を伸ばす。


「そういえば……ここのテーブルの上に並べて置いてなんだけど、これって冷やしたりした方がいいんだよね」
「あー、全部じゃないけど……」


 半分ほど出した後で、自分たちの迂闊さに気づく。
 確かに中には冷蔵しておいた方がいいのもあるし、なによりこのままだと邪魔になる。


「じゃあ、おれ、ちょっとこれ台所に持っていってくるよ」
「あ、オレも手伝う」


 一度は出してしまった瓶を、持ち運びやすいように二人でもう一度鞄の中に入れ直す。
 最初よりは乱雑に入れてしまった所為で、二、三個鞄からはみ出してしまったが、これくらいならそのまま手で持って行けるだろう。
 そう思って鞄を持ち上げようとするが、想像していたよりもはるかに重い鞄にノイギーアの身体が揺らぐ。
 つい癖で利き腕で鞄を持ったのがいけなかった。
 ほとんど治っているとはいえ、その怪我した手で持つのはまだ少し早すぎたようだ。
 わずかに痛んだ腕にノイギーアが顔を顰めた。


「っ!」
「ノイくん! 無理しちゃダメだって! オレも半分持つよ」


 慌ててツァイトが手を差しだす。
 しかしツァイトが鞄を持つよりも先に、ノイギーアの後ろから伸びた手がその鞄を支えた。
 驚いて振り返れば、カッツェがいた。


「兄ちゃん……」
「おれが持っていってやる」
「あ、ありがと……?」


 カッツェの珍しい行動に、ノイギーアはぽかんと口を開けたまま呆気にとられた。
 普段も力仕事や荷物持ちのたぐいは手伝ってくれるとは言え、自分からは決して動くタイプではない。
 ノイギーアが重いのなんだのと散々言った後で、やっと渋々動いてくれる感じなのだ。
 そしてその時は必ず文句が付きまとう。
 今みたいにノイギーアが何かを言う前に、しかも自分から進んで重いモノを持ってくれた事なんて一度もない。
 一体どうしたんだと台所へ向かう兄の背中を見ながらそう思ってしまった。


「ツァイト」


 その横で、ソファに座ったままこちらを見ていた魔王がツァイトを呼んだ。


「んー、なに?」


 呼ばれたツァイトが振り向くと、魔王はいつの間に出したのか、果物が入った籠をツァイトに差しだしてきた。


「これもノイくんに渡すんだろ」
「あ、そうだった」
「冷やすならこれも一緒に入れてもらえば?」


 先ほどの瓶が入った鞄よりは軽いその籠を、ツァイトは両手で受け取る。
 もう一つ渡す予定の菓子折りは、特に冷やす必要はないのでテーブルの上に置いてあった。
 果物籠には黄色のリボンが、菓子折りには淡いピンク色のリボンが巻かれ、見舞い用にきれいに飾られていた。
 菓子折りはテーブルの上に置いたまま、ツァイトは呆気にとられて立っているノイギーアへと近づいた。


「ノイくん」


 ノイギーアが振り向くと、ツァイトが果物籠を抱えてすぐそばまで来ていた。


「あのね、ノイくんと……あとカッツェさんも甘いモノいける?」
「え? あ、まあ……少しなら。普段はあんまり食べないんだけど」
「そっか、でも甘いモノ嫌いじゃないならよかった。えっと、これもお見舞いの品なんだけど、よかったら二人で食べてね」
「えっ!?」


 見えやすいように果物籠を胸元近くまで持ち上げて、ツァイトはにっこりと笑う。


「これ生ものだから、こっちも冷やしておいた方がいいかも。それとね、この果物以外にも、もう一つお菓子もあるんだ」
「は? お菓子? っていうか……嬉しいけど、さすがにこんなにも貰えないよ」


 花も貰った上に、先輩たちからも差し入れもたくさん持ってきてもらったのだ。
 それ以外にも果物に加えて菓子折りまであると言う。
 見ればどちらも小さいものではないし、どちらも結構な金額のような気がする。
 魔族にとってはたいしたことがない程度の怪我の見舞いに、それらは多すぎる。

 あれ、そういえば花束はどこに置いたっけ?
 と考えて、台所の机の上にそのまま置きっぱなしだったのを思い出す。
 ヤバイ、忘れていた。


「いいから、いいから。気にしないで! ノイくんのお見舞いなんだし」


 花束のことを思い出し、心なしか顔色を悪くしたノイギーアに気づくことなく、遠慮しないでとツァイトは果物籠を差しだした。


「いや、でも……」
「口にあうかどうか分からないけど、そっちのお菓子もよかったら食べてね。両方ともオレとレスターで選んだんだ」
「…………」


 そこで魔王の名前を出すのはずるい。
 魔王の名前を出されてしまっては、ノイギーアにはこれ以上拒否する事は出来ない。
 差し出された果物籠を、黙って受け取るしかなかった。

 果物籠の中には旬の果物が色とりどりに並んでいる。
 ノイギーアに馴染みのある果物から、魔王城の調理場では何度もお目にかかったことはあるが、口にはした事がない超がつくほど高級な果物まで。
 本当に色とりどりだった。


「ありがと、こんなにたくさん……」
「ここのお店の人、すっごくイイ人でね。いろいろ試食させてくれてさー、あっ、あのね。これとこれがオレのお気に入りで……それで、こっちがレスターのおススメ」
「へ、へぇ……」


 それを聞いてどう反応しろというのか。
 ツァイトに悪気がないのは分かっているが、時々どうしようもなく訴えたくなる時がある。
 しかし結局は言いだせないノイギーアだ。
 今回も無難においしそうですねと返すことしかできない。
 多分だが、魔界広しといえども残虐非道と謳われる中央の魔王から果物のおススメをいただいたのは自分が初めてだろうなとノイギーアは思った。




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