ある愛の詩

明石 はるか

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テオバルト様が別邸を訪れたのは、マリアが来た翌日の夜の事だった。

出仕後にそのまま来たのだろう、上着を受け取る。

簡単な食事をしている時から、何かを言いたげに私を見ているテオバルト様。

マリアの事?

そのことには気づいていたけれど、敢えてそれを私から尋ねる程、私達の関係性は再構築出来てはいなかった。

食事を終えて、てっきり別れて応接室へ行くものと思っていたテオバルト様が、私の後を付いて私の私室に足を向けた時には私の困惑は最高潮に達していた。

…どうなさったのだろう。

「…入ってもいいだろうか」

私の部屋へ踏み込む前に、一度立ち止まって律義に尋ねるテオバルト様に頷く。

「…」

沈黙が満ちる部屋。

何かを言いたげなテオバルト様に、それでも私には投げかける言葉は浮かばなかった。

息が詰まりそうな空間の中、私が本を捲る音だけが響く。

横顔に痛い程の視線を感じながら、ただ時間が過ぎるのを待った。

…何時もなら邸を辞す時間になって、ようやくテオバルト様が私を呼ぶ。

「…カミラ」

「はい」

呼ばれて、振り向く。

「…そろそろ」

「はい」

「あちらの邸に戻らないか」

「え…」

思ってもみなかった台詞に、一瞬、考えが追い付かない。

その間にも、ポツリポツリとテオバルト様が言葉を紡ぐ。

「…君達がいない邸は、日が消えたようだ」

重ねて言われ、ゆるゆると頷いた。

「…では、3日ほど後に」

「迎えに来る」

「だ、大丈夫ですわ」

「…私が来たいんだ」

「…はい」

「カミラ」

「…はい、旦那様」

顔を上げると、僅かに逸らされた視線。

「…今日はこちらに泊まっても良いだろうか」

思いがけない言葉に、目を見開いてしまった。

動揺をなんとか押さえて、立ち上がる。

「は、はい、…直ぐに客間をご用意させますわ」

侍女を呼ぶためのベルを取ろうと伸ばした手を、後ろから大きな手が押し留めた。

「…旦那様?」

振り返ると、深い深い青い瞳とぶつかった。

あまりにも雄弁に語る瞳に、思わず目を伏せた刹那、その腕に巻き込むように抱き寄せられる。

「あっ」

そのまま重なる唇は熱く、直ぐに貪るように舌が絡まった。

「ん…っだ、…だん、な…さっ…」

腰に回っていた腕が背中を滑り、器用にドレスのボタンを外していく。

その間もまるで蹂躙するがごとく、口腔内を貪るように動く舌に息が上がる。

「あっ…」

突然の浮遊感に思わずテオバルト様の腕を掴む。

唇は離れることなく、そのままベッドまで抱き上げて運ばれた。

二人分の重みで、ギシリと寝台が軋む。

柔らかなシーツの感触を背中に感じた。

…どうしよう。

混乱の極みの私には為す術もなく、されるがまま。

引き寄せられて、浮いた腰からスルスルとドレスが引き抜かれ、た。

「だ、旦那、様っ」

授乳の為、補正の意味を為していない絹の下着もあっさりと引き下ろされて、露になる胸に羞恥で顔に血がのぼる。

片方の腕で胸を隠し、もう片方で私の服を取り去ろうとしているテオバルト様の手を掴んだ。

一瞬その手が止まり、かえした掌が逆に私の手を掴んで、長い指が絡まる。

息を飲んだ私に、

「…嫌、か?」

何時もとは違う、小さな声が聞こえる。

何時もとは違う、懇願するような響きを持つ声。

「カミラ…」



まるで、

私を、求めているような。



そう錯覚してしまうような、その声。



込み上げてくる何かを無理矢理飲み込んで、首を振り、絡まった指を握る。

強く抱き締められて、額に、頬に、目尻に優しい口づけが降るように落ちる。



ああ。

きっと、彼は愛した人をこんな風に抱くのだろう。



だから。

だからこそ、私は私を戒める。



…今度は、決して勘違いしないようにと。

間違えないようにと。



私は。

テオバルト様に愛される事などないのだから。











柔らかな闇の中。

私を後ろから抱き込むように眠るテオバルト様。

首筋に、規則正しい寝息がかかる。

口づけをしたのも。

こんな風に眠るのも初めての事だ。

彼は何時もは行為が終わると、直ぐに自室に行ってしまうから。

今日は、自邸でないから。

そう自分を納得させた。

…客間を用意させれば、良かったのだろうか。



でも、

その温かさに。

愛おしさに、息を詰める。



…こんな心地好さを知ってしまったら。



次に来る、テオバルト様からの拒絶に堪えきれる自信がない。



あの日の、冷たい目と、冷たい声を思い出す。

決して私を愛することはないと告げた、あの日のテオバルト様を。



ぎゅうぎゅうと締め付ける胸の痛みに、頬を伝い落ちる涙。

それを止める術を、私は知らない。

蓋をしていた想いが溢れでる。





愛してるの。





彼に、

愛されたいと、願ってしまった。





だめだ。

…私は、ここに居られない。





彼の傍には居られない。



















私は普通を装えていただろうか。

「今日は来れないが、明日には寄る」

そう言ったテオバルト様を送り出して後、私は父に手紙を書き、早馬を走らせた。

しばらく王都を離れたい事、テオバルト様と距離を置きたいという主旨のそれに、父から持たされた返答の手紙を見れば、

『オルソ郊外の別邸に行くよう 馬車は正午に』

それだけが記されていた。

私付きの執事のハンスと側付きのソアラにだけ、王都を離れる事を告げる。

他の侍女はお父様が手配しているはず。



目立たないようにしなければ。



そう考えている自分に気づいて苦笑した。

…どうして、テオバルト様が私を気にかける等と思ったのだろうか。

「他の者には、実家へ行くと伝えておいてちょうだい」

「かしこまりました」

頭を下げ、最低限の荷造りの為に踵を返すソアラに、お茶と手紙の用意を言いつけた。

すぐに用意されたそれに礼を言い、ペンをとる。

…何と伝えれば良いだろうか。

私だけなら、手紙も要らないだろうけれど、継嗣を連れたままでは問題なはず。

『少し王都を離れます。お父様には伝えてあります』

それだけを書いて、封蝋をする。

納得はいかないかもしれないけれど、テオバルト様はきっと私の事など気にされないはず。

これ以降会わずに、早い段階で離縁をお願いすれば、叶うだろう。

もしかしたら、この子の事で揉めるかもしれないけれど、この子を手離すつもりはない。

…どうしても私が譲らなければ、お父様は段取りをつけてくださるに違いない。

それ位には、父は私を思ってくださるはず。

テオバルト様が新しい伴侶を迎える時、きっとこの子は邪魔になるのだから。



きっと許していただけるはず。

















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