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※番不在の発情期(5)sideラルド
しおりを挟む視界の端で、こちら側とそちら側を隔てていた唯一の薄い壁がヒラヒラと揺れ動く。
人工的な光が一切灯っていない薄暗い室内にも関わらず、不思議とラズ様の姿はくっきりと浮かび上がっていた。
月明かりをバックにそれはなんとも幻想的な光景。
広いベッドの中心にぺたりと座り込み、ネグリジェタイプの夜着から覗く生身の太ももは先程見た手同様に体液が伝い、涙で濡れそぼった目が助けてと一身に向けられていた。
「ラ…ルド、さまぁ……」
「っ、」
「ココが寂しいの…」とうわ言のように呟いたかと思えば、太ももの間ネグリジェの中へ自らの手を潜り込ませ――ぐちゅ、と響く音はその暗がりで何が起きているのか安易に想像ができてしまう。
今すぐこの場を立ち去らねばという焦燥感とは裏腹に、足が床に縫い付けられたかのように動かない。
そうこうしてる間にもぐちゅぐちゅと自らの中を掻き混ぜる指の動きは激しさを増し、ラズ様から発せられる切ない声は今もなお私を求め続けている。
「んぅ…んっ、足りな…きもちぃの、足りな――」
「っラズ…様っ」
目の前で繰り広げられる、オメガがアルファを誘う本能的なさま。
こんなラズ様を私は始めて目の当たりにした。
この第二の性という性質は前世では存在しなかった馴染みのない設定だった。
自分が発現したのは丁度ラズ様がお生まれになってしばらくした頃。
三種類の性の内、ヒエラルキーの頂点に位置するアルファ性が自分に割り振られたが、番たいと思う唯一の相手はさも簡単に運命に掻っ攫われていった。
そうなれば全てがどうでもよくなった。
常に抑制剤を服用し、フェロモンに作用されない環境作りに徹底したのはもちろん、不用意にオメガと関わらないよう徹底した。
今世で過ごした32年という人生の中で、発情したオメガに遭遇したのは一度や二度では無い。騎士団として街中で発情期に陥ったオメガの対応をする事も何度かあった。
全員共通して人間性を失いただ犯されることを求めるオメガと、それに群がるオメガフェロモンに溺れたアルファやベータ。
それはまさに地獄絵図と表現しても過言ではない見るに堪えない光景であり、生理現象で仕方の無い事とはいえ、自分は絶対にこうはならない、と固く誓っていた。
―――しかし、いま目の前で発情するラズ様はそんないままで見てきたどのオメガとも格が違う……言うなれば、アルファを従わせるオメガ。
誰でも彼でもフェロモンで狂わすのではなく、待てを放ち、自分の求めるようにアルファを動かす―――それは番持ちのオメガだからこそなせる技なのだろうか……
「っはぁ……んぅ、ラルドさま…触って……」
上気した瞳で見つめられるうちに、一歩また一歩とベッドへ吸い寄せられていく。
伸ばされた手があと少しで私に触れる…その瞬間、突如頭をよぎったのは長年仕え想いを寄せた翡翠様の笑顔だった。
「っ、いけませんラズ様!私などが貴方様には触れてはならない!」
バッと振り払った瞬間、見開かれたラズ様の目。
振り払われた手を宙にさまよわせ、ぽかんとした表情から一変、ぐしゃっと歪んだ悲しそうな表情で口にされた一言に、私まで目を見開いた。
「―――」
言葉として音では聞こえなかった口の動き。
読唇術を身につけているからこそわかる、それは、今のラズ様が知るはずのない───前世の私の名前。
『蒼唯!』
「!?何故、貴方が、その名を―――」
急速に回る頭の中はごちゃついて整理がつかないまま、「何故、まさか…」と信じられない思いでなんとか絞り出した言葉。
しかしそれがラズ様に届く前に、突如バンッと激しい音を立て開かれた扉と同時に、ぶわっと流れ込んでくる目に見えない空気に背筋がゾクッと震えた。
カツカツカツ…と大股で近付いてくる足音。
そして―――
「ラズ」
ここに居るはずのない、ラズ様がいま一番求める運命の番が現れた。
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