時の魔術師 2

ユズリハ

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71: 少年と魔王とお見舞いの話 18

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「ほら、レスターもいいって言ってくれたし、一緒にご飯食べよ?」
「いやでも、金が……」


 行きたいのは山々なのだが、ノイギーアの今月の給金が支払われるのは数日後で、今そんなに手持ちの金がない。
 しかも怪我で休んだ分、引かれてしまうかもしれない。
 かといって食事をおごってもらう約束をしていた兄のカッツェに、ノイギーアの分を払わせるのはさすがに気が引ける。
 それくらいあの店は、通常よりは値段が高い店なのだ。
 見栄を張っても仕方がないので、小声でツァイトに事情を説明すると、それが聞こえていたのか、魔王から助け舟が出た。


「ああ、金の心配はする必要はねえよ、俺が全額出してやる」


 ソファーの背もたれの上部に右腕を乗せて、頬杖をついてこちらを見ている魔王がにやりと笑う。


「好きなだけ飲み食いすればいいさ。ノイくんのお見舞いだしな」
「ノ、ノイくん!?」


 魔王の口から耳を疑う言葉が飛び出し、ノイギーアはぎょっと目を瞠った。
 いま魔王は自分の事をなんと呼んだ?


「い、いま……」
「なんだ? 俺のおごりで飯を食うのは不服か、ノイくん?」


 幻聴かとさえ思ったが、二度目はやけにはっきりと、そしてことさらゆっくりと、魔王の口から自分の名前が聞こえて来た。
 聞き間違いなんかじゃない。


「い、いえいえいえいえ! め、滅相もありません!!」


 首を何度も横にふり、このまま土下座でもしそうなくらい、ノイギーアは慌てふためく。


「で、でも、おれ一人で決めるわけにはいかないんで……兄に聞いてみないと……」


 魔王が関わっている時点でノイギーアに拒否権などないのだが、何でもいいから一時この場から逃げ出したい。
 半分泣きそうになりながら、なんとか足掻いてみると、ツァイトから助け舟が出た。


「あっ、そっか。カッツェさん抜きで、勝手に決めちゃダメだよね」
「と、とりあえずコレ! 台所に持って行って冷やしてくるついでに、兄に聞いてきます!」


 果物籠を大事そうに抱えたノイギーアが、もう一度ありがとうございましたと感謝の言葉を述べた。


「なんだったらそれ、オレが台所まで運ぼうっか?」
「い、いやいやいや!」


 ノイギーアはまたしても目を見開いて驚く。
 とんでもない。
 ツァイトの厚意はとてもうれしいが、いくらなんでもそんな事はさせられない。
 しかも魔王のいる前だ。
 絶対にそんな事はさせられないと、ノイギーアは大きく首を横に振った。


「いいって! これくらいなら大丈夫だからさ! 魔王様とお茶でも飲んでて待ってて!」


 すぐ片づけてくるから、と力強く念を押す。
 そしてツァイトがまたお節介な一言を言いださないうちにと、ノイギーアは急いで台所へ向かった。
 ノイギーアが台所へ消えたのを見送って、ツァイトがソファに座ったままの魔王を振り返る。


「……手伝い断られちゃった」
「だろうな」


 さもありなんとばかりに魔王が苦笑する。


「遠慮することないのにね」


 友達なのにみずくさいなーとツァイトは思っているのかもしれないが、魔王の前で、魔王の花嫁とまで言われている相手に、荷物を運んでくれなどと頼む度胸はノイギーアにはない。
 ある意味、賢明な判断とも言える。

 この場で身分の上下を気にかけていないのは、ツァイトだけだ。
 最上位に存在する魔王はそもそもノイギーアたちを対等だとは思っていないし、ノイギーアたちは常に魔王を意識して縮こまっている。
 ツァイトだけが特殊なのだ。


「あれ? レスター、紅茶もう飲んだの?」


 魔王の隣に腰を下ろしながら、魔王の目の前のテーブルの上に視線を移す。
 見れば魔王に出されたカップの中身がきれいになくなっていた。


「ああ。意外にうまかったぜ」


 安物にしては、という言葉が抜けてはいたが、世辞を言わない魔王の本心には違いなかった。
 その褒め言葉を聞いていれば、それだけで舞い上がってしまえただろうに、あいにくとノイギーアはここにはいなかった。


「やっぱりレスターもそう思う? ノイくんの淹れてくれた紅茶、すっごくおいしいよねー」


 自分と魔王の意見が一致した事に嬉しいのか、ツァイトが嬉しそうに笑った。


「初めて飲む味、だがな」


 それはそうだろう。
 紅茶好きの先輩に貰った、普通よりは少し高めの値段のものとはいえ、その辺の店でいくらでも手に入る量産品だ。
 魔王城に献上される最高級品の紅茶とは味も価格も雲泥の差だが、茶葉の質の割にノイギーアの淹れ方が巧かったのか、丁寧な味が出ていた。


「これ、なんて言う茶葉なんだろうね。レスター知ってる?」
「ノイくんにでも聞いてみれば? 俺に聞くより淹れた本人に聞いた方が確かだぞ」
「それもそうか……じゃあ、そうする」


 人間界でツァイトが好んでよく飲む紅茶とも、魔王城で女官長が淹れる紅茶とも違う味に、ツァイトは興味津津だ。
 もともとが庶民感覚なツァイトの舌には充分に美味しい味だった。
 そうこうしているうちに、台所へ行ったノイギーアがカッツェを連れて戻って来る。


「お、お待たせしました!」


 ノイギーアの声は緊張のためかやや硬い。
 恐る恐ると言った風に、魔王とツァイトのいるソファーへと近づいてくる。


「それで、ノイくん。どうだった? 行けそう?」
「あ、うん。それが……」
「魔王陛下」


 ノイギーアの言葉を遮ってカッツェが前にでる。
 流れるように魔王の前で膝をついた。


「僭越ながら申し上げます。愚弟より、魔王陛下から食事のお誘いをいただいたと承りましたが……」
「……俺たちと一緒に食事をするのがいやなら、断ってくれても一向に構わないぜ?」
「いえ、そのような事は決して。わが身に余る光栄にございます」


 ノイギーアと同様、カッツェにも魔王に逆らう意思は、欠片もない。
 先ほどは鬱陶しいといわれてしまったが、つい癖で膝をおったカッツェは、そのまま恭しく頭を下げた。


 こうしてノイギーアはカッツェと共に、魔王とツァイトと食事をすることになってしまった。




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