ある愛の詩

明石 はるか

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私とテオバルト様の結婚の日取りが決まった。





彼テオバルト様も又、彼女マリアを選ばなかったのだ。









美しい晴れた日だった。



私達は夫婦になった。



…ずっと願っていた事だったのに。



何時か、あの物語のように愛し、愛される二人になれると信じてた。

彼は別の人を愛して、私はそれを見つめるだけ。

それでもいつの日にか、慈しみ合える二人になれたらと。

そんな風に考えていた。

今までテオバルト様と過ごしてきた日々は、そんなに軽い物ではないと、信じたかったのだ。









夫婦の寝室で、テオバルト様と二人きりで対峙して、私は自分の間違いを知った。

表情の一切を消して、

「…君を妻として、尊重すると約束しよう」

テオバルト様が言う。

「それでも、…私は、今後、君を愛するとこはないだろう」



初めて聞く、冷たい声だった。

初めて見る、冷たい瞳だった。



私はずっと、これからこんな目で、彼に見られ続けるのだろう。

小刻みに震える手を、強く握ることで堪える。





ああ。

やっぱり。



私の中の私が呟く。



彼女が居なくなったとしても、私の夢が叶う日は来ないのだと知った。





…テオバルト様となら、叶うかもしれないと思っていたの。





小さな夢だと思ってた。



でも、きっと私には分不相応だったのだ。





…私は間違えてしまったのだから。











結婚生活が始まった。

彼にとっての義務にあたるのか、必ず朝食と晩餐は共に摂る。

朝食と夕方、そして、継嗣を作るために決められたように3日毎の夫婦生活。

会話のない中のそれに疲れを覚えても、それでも私から拒否することは出来なかった。

私にとって一番辛いのが、閨の事だった。

丁寧で優しい、…そして義務的な愛撫。

私の中に欲望を吐き出した後、淡々と身繕いするテオバルト様を見送る。

「…おやすみ、カミラ」

そう言って、自室に向かう彼の背を見つめるだけ。

口づけることや、抱き締められる事もないそれは、私を酷く惨めにした。







幾つかの季節が巡ったけれど、私達の関係は変わらないままだった。

しばらくして、時折、テオバルト様から何か言いたげな視線を感じるけれど、結局、私達はお互いに口を噤んだままだった。

近づいて、又、冷たい瞳で見られたら。

伸ばした手を振り払われたら。

その想像は、私をより一層臆病にした。

物理的な距離は近づいたけれど。

心の距離は、他人より遠い。



改善される兆しのない私達に。

私は、漸く諦める。

…彼に愛される事を。

彼に寄り添うことを。







不可能だと思っていたそれは、試みてみれば、非常に私を楽にした。

テオバルト様に嫌われないように、愛されるように、息を詰める様に暮らしていた自分。

私からもテオバルト様に関わらない生活。

義務的な夫婦生活を除けば、ただの同居人のようだった。

胸にぽっかりと開いた穴。

私は又これからも、こんな風に生きていくのか。

それを意識すると、酷く胸が痛んだけれど、唇を噛み締めて見ないふりをする。

随分、上手に出来るようになったのに。





…そんなある日のことだった。

「おめでとうございます。…ご懐妊です」

続く体調不良に、私付きの執事のハンスが無理に診察を依頼した医師から、それを告げられた。

「…ありがとう、ございます」

まだまだ平らなお腹に手をあてる。

ここに新しい命が宿っているなんて、不思議に思えた。

そのままお腹を撫でていると、ほんの僅かに眉根を寄せたハンスが告げる。

「旦那様がいらっしゃいましたが…」

医師が告げたのか、テオバルト様が部屋に来たという。

閨事以外に訪れる事は今までの一年半なかったのに。

やはり、特別な事なのだろうか。

頷くと、直ぐにテオバルト様が室内に入ってくる。

侍女達に整えられた寝台に足早にたどり着くと、小さく呟いた。

「…カミラ」

「はい」

僅かに寄せられた眉間に不安が込み上げる。

「子供が出来た、と」

「はい…」

お腹に伸ばされた手に、無意識に身体が震える。

それに我に返った風情のテオバルト様が手を止めた。

そのまま強く握られた拳を、私もじっと見つめる。

視線が合う事もなく、張り詰める空気に息をひそめた。

「…無理をするな」

「はい、ありがとうございます」

そう言って私を見ることなく出ていくテオバルト様の背中を見送る。

扉が閉まるのを確かめて、細く息を吐いた。

義務的な夫婦生活を送らなくて良くなったのだ。

彼もホッとしているのかもしれない。









食事でのみ顔を合わせる、会話のない関係。

目が合うことさえない、日常。

大丈夫だったはずだった。

いままでは。

もしかしたら、例え血の分けた子供であっても、私の腹から出るだけで厭わしいのかもしれない。

この子は疎まれて育つのだろうか。

考え始めれば、きりのないこと。

日に日に大きくなっていくお腹。

それと比例するように不安定になっていく精神。

悪阻と共に食べられない食事。

私は、だんだんと歩くことすらままならなくなってきていた。

「お願いでございます。…このままでは」

そう言って、珍しく表情を露にしているハンス。

余程の心配をかけているのだろう。

「…お嬢様。一度、別邸で過ごされてはいかがでしょうか。…差し出がましい振舞いですが、ご主人様アクス公爵からの許可はいただいております。少し、静養という形でも」

ハンスが言う。

「…ええ。そう。そうね。…旦那様にも、お伺いしてみなければ」

「はい。…お嬢様、お一人で歩かれては危険です。私めが、お伺いしてまいりましょう」

そう言って一礼するハンスに頷く。

「…ありがとう、ハンス」

扉を出る前に一度立ち止まったハンスが振り返る。

「…お嬢様、サランのお邸はお嬢様のお好きな金木犀が盛りでございます。直ぐに参りましょう」

「ええ、…ありがとう」







直ぐに戻ったハンスによって出立の用意がされ、豪奢な大きな馬車にハンスに抱き上げられて、連れられる。

テオバルト様にお会いすることもなく。

程なく到着したサランの別邸は居心地良く整えられていて、私の気持ち癒してくれた。

「…お待ちしておりました」

「ありがとう、ソアラ」

アクス邸実家で私にずっと着いていてくれた侍女達が迎えてくれる。

「このまま、こちらでお産みいただけるように手配も済んでございます」

「…そう、ね。旦那様が、ご了承下さるかしら」

「大丈夫でございますよ、お嬢様」

そう言って、又、そのままハンスに抱き上げられて、自室まで進む。

先導するソアラも頷くと、

「ごゆっくりお過ごしになりませんと」

私を見つめながら、僅かに眉を寄せた。

「何でもおっしゃって下さいませね」

柔らかに整えられたベッドに下ろされる。

ふわりと金木犀の香り。

「良い香りね」

「はい、強い香りはお身体に障りますので、一枝のみお持ちしました」

優しい声に、優しい眼差し。

「ありがとう、…心配させてごめんなさいね」

微かに首を振ったハンスが温かいお茶を入れてくれる。

良い香りのお茶を口に含んで、息をついた。

初めての感覚だった。

くるりとお腹に刺激が走った。

「…あ」

慌てて、自分のお腹を見下ろす。

痛みはない。

そっと撫でれば、もう一度。

内部から刺激された。

「…ああ」

…その時、私は初めて、そこに命が宿っていることを実感した。

「あなた、なのね。…ねぇ、あかちゃん」

私の声に反応するように、お腹がぽこりと音をたてる。

「ふふ」

私は初めて、このお腹に宿る小さな命を愛しいと感じたのだ。

身体の奥底から溢れる愛しさに。

空っぽだった穴が塞がるような気さえする。

「私が母様よ。…聞こえる?」

いつか乳母が言っていた、赤ちゃんはお腹の中にいる時から耳が聞こえているというのは本当だろうか。

本当だったら、良いのに。

何度でも、告げよう。

「あかちゃん。母様は、あなたが大好きだわ」

そう言って、もう一度優しくお腹を撫でた。

ふと顔を上げれば、慈しむような眼差しのハンスとソアラがいた。



大丈夫。

私はこの子を愛していける。



…例え、疎まれて生まれたとしても。

















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