ある愛の詩

明石 はるか

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「…まずは、謝罪させていただきます。突然、勝手な真似をして申し訳ありませんでした」

「…いや、全て、私のせいだ」

私はゆるゆると、首を振る。

「いえ、私のせいですわ」

テオバルト様が、私を見つめる。

「…政略結婚だと分かっていた筈なのに、夢を見ました」

見るべきではなかった夢を。

だから、耐えられなかった。

ただ割り切れば良かっただけなのに。

「カミラ、」

「ですから、全て私に咎があります。…父からお伝えした通りに、全て私の責任にしていただいて結構です。勿論、持参金もそのままで」

「…カミラ」

「私の望みはたった一つだけ。…子供達は渡せません。どちらも認知していただかなくて、結構です」

幸いにも、父も了承してくれている。

幾つも所有している爵位を継げるだろう。

珍しく、子供達を気にかけてくれている様だった父の姿が浮かぶ。

「テオバルト様が、新しい…本当に愛する方を迎えられて、その方とのお子様を継嗣になさるほうが、ゆくゆくは遺恨なく過ごせると思いますの」

私の言葉に、テオバルト様が色を失っていく。

「もし宜しければ、…マリアとの間を取りつぎますわ。婚約者が居ると言っていましたが、…政略結婚だとおっしゃっていましたので」

ビクリとテオバルト様の肩が揺れて、何かを言おうと口が動くけれど、音を紡がないようだった。

沈黙が続き、テオバルト様が漸く一言を呟いた。

「…私は、嫌だ」

絞り出すような、その声。

やはり、嫡男のヴォルフが問題なのだろうか。

私は小さく息をついた。

「…申し訳ありませんが子供は渡しません。勿論、どちらも。父の…公爵家の力を借りてでも、」

矢継ぎ早に話す私に、

「…やり直せないだろうか」

思っても見なかった台詞に首を傾げる。

「テオバルト様はまだお若いですし、直ぐに新しい方との間に御子も授かると思いますの。…何年か無為に過ごさせてしまったことは、お詫びのしようもございません」

一気に言って、深々と頭を下げる。

「どうか最後のお情けに、子供達を私に下さいませ。…初めて出来た家族なんです」

呆然と私を見つめるテオバルト様。

「…カミラ」

「…はい」

「…私は、君にとっての、家族に…なれなかったんだな」

テオバルト様の呟くような言葉に、思わず笑う。

「…愛し、愛された二人は夫婦になり、何時までも幸せに過ごしました」

何時か、一緒に読んだ絵本の一節。

思い出したのか、テオバルト様が泣きそうに顔を歪めた。

愛されない私とテオバルト様が、家族になれる道理などなかったのだ。

「…今までありがとうございました」

唇を噛み、俯いたテオバルト様の鳶色の髪が揺れる。

子供の頃は、簡単に手を伸ばせたのに。

振り払われるのが怖くなってから、一度も触れていない。

閨の最中でさえ。

「もしかしたら、もうお会いすることもないやもしれませんが、お元気でいらしてくださいませね」

「…だ、」

「え?」

「…いや、だ。カミラ」

「テオバルト様?」

強く手を引かれ、抱き締められる。

「何度でも謝るからっ。私を、許さなくて良いから…、どうか傍に」

傍にいて欲しい、と懇願する声が耳元でする。

掻き抱かれ、呆然とテオバルト様の顔を見つめる。

「…ど、うしたのですか?」

だらりと下がったままだった手を上げて、胸元を押すと、反対に抱き締められる力が強くなる。

戸惑い、困惑した私は、一つの可能性に思い当たる。

「もちろん、子供達と会っていただく分には、問題ございませんわ」

血の繋がった子供達に会えないのは辛いと感じてくれているのだろう。

私を母とするせいで、この子達がテオバルト様に愛されないかもしれないと思った事もあったけれど、嬉しい誤算だ。

子供達が大きくなって、父親に会いたいと思った時に、父に疎まれた子だと感じて欲しくなかったから。

「…君には?」

「…私、ですか?」

私の困惑は最高潮で。

全く意図が掴めないのだ。

ああ。

「…社交場には極力出ないつもりではいますが。又、いつか何処かに縁付けば、分かりません。…出来るだけ、被らないように配慮させていただきますので、お許し下さいませ」

父の事だ。

子供達にある程度の目処がたてば、何処かにやられるような気もするので、そう告げる。

「…君は、僕の妻だ」

「…」

「君を、…君達を愛してると、ずっと言いたかった」

テオバルト様?

「私に、一度だけやり直す機会を与えて欲しい…」

縋るように抱き込まれながら、呆然とテオバルト様を見つめる。

「…わ、たし、は、」

「生涯をかけて償うから」

髪に、耳朶に、こめかみに何度も口づけが落ちる。

慌てて、両腕に力を込めて押しやった。

「カミラ…」

押した手を取られながらも、首を何度も振る。

ずっと押し殺してきた感情が溢れてしまわないように。

「私の、選択は、…何時も、間違ってしまう、から」

だから、今度こそ、離れようと決心したのだ。

なのに。

「…わ、私は、テオバルト様に、幸せに、なって、欲しい、の」

涙が溢れる。

テオバルト様の幸せには、私は不要で。

不要なのだ。

「わたし、は、貴方の、人生、に必要の、ないもの、だから」

息がくるしい。

…もう。

「もう、こ、れ、以上、」

噛み締めた唇は血の味がした。

「貴方、に、いらない、って、言われたく、ないん、です」

だから、

「だから、…貴方の、傍に、いられない」

足に力が入らず、ずるずると座り込みそうになる私の両腕を掴み、揺さぶりながらテオバルト様が首を振る。

「…すまない。君に、そんな風に思わせてしまった私のせいだ」

そのまま抱き上げられて、テオバルト様ごとソファーに下ろされた。

温かい体温が、苦しい。

思い出させないで。

私が貴方を愛してることを。

…私が貴方に愛されたいことを。

「…共に暮らす中で、君とずっと話し合ったことばかり思い出していた」

首をふる。

何も聞きたくない。

「…君が摩りきれるまで読んでいた絵本」

一人の男が女に出逢い、恋に落ち、夫婦になる、在り来りな話だった。

困難を乗り越え、お互いを愛する二人。

何度となく読み返した。

優しい男と平凡な女は、まるで私達のようだと。

「こんな風に、ずっと一緒にいようと言ったのに」

首を振る。

「もう、やめて…」

「君と過ごす日々は、穏やかで」

テオバルト様の手が、

「私に安らぎをもたらしてくれた」

それでも。

あの日、君を傷つけた事を思い出して、

「もう、…どうやって君に近づいて良いかわからなくなっていた」





「君が、ヴォルフを産んでくれた日、…初めて神に感謝した」





「君を、愛してる」

私だけを見つめる蒼い瞳。

「…応えてくれなくて、良いんだ」

君が、…君達が、

「ただ傍に居てくれるだけで」





身体を強く抱き締める腕と。

見つめる瞳。



暖かなその腕は、いつか私が恋い焦がれたもの。









震える指でその腕を握った。





私は又、間違えてしまうんだろうか。



私は、いつか後悔するんだろうか。





この手を取ったことを。

















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