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70: 少年と魔王とお見舞いの話 17
しおりを挟む「そう言えばノイくん、お昼ご飯もう食べた?」
貰った果物籠を、台所に持っていこうかと足を動かしかけた時にツァイトにそう尋ねられ、ノイギーアはその場で立ち止まりツァイトを見た。
「昼?」
「うん。ほら、ちょうどお昼だし」
ツァイトが指し示した方向、つまり自分の背後にある、壁にかけてある時計に視線を向ける。
なるほどツァイトの言う通り、時計の針はもう少しで正午になろうとしているところを指していた。
もうこんな時間か。
今日はとくに時間が経つのが早いな、とノイギーアは感じた。
「えっと、昼は……まだ食べてないよ。兄ちゃんとこれから外で食べるつもりだったし」
「そうなの?」
「ああ」
隠す必要もないので、ノイギーアは正直に答えた。
今日の昼食は兄のおごりで、外で食べる予定だったのだ。
嘘ではない。
だから。
「ツァイトが来るのがもうちょっと遅かったら、おれたち食べに出かけてたかも。入れ違いにならなくてよかったよ」
本当に心からそう思う。
まかり間違えれば、ツァイトだけではなく、魔王にまで無駄足を踏ませるところだったのだ。
その状況を想像しただけで一瞬にして肝が冷えた。
ぶるぶると頭を横に振って、ノイギーアはその恐ろしい想像を頭の隅に追いやる。
「そう言えばさ、ツァイトと……魔王様はこれからどうすんの? 外で食べてくのか? あっ、それとも戻ってから食べんのか」
ふと気になって、ツァイトに問いかける。
外食しなければ自分たちで作るしかないノイギーアたちとは違い、ツァイトと魔王は城に帰れば料理人が用意した食事がある。
ノイギーアたちにも、外で出来あいのものを買ってきて、家で食べるという選択肢もあるにはあるが、それだと後片づけをしなければならないので、今日のところは始めから考えに入れていなかった。
ただ単に食事をどうするのかと聞くだけで、疚しい事は何一つないはずなのに、つい、聞かれてはまずいとばかりに、自然と『魔王』の部分は声が小さくなる。
これはもう無意識の事だから仕方がない。
魔王のいる前で、魔王のことを聞くのは勇気がいる。
「あー、うん……せっかく城下町まで来た事だし、外で食べていこうかなーとおもってるんだけどさ……ノイくん、よかったら、これから一緒に食べない?」
「え!? い、いっしょに?!」
「うん。ノイくんと、カッツェさんと、レスターとオレの四人で」
どうかなぁとこちらを窺うように、遠慮がちに聞いてくるツァイトの、爆弾発言とも言える言葉に、ノイギーアは数十秒、思考が停止した。
なんだその組み合わせは。
ツァイトと、魔王様と、兄ちゃんと……おれ!?
あり得ないだろうとノイギーアは思った。
「四人でって……」
「ダメかな?」
「ダメって言うか、その……」
ツァイトの不安そうな声に、どう言っていいのか分からず言葉を濁す。
本当なら魔王がいる時点で遠慮したいところだが、魔王の前で、魔王が溺愛するツァイト相手に、ダメだなどと言える度胸はノイギーアにはない。
魔王が嫌いとか、そういう理由なんかじゃない。
魔界の中央の、偉大なる支配者。
その彼と一緒に食事など、今まで考えた事もなかったし、自分の身分を考えれば、一生あり得ない事なのだ。
可能性としてあるとすれば、自分が料理長の地位まで上り詰めた時に、自分が作る料理を魔王に出して、魔王がそれを口にするのを給仕の傍ら眺める、それくらいしかない。
ただそれも、今の料理長がその手腕をふるっている状況では到底無理なほど険しい道のりで、どちらにしろ同じ席で食事を共にするなんて無い話だ。
それなのに、こうも容易く、ツァイトのたった一言の提案で、その機会がやすやすと巡って来るなんて。
もちろん食事に誘われ、同席したとなればひどく名誉な事だ。
他の魔王とは違い、中央の魔王は宴なんて滅多に開かない事で有名だし、名のある貴族でも、謁見は出来ても食事の席に招かれたことなどない者が多い中で、魔族の中でも身分が下の方に位置するノイギーアが食事を共にしたとなれば、羨ましがられること間違いなしだ。
そもそもこうやって魔王が自分の家にやって来て、今もまだ同じ空間に存在していること自体、ノイギーアは信じられないことなのに。
はっきり言って魔王の存在は、普通の魔族には畏れ多すぎるのだ。
どう答えるべきか、だらだらと背中に冷や汗をかきながら困っていると、ツァイトは楽しそうな表情でこの後の事を話しだす。
「あのね、ノイくん。この前、結局あのお店でご飯食べられなかったでしょ? だから今日、これからそのお店に食べに行かない?」
どうやらツァイトは、前回行き損ねた店が気になるらしい。
「今日はレスターもいるしさ、万が一、前みたいな事がまたあっても大丈夫だし! ね、いこ?」
前みたいな事とは、貴族に絡まれて殺されかけたのを指しているのは、ノイギーアにも分かった。
確かに、魔王がいればこの上もなく安全だろう。
なにしろこの中央で、いや、魔界全土でみても、この魔王に敵う者はないと言っても過言ではない。
だが、安易に頷くわけにはいかない。
「い、行こうっていうけど……魔王様はそれで了解してんの?」
「レスター?」
魔王と事前に話し合って決めているのならいいが、もしツァイトが勝手に言っているだけだったら困る。
そう思って念のため確認したら、やはりと言っていいのか、ノイギーアたちと昼食を一緒にという案は、ツァイト一人で考えていたことのようだった。
「ねえレスター」
「ん?」
「ノイくんとカッツェさん、お昼ご飯まだなんだって。オレ、一緒にご飯食べたいんだけど、二人も一緒でいいよね?」
ノイギーアに聞かれたツァイトは、ソファーに座ったままの魔王を振り返り、今さらのように了解を得ようと問いかける。
その顔は、魔王が拒否するとは微塵も考えていない。
ちょうど口に運ぼうとしていた紅茶を一口飲んでから、魔王はそれを手前のテーブルの上に置いた。
「ああ、いいぜ」
魔王の了承はすぐに得られた。
もともとツァイトの望むことはなんでもかなえてやろうと思っている魔王だ。
断るはずもない。
案の定、不快な顔一つせず、こちらを見ながら逆に悪だくみでもしてそうな笑みを浮かべてみせた。
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