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80: 少年と魔王とお見舞いの話 27
しおりを挟む「なんでオレの誕生日知ってんの!? オレ、お前に言ったことないよね?」
初めてレステラーと出会ってから今までを思い返してみるが、一度として誕生日の話をしたことも、誕生祝いをしたこともなかったはずだ。
人間界にいた時、年を重ねてもツァイトの身体はまったく成長しなかった。
成人の日を迎え、結婚適齢期を過ぎ、子や孫がいてもおかしくない年齢になっても、髪の毛や爪はもちろんの事、身長も、少しも伸びなかったのだ。
だから、その事実から目を背けるかのように、ツァイトはわざとその話に触れなかった。
本当は今でも、実年齢を数えるのは厭なくらいだ。
両親や兄弟、友人知人はもうだれもいない。
自分がどれだけみんなから取り残されてしまったのか、自覚させられてしまうから。
生まれた時から変わらず不老不死な魔族のレステラーには一笑に付されてしまうかもしれないけれど、頭の片隅にそんな考えがあったから、誕生日の話は一切しなかった。
祝ってほしいとも思っていなかったし、それに、魔族は誕生日なんて興味ないとも思っていた。
血も涙もなく、情けも容赦もなく、残虐で凶悪なのが魔族だという考えが人間界では浸透していたから、そんな魔族が誕生日なんて祝うとも思っていなかった。
今ではその考えが間違いだとは理解しているけれど、それでも今まで一度も話題に上ることがなかったので、ツァイトは自分から誕生日の話をしていなかった。
だからひどく驚いた。
大きく見開かれた深緑の瞳が、隣を歩くレステラーをまじまじと見上げる。
「そうだっけ?」
「言ってないよ」
種を明かす気がないらしいレステラーは、とぼけた笑みを口元に浮かべていた。
「そんな事よりもさ、何かねぇの? アンタの誕生日プレゼント」
「急に言われても……」
誤魔化されたのは分かったが、追求したことろでこの男が素直に白状する気がないのは、ツァイトもよく知っていた。
今ここで問いただしても無駄骨を折ることになるだろう。
とりあえず一旦この話は脇に置いて、レステラーの質問に答えようとするが、すぐには何も思いつかなかった。
「えっと、特に今すぐに欲しいってものがないんだけど……?」
誕生日プレゼントなんて、いつ以来だろう。
家を飛び出してから一所に留まるような生活をしていなかったから、誕生日にプレゼントを贈りあえるような知り合いはいなかった。
幼いころ以来の久々の出来事に、ほんのりと胸が熱くなり、そして、照れくさくなって、ツァイトはその顔を見られないように俯き加減にレステラーから視線をずらした。
「何でもいいんだぜ? アンタが欲しけりゃ」
「そう言われてもなあ……」
なんでもいいとレステラーは言うが、思い浮かばないのだからしようがない。
今日のお出かけの土産さえも何にしたらいいのかまだ決まっていないのに。
物を贈るのも、貰うのも、難しい。
「なんだったら、どこか一つ、領土でも落としてきてやろうか? 箱庭とか別荘代わりに」
「はぁ!?」
あり得ない言葉を耳にして、照れくさかった気持ちが一気に吹っ飛んで、隣を歩くレステラーを凝視する。
どこの世界に誕生日プレゼントで領土を与える者がいるのか。
しかも、お遣いにでも行くかのように、容易く攻め落としてくるとあっさり言ってのけたのだ。
一瞬、聞き間違いかと思ったりもしたが、そう言えば、この男はただの魔族ではなく、魔界でも二番目の実力を持つ魔王だったと思い出す。
以前にも、魔界を消し去ってやるとかなんとか、過激な発言をしていた男なのだ。
さっと顔を蒼くし、小さな身体全体を使って、断固拒否した。
「いるわけないだろ、そんなの! っていうか、もらっても困るし! いらないから!」
「冗談だよ、冗談」
真剣な顔で断るツァイトがおかしいのか、レステラーは小さな笑い声を立てる。
からかわれたと分かったけれど、本当に冗談なのか、それさえも怪しい。
「お前、それ、全然笑えないからな! レスターが言ったら本気でやりそうで怖いんだけど!」
ツァイトが一言でも欲しいと呟けば、すぐにでも実行に移してしまいそうで、本気で寒気がした。
真に受けて自分の両腕をさすっているツァイトに笑みをこぼしながら、その頭にフード越しに手を置いてぽんぽんと撫でてやる。
子ども扱いでもされたと思ったのか、ツァイトはぶすっとした表情でレステラーを見上げた。
「まあ、冗談はそこまでにしてさ……」
「……ほんとに冗談?」
怪しいなぁとレステラーを見るが、レステラーははぐらかすように軽く肩をすくめるだけだ、。
「とりあえず、誕生日プレゼントの定番とくれば、服とか鞄とか、か? アンタの服は新しいの作らせてるし、鞄とか帽子とかの小物類もだいたいはそろえてあるしなぁ……どうするかな」
「おまえ、また新しいの作らせてんの? 気持ちは有難いんだけど、オレ、別にもういらないよ」
「まあ、気にすんなよ。どうせこれから暑くなるんだし、必要になるだろ?」
「そうだけどさ……」
必要だとしても、限度というものがあるだろう。
ツァイトの服が置いてある部屋には、寒暖にあわせた服がたくさんある。
もともと着飾るのに興味がないツァイトは、服は着られればなんでもいいと思っている。
人間界にいる時は貧乏でこそなかったが、何かあればすぐに移動できるように慎ましやかな生活を送っていたため、服などは必要最低限の数しか持っていなかった。
だが、魔界へは何も持たずに連れてこられたので、ツァイトの服は魔王であるレステラーがすべて用意してくれた。
お蔭で人間界で住んでいた時よりも、今のほうが持っている服の数が多い。
しかもどれもこれも既製品ではなく、ツァイトの身体にぴったり合うように採寸された服なのだ。
本当にもう十分なのになぁとは思うが、レステラーはまたツァイトに内緒で作らせているらしい。
どれだけこの男はツァイトに甘いのか。
「それよりも、アンタの誕生日プレゼント。何にする?」
何度目かの同じ質問に考えては見るものの、しかし本当に思い浮かばない。
ツァイトの身の回りの品――普段着や外出着、夜着などの衣類から始まり、それに付随する小物や書籍、いまツァイトの鞄に入っている筆記用具にいたるまで、必要と思われる物はすべて先回りしてレステラーが用意してしまった。
それだけでツァイトには十分だ。
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