ある愛の詩

明石 はるか

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王都を離れてから、あっという間の一年だった。

その間には、色々とあったけれど、目まぐるしく日々は過ぎて行った。

あれから、テオバルト様とは一度もお会いしてはいない。

すぐにお父様に離縁の手続きをお願いしたけれど、進んではいないようだ。

やはり跡取りを連れて来てしまったせいだろう。

…でも、私にこの子を手放すという選択肢だけは存在しない。

私に連絡してくるのは、お父様だけ。

どこからも、余計な話は入って来ない。

慌ただしくも、穏やかな毎日。

沸き上がる罪悪感を胸の奥に押し殺して。

安らぎの時を過ごしていた。









久しぶりの王宮。

断りきれない王太后からの誘いだった。

王太后は、私の祖母の姉にあたる方で、幼い頃はとても可愛がってもらっており、社交界に出ない私に痺れを切らして離宮に呼び出され、どうしても断りきれなかった。

身辺がきちんとしていないため、まだどこにも出かける気がなかった私はしぶしぶ承諾し、離宮への長い廊下を歩いていた。

歩きたがってばかりで、抱かれることをよしとしないヴォルフの小さな手を握りながら。

「かー」

「なぁに?」

「ん!」

「あら、とっても上手ね、ヴォルフ」

段差を越えて誇らしげなヴォルフに、笑みが溢れる。

…何て、愛おしい。

この子は、私の全てだ。





「まぁ!…カミラ様ではございませんか」

知っている顔を認めて、内心ため息をつく。

…しまった。

「お元気にしてらっしゃいましたの?夜会やお茶会でもお見かけせず、心配しておりましたのよ」

そう言って、私の前に進路を防ぐように立つマルグリット。

どれくらいぶりだろうか。

何処からか聞いて、私が今日王宮に来る事を知っていたに違いない。

全ての交流を絶って一年以上。

「…ええ。ご無沙汰ですわ、マルグリット様もお代わりなく?」

「元気にしておりましてよ。…何処にいらしたの?」

「…少し、別邸に静養に出ていましたの」

一歩距離を詰めて、マルグリット様が私の手を引く。

「…何度も何度も、ヴィルケ伯から貴女の居場所を探る手紙が来てたわ」

「…ごめんなさい」

「お人好しのカミラ様」

「え?」

マルグリット様が笑う。

「あの方があんまり憐れだから、一度だけ機会をあげたの」

「…あ、の方?」

「ごめんなさいね?」

するりと私の手を撫でて、通りすがりにヴォルフの頭に口付けてマルグリット様が背を向ける。







「カミラっ、」

走ってきたのだろう、弾んだ息と、乱れた服装。

どちらも初めて見る姿だった。

彼は何時も泰然としていて、隙のない出で立ちで。

久々に見るテオバルト様は明らかに瘦せていて、顔色も良くない様子だ。

「…お久しぶりでございます、テオバルト様」

痛いほどの視線を感じながら、目を伏せて腰を折る。

「…」

手を握りしめ何度も口を開こうとするけれど、言葉にならない様子のテオバルト様。

「かぁー?」

ヴォルフが私のドレスを引いた。

「ごめんなさいね、ヴォルフ」

見上げるヴォルフの柔らかな髪を撫でる。

「…大きくなったな、ヴォルフ」

私の手を握り、不思議そうにテオバルト様を見つめるヴォルフに、

「…お父様ですよ、ヴォルフ」

そう告げる。

「とー?」

「ええ、父様です」

私と交互にテオバルト様を見つめて、テオバルト様に向かって手を伸ばすヴォルフ。

「とー」

「そうだ、…父様だよ、ヴォルフ」

震える手を伸ばして、ヴォルフを抱き上げたテオバルト様は、何かを堪えるような顔をしていた。

ヴォルフを片腕に抱き何度も何度も髪を撫でながら、私を振り替える。

「…カミラ」

「…はい」

「私は、…私と話す時間をくれないか」

「…王太后とお約束がありますの」

「待っている」

思い詰めたような表情のテオバルト様に、のろのろと頷いた。

…避けられない道なのだろう。

私の譲れないことは一つだけ。

後は何も望まないのだから。

テオバルト様は、私が了承した事に、僅かに表情を緩ませた。

「…」

むずがるような声が聞こえる。

弾かれたように、テオバルト様の視線が上がる。

向けられた先は、後ろに従っていたソアラの腕の中。

「…その、赤ん坊は」

「…」

ゆっくりと近づくテオバルト様に応えるように、大きな泣き声を上げ始める。

あやしながら、ソアラが私に窺うように見つめるのに、息を吐いて頷く。

「…エルフリーデ様でございます」

そう言って、ソアラは泣くエルフリーデの顔を見えるように抱き変えた。

「エルフリーデ…」

呟いて、泣き笑いのような表情を浮かべ、エルフリーデと私を交互に見やるテオバルト様。

「…あの日の?」

エルフリーデもテオバルト様の容姿を色濃く受け継いでいて、頷く他ない。

「…君に、似ている」

そう小さく呟いた。

「幼い頃の、君に」

テオバルト様の表情は、愛おしげな物で。

誕生を喜んでくれている嬉しさと、もしかしたらエルフリーデまでも争わなくてはならない懸念に、小さく息をつく。

「申し訳ありませんが、後ほど…、さぁ、ヴォルフ」

テオバルト様の腕から下りるように促すけれど、

「…前まで送って行く」

どうやっても逃げる術はないようだと、腹をくくる。

勇気が持てず、後回しにしていた自分のせいだ。





とうとう、テオバルト様と。



…私の心と向き合う時がきたのだ。




























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