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72: 少年と魔王とお見舞いの話 19
しおりを挟む例の料理店は、相も変わらず高級感あふれる雰囲気を漂わせて、入店しようとする者を尻ごみさせていた。
隣り合った他の店とは、少し感じの違う外観の青い屋根の建物。
貴族に絡まれた時に壊された、この店の昼のおススメ料理が載ったメニューボードは、新しいものに変えられ、今日はピンクと白の二色の花がその縁を飾っていた。
そして、魔界の賢者ヴァイゼによって破壊された店の前の通りは、きれいに舗装し直されていた。
以前にそんな事があったのだと聞かなければ気付かないくらい、元通りになっている。
その建物の前で、ツァイトとノイギーアは店の扉に視線を向けたまま、ごくりと咽喉を鳴らした。
「ツァイト……」
「ノイくん……」
扉の雰囲気からして、やはり高そうな店である。
声には出さなかったが、目を合わせた二人の考えは同じだった。
今日こそは入るつもりでやって来たのだ。
このまま動かずに立っている訳にはいかない。
「ノイくん……先に入ってよ」
「えっ、おれ? ちょっ、無理無理無理! ツァイトが先に行けよ」
顔を突き合わせたツァイトとノイギーアが、コソコソと小声でそんな会話を交わす。
入りたくても一番先に入る勇気は二人にはない。
ツァイトがノイギーアの腕を掴んで先に行ってと促すのを、ノイギーアが足を踏ん張って堪える。
そんな小さな攻防が繰り広げられていた。
一向にその場から動く気配のない二人に、通りすがりの魔族の男性が怪訝そうな眼差しを向けた。
ちょうどお昼時だ。
魔王の城へと繋がるこの大通りは、朝よりも人が多くなってきていた。
彼らがいるのが通りのど真ん中ではないにしても、人通りが多くなると、流れを遮って立ち止まっている人の集団は通行の邪魔だ。
迷惑そうな顔をしてツァイトたちとすれ違う。
しかし、その魔族はすれ違いざまに、彼らの近くにいた魔族を見た途端、声にならない悲鳴を上げ、近寄ってはならないとばかりに早足でその場を立ち去っていった。
その理由は当然、少年二人から数歩離れた場所には、魔王が腰に手を当てて立っていたからだ。
カッツェはその魔王の後ろで黙って控えていた。
魔王の存在に気付いたのはその魔族だけではない。
通りすがりの魔族の全員が全員ではないが、魔王の存在に気づく者が少なからずいた。
ツァイトとノイギーアが貴族に絡まれた際の出来事は、この辺りではかなり有名になっていた。
こんな町中で、魔王の姿と賢者の暴れようを目にすることは、普通はない。
魔王の存在に気付いた魔族は思う。
一体どうして魔王がまたここにいるのか、と。
興味がある魔族は遠巻きに彼らを見ている。
だが、幸いにも、通りすがりの魔族の視線を魔王が集めているのと、ノイギーアの家を出る時に再びフードを被り直したために、ツァイトが人間だとは今のところ気づかれてはいない。
「で、店に入らないのか?」
唯一緊張とは無縁の魔王が、店の雰囲気に呑まれている少年二人に背後から声をかけた。
店の前についてから、数分。
ツァイトとノイギーアは、どちらが先に行くか、押し付けあっていた。
なにをそんなに緊張しているのか、魔王には理解不能でしかない。
値段が高かろうが安かろうが、魔王にとってここは、ただの料理を提供する店でしかない。
魔王の声にハッと我に返ったツァイトが、ゆっくりと振り向く。
そう言えば、ここにはレステラーがいたのだ。
なにも自分たちが先に入る必要はないじゃないかと気付いたツァイトは、その矛先をレステラーに向けた。
「そうだ! レスター。レスターが先に入ってよ」
お願い、とツァイトはその身長差からレステラーに上目づかいでねだる。
きょとんとした顔でレステラーはツァイトを見た。
「俺がか?」
「だってさ……もしオレたちが先に行って、また前みたいに絡まれたりしたらヤだし。ね、お願い」
二度もあんなことがあるとは思えないが、万が一がある。
それにもし前回ど同じように、中から出てきた魔族にぶつかったとしても、自分たちとは違いレステラーなら大丈夫だ。
子どもな姿の自分たちなら舐められやすいが、大人な姿のレステラーならあんな横柄な態度はとられないだろう。
ノイギーアに同意を求めるように、ツァイトは、「ねー、ノイくん」と声をかけるも、ノイギーアは素直には頷けない。
ツァイトの意見には概ね同意なのだが、話を振らないでほしい。恐いから。
同意も否定もせず、ノイギーアは曖昧に笑って誤魔化した。
普通の魔族なら畏れ多すぎて出来ない頼みごとも、ツァイトは平気で魔王にお願いする。
時に我が儘とも思える発言もあるのに、ツァイトにはひどく甘い魔王は、いつも決まってその頼みを断ることはない。
今回もその例にもれず、魔王は苦笑するだけだ。
「しょうがねえなぁ……」
レステラーにとっては他愛もない理由だが、どんな理由であれ頼られるのは悪い気はしない。
それに、たかだか先に入店するだけだ。
断る理由でもない。
「ほら、行くぞ」
ツァイトの小さな頭をフードの上からぽんと軽くたたくと、レステラーはツァイトの望み通りに、先に入店するために足を進めた。
立ちすくんでいる少年二人の横をすり抜け、数段の階段を上りレステラーが先に店の扉の前へいく。
「あっ、待ってよ、レスター!」
「早く来ないと置いていくぞ」
「待ってってば。ノイくんも早く行こ! カッツェさんも」
自分と同じように呆けていたノイギーアと、こちらの様子を見守っていたカッツェに声をかけると、ツァイトは急いで階段を上がり、店の中へと繋がる扉を開けて、押さえながら待っていてくれているレステラーの元へと向かった。
幸いな事に今回は、前回のように誰かが中から出てきてぶつかるといったことはなく、レステラーを先頭に、ツァイト、そしてノイギーアとカッツェはすんなりと中に入る事ができた。
「うわぁ……すごい」
店の中も少年たちの期待を裏切らない。
赤と黒を基調とした店内は、落ち着いた雰囲気の中に高級感を醸し出しており、扉の前で尻ごみしていた少年たち二人をさらに気後れさせる。
入口付近にさりげなく置かれている一輪ざし、そして他の調度品も、どこからどう見ても高そうだ。
もちろん、いま立っている黒い曲線模様が描かれた赤い絨毯の踏み心地もとてもいい。
料理の値段だけでなく、こういう所も、庶民を入りにくくさせているのだろう。
変に納得してしまったツァイトだった。
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