ある愛の詩

明石 はるか

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ふと、目が覚めた。

後ろから肩に、腰に、絡み付くように私を抱き締める腕。

その温かさに、小さく息をついた。

僅かに身動ぎをして、身体を起こそうとすると、

「…どうかしたかい」

少し不明瞭な声と共に、腰に回った腕に引き寄せられる。

苦しい程に抱き締められて、身体を反転された。

そこには、もう少し前まで眠っていたようには微塵も見えない鋭い眼をしたテオバルト様。

私は内心、息をつく。

「…少し目が目覚めたので、お水を飲もうかと思いましたの」

そう言うと、私の身体から手を離さないまま器用にサイドボードの水差しから水を注いでグラスを口元に寄せられた。

仕方なしに口に含むと、嚥下した喉にゆっくりとテオバルト様の舌が這う。

「あっ」

いつの間にかグラスは置かれていて、腰に回った手がするりと夜着を割る。

「…カミラ」

慌ててテオバルト様を見ると、じっと私を窺うように見つめる瞳と対峙する。

思わず伏せた目と合わせるように、下から押し付けるようにテオバルト様に口づけられた。

強い光が灯る瞳から目をそらす事も出来ずに、差し込まれる舌に蹂躙される。

抱えられたまま、ゆっくりと寝台に沈む身体。

ほんの僅かに開いた距離を詰めるように、掻き抱くその腕。

「…愛してる、カミラ」

「…はい」

ほんの少し翳った瞳に、気づかないふりをして。

「…あっ」

ゆるゆると身体中を愛撫する長い指に、背を反らす。

胸の中心を舐めて、甘噛みするテオバルト様の頭を抱き締めた。

鳶色の、柔らかな髪を撫でながら、息を溢す。

「んっ、…あっ、あっ…ん、ん」

ついさっきまでテオバルト様を受け入れていた膣中を確かめるように、ぐるりと掻き回す指から無意識に逃れようとする腰を、もう片方の腕に引き戻された。

ぐるりと反転させられて、長い指が音をたてて引き抜かれる。

羞恥に俯く間もなく、後ろからテオバルト様が入ってきた。

「…んっ」

何度抱き合っても、最初の一瞬はその大きさに息を詰める。

横向きに、後ろから抱き締められた。

ゆっくりと動くテオバルト様に、じわりじわりとした快感が追いかけてくる。

「あっ、あっ…ん、ああっ、…あ、テオバルト、さ」

「うん、…カミラ」

耳朶に、首すじに、頬に、口づけられる。

「愛してる」

後ろから絡み付く腕に、力が籠る。

「…カミラ」

「あっ、…テオバルト、様」

「…愛してる」

何度も何度も告げられる、愛の言葉。

私を、彼を、縛るそれ。

それでも。

まだ私達は一緒にいる。



零れ落ちる涙を舐めとられ、忘我の境地に追いやられる。

きつく抱き締める腕と、囁き。

二人で一つになれないことが、ただ切なかった。









目が目覚めた。

カーテンから漏れる陽射しが高い事に、ため息をついて身体を起こす。

テオバルト様の姿はなく、もうとっくに仕事へ行ったんだろう事が察せられる。

重い身体に、また息を吐く。





侍女に支度を整えてもらい、お茶を飲んだ。

身体は疲れていたけれど、気分を変えようと呟く。

「…久しぶりに街に出ようかしら」

側に控えていたハンスが、礼儀正しく首をふる。

「大変申し訳ありませんが、今から手配をかけるとなると、街歩きには適さない時間になると思われますが」

私は小さく息をついた。

「…そうよね」

…私達がこの邸に戻ってすぐに、テオバルト様は全ての馬車を手放してしまった。

何処かに行こうと思えば、他の邸に手配してこちらに呼ぶしかないのだ。

何よりも私達がいなくなることを恐れているテオバルト様に、何も言えず。

出掛ける時は、必ずテオバルト様が同伴されるのだ。

手紙に関しても、テオバルト様が個人的に雇い入れた秘書が逐次報告しているようで、必ずその日には見せて欲しいと懇願される。

それ以外は。

彼は良い父親であり、良き良人であった。

沸き上がる不安と、家族への愛しさの狭間で、常に揺れているテオバルト様。

遊んでいるヴォルフを抱き上げながら、込み上げてきた感情を押さえつけている姿も。

何気ない日常の些細な場面でさえ、私から決して目を離さない瞳も。

きっと、私達を繋ぎ止める大切な要素なのだ。

だから。

だから、私は。









暖かな陽射しの中。

テラスで連れてきてもらった仔犬と遊ぶ子供達を眺めていた。

子供の頃は決して、触れさせてもらえなかったからと、テオバルト様が手配して下さったのだ。

大きなカウチに座りながら、子供達の笑顔を見つめながら、幸せを噛みしめる。

「大丈夫かい?」

ぼんやりしていたのか、カウチに座って後ろから私を抱き締めていたテオバルト様に心配そうに聞かれてしまった。

「いいえ。…私、…あんまり幸せだなって」

「うん。…そうだね」

そう言って、大きくなった私のお腹を優しく撫でる。

まるで宝物のように。

ヴォルフは6歳になった。

エルフリーデはもうすぐ5歳。

産まれる瞬間からずっと傍に居たいと、もう1人を強く望んだのはテオバルト様で。

妊娠が判った日から、毎日、私のお腹を撫で続けている。

それはもう幸せそうに。

テオバルト様の束縛は日に日に酷くなるけれど、きっとお互い様だと思うようにしている。

きっと、今も彼は忘れていないから。

私達が居なくなった、あの日を。



長い指が、頬を擽る。

見上げると、見蕩れるような優しい笑顔を浮かべたテオバルト様。

「…愛してるよ」

あの日から、何度も繰り返される愛の言葉。

一度も返される事がなくとも、彼は私にそう告げる。

「ええ、…私も愛してますわ」

ビクリと一瞬で止まってしまった震えるその手に、自分の手を重ねる。

「…カミラ」

「はい」

「…カミラ、…っ、愛して、る」

ほんの少しだけ視線を巡らせると、テオバルト様の綺麗な瞳からポタリポタリと雫が落ちていて。

それに気づかないふりをして、私は重ねた手を強く握る。

「愛してます、テオバルト様」

「うん、…う、ん、…僕も、君を、…君達を愛してる」



肩に伏せたテオバルト様の重みと涙の温かさを感じながら。

私は無邪気に遊んでいるヴォルフとエルフリーデに手を振った。











求めた幸福が、ここにあることを感謝しながら。

















いつか、この子にも読んであげよう。

擦りきれる程読んだあの絵本を。





優しい男と平凡な女は、いつまでも幸せに暮らしました。























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