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73: 少年と魔王とお見舞いの話 20
しおりを挟むツァイトが一人店内の雰囲気に見惚れていると、急に辺りが騒がしくなった。
だが、騒がしくなったと言っても所詮は高級料理店だ。
外での煩さに比べたら静かなものだった。
どうしたんだろうと思い、前方にいるレステラーへと視線を向けると、何人かの魔族が慌ただしくこちらへやって来るのが見えた。
もちろんこの店の従業員たちだ。
急に大勢の魔族がやってきてビックリしたツァイトは、無意識にレステラーの腕を掴み、彼の後ろに隠れるようにその小さな身体を寄せた。
さすがは魔王だ。
前回のことで見知らぬ魔族に少し警戒心を抱いてびくついているツァイトとは対照的に、レステラーは悠然と立っていた。
やはりレステラーがいてくれてよかった。
彼と一緒にいると、怖いことはなにもないのだと安心できる。
ツァイトはレステラーの腕を掴んだまま、彼の後ろからそっと覗き見た。
やってきた従業員の先頭にいる人は、やけに身なりがいい。
店の偉い人かなとツァイトが思ったとおりに、彼はこの店の支配人だと名乗った。
「魔王陛下がわたくしどもの店に足をお運びくださるとはっ! まことに光栄でございます」
感激したと言わんばかりに、支配人はレステラーに向かって頭を垂れる。
どうやら入って来た客が魔王とその一行だと気づいた案内役が、すぐに支配人に連絡したようだった。
支配人にならい、その後ろにいた従業員たちもそろって魔王に向かって頭を下げた。
「中央の大地に住まうすべての魔族の絶対なる支配者、偉大なる魔王陛下にご挨拶を申し上げます」
「長ったらしい挨拶はどうでもいい。四人分、席は空いているか?」
「は、はい! もちろんでございます!」
魔王への口上を遮られた支配人は、ただちに魔王陛下とお連れ様を一番良い席にご案内を、と案内係に指示を出す。
緊張した面持ちで、案内係が魔王たちを席へと誘導する。
案内係について席に向かうと、支配人が一番良い席と言った通りに、その席からは季節の花で彩られたとてもきれいな中庭が一望できた。
「どうぞ、こちらに」
「アンタがそこに座ったらいい」
「あ、うん。ありがと、レスター」
いまだ自分の腕を掴んだままだったツァイトの手をやんわりと外して、レステラーが一番眺めのよい席をツァイトに譲る。
レステラーに促されて何の抵抗もなく座ったツァイトだったが、その行動は椅子を引いて待っていた店の接客係をひどく驚かせた。
当然その席に座るのは魔王だと、誰も疑ってはいなかったからだ。
そのうえに、フードを被った少年が、魔王よりも先に座ったのだ。
普通ならあり得ないその光景に、驚く以外に何の反応も返せなかった。
そんな彼らをしりめに、ツァイトが座った後、レステラーはその右隣に腰を下ろした。
「座らねえのか?」
立ったままのノイギーアとカッツェに向かって、レステラーが声をかける。
びくりとノイギーアの身体が大きく揺れた。
「す、すみません! すぐに座ります!」
魔王を待たせてはならないとすぐさま席に座ろうとしたノイギーアだったが、そこではたと動きを止めた。
この店の四人がけの席は、四角いテーブルの向かい合った一辺に二人ずつ並んで座る形ではなく、一辺に一人ずつ腰を下ろす形だ。
前者のように座る形式なら躊躇いもなく自分はツァイトの真正面に座り、カッツェに魔王の正面に座ってもらうノイギーアだったが……今、究極の選択を迫られていた。
ツァイトの左隣に座って心の安心と話しやすさをとるか、それともツァイトの正面に座って視界の安息を得るか。
違った見方をすれば、魔王の正面に座って、視線を上げればすぐに魔王が視界に入るという緊張状態を強いられるか、それとも魔王の右隣に座って近すぎる魔王にビクビクしながら食事をするか。
どちらを選んでもノイギーアに真の平穏は訪れない。
考えただけで胃がキリキリと痛む。
どうしようと困って兄を見れば、どっちでもいいぞとその目が語っていた。
珍しく先に座る場所を決めさせてくれるらしい。
今はそんな優しさはいらないと思ってしまうノイギーアだった。
「ノイくん?」
「…………」
どうしたんだろうと不思議に思ったツァイトが、ノイギーアの名前を呼ぶ。
よくよく悩んだ末、結局ノイギーアは、ツァイトの左隣、つまり魔王の正面に位置する席に座ることにした。
魔王の正面は嫌なのだが、ツァイトに近い方が何かあった時にツァイトに頼みやすい。
そう思ってツァイトの左隣を選んだ。
ノイギーアとカッツェが座ると、メニューが各々に手渡される。
庶民にも手が届くように設定された昼用の食事だからだろう、食前酒はない。
おそるおそるノイギーアがメニューを開けば、そこには昼用のコース料理が書かれていた。
大まかな違いは、出される料理の品数だ。
メインはどのコースも肉と魚から選べる。
「…………」
どれを選ぶにしろ、各コース料理の値段がメニューに書かれていないのが恐ろしい。
コース料理以外にもメニューの後ろの方には一品料理も載ってはいたが、こちらも同じように、どれも値段が書かれていなかった。
好きなものを好きなだけ頼めばいいと事前に魔王に言われていたが、怖くて頼めるわけがない。
下手に頼むと一品料理の方が高くなるし、無難に一番品数が少ないコースを選んでおけば大丈夫かなとノイギーアは思う。
店の前に置かれていたメニューボードにも書かれていたおススメも、そのコース料理だ。
きっとこの中で一番値段が安いだろうが、メニューの内容を見る限り、どれも美味しそうだ。
「で、アンタはどれにする?」
ツァイトに向かって好きなの選んでいいぞとレステラーは笑うが、メニューを見ながらツァイトはうーんとどこか難しそうな表情をしていた。
「好きなのって言われてもさぁ……オレ、なに書いてあるか分かんないんだけど」
見ていたメニューを閉じてテーブルの上に置き、レステラーに不満をもらす。
魔族だけが使用する文字で書かれたメニュー表は、ツァイトにはまったく分からない。
「ああ、そう言えばそうだったな」
悪いと謝ってレステラーがツァイトの方へと身体を近づけ、魔族の文字が読めないツァイトの為にメニューに書かれてある内容を説明する。
「肉と魚、どっちが食いたい?」
「そうだなぁ……どっちかと言えば肉の気分かな」
「牛と仔羊と鶏なら?」
「鶏肉、かな?」
魔界と人間界では、動物の名前は同じでも見た目には多少の違いがある。
だが、味はほぼ同じと考えても差し障りはない。
レステラーの説明を受けて少し考えた後、ツァイトはレステラーが開いてあるメニューの一部を指した。
「レスター、オレこっちにする。この少ないの」
「これで足りるか?」
「オレ普段からそんなにたくさん食べないし……前菜とメインとデザートでしょ? 多分それくらいで丁度いいよ」
「デザートの追加は?」
「なんか美味しそうなのある?」
「これとかアンタ好きそうだけどな」
「じゃあ、それもー」
ツァイトは、普段の食事は体格に見合った量しか食べないが、食べること自体は嫌いではない。
甘いモノなら一体その小さな身体のどこに入るのかと言いたくなるくらい食べる。
魔王城で出されるのとはまた違うデザートに、今から興味津々だった。
「あっ、そういえばノイくんとカッツェさんは決まった?」
急に話を振られて、驚きのあまりノイギーアが大げさに肩を揺らす。
「あ、うん……おれは決まったよ。兄ちゃんは……」
「決まりました」
カッツェに視線を向ければもうすでに決め終えていたのか、すぐに返事が来た。
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