【本編完結】欠陥Ωのシンデレラストーリー

カニ蒲鉾

文字の大きさ
39 / 67
3【発情期】

3-2 変化(2)

しおりを挟む

 
 *****
 
 
 
 つかささんの体調が、日に日に悪くなっていく。
 
 本人は隠しているつもりなのかもしれないが、つかささんから流れ出るフェロモンが以前とは比べ物にならないほど不安定に揺らぎ、体調の善し悪しに気付かないはずがなかった。
 
 
 最初に運ばれた病院の医師の話しによれば、ゴムなしで最後までするという行為さえしなければ倒れるような酷い症状は起こらない。さらに、つかささんにとって特別な俺のフェロモンなら少しずつ慣らしていけばいつか全てが大丈夫になる。そう解釈をし、2人でゆっくり乗り越えていこうと病室で強く抱き合い約束を交わした。
 
 だけど、そう単純な話ではないのだと、帰りのつかささんの様子で早々に認識を改めた。
 
 
 今も、給湯室で並んでコーヒーを入れるつかささんをチラッと盗み見れば、フェロモンを読み取るまでもなく顔色は真っ青だ。
 俺が近くに行けば行くほど、つかささんを苦しめてしまう。わかってはいても会えば話したいし、会わない時もすぐに会いたくなる。
 せめてフェロモンで苦しめてしまわないよう、旅行から帰ったその日のうちに専門医の元へ行き、アルファ専用の抑制剤を普段使用しているものからさらに強いモノに変え、なるべくフェロモンを出さないよう努めていた。
 それでもつかささんの表情を注意深く見ていれば一瞬、ほんの一瞬、我慢するような表情を浮かべ次の瞬間何ともないような笑顔を見せるから、薬の効果はイマイチなのだと察し、より自制心を煽り立てる。
 なるべく長時間共にいない、ましてや触れてしまわないよう、自分に言い聞かせてこの一週間過ごしてきた。
 
 
 なのに、俺の自制心とは裏腹にここ最近つかささんからの接触が増えていた。
 
 そっと触れてくる健気な姿にすぐさま抱きしめたい衝動と戦う日々。
 そんな事をしてしまえば苦しめることは目に見えており、握り返すことも出来ず無言でいると悲しそうな表情を見せ、なんでもないと離れていく。それが俺はものすごく辛かった。
 
 
 御手洗に行くというつかささんを一人で行かせるのは正直心配だったが、着いて行ってもどうしようもないし、そもそも声をかける前に背中を向けられ見送ることしかできなかった。
 
 
 はぁ、とため息をこぼし社長室へと戻る。
 
 
 
「あれ、楓真くん、コーヒーを淹れに行ったんじゃなかったかな?」
「あ……ごめん、忘れてた」
 
 
 部屋に入るなりソファで寛ぐ父さんにそう言われ、つかささんに会えた事で当初の目的をすっかり忘れていた事に気がつく。
 
 
「いいよ、一旦楓真くんもそこ座りな」

 
 読んでいた新聞を傍らに片付け向かいの席に座ることを促される。素直に従うと、で?と聞いてくる父さんに、なに、と訝しげな目線を送る。
 
 
「特に口出しせず見守ってきたけど、あきらかにつかさくんの調子は悪くなっていってるよね?」
「……本人は隠してるつもりみたいだけど」
「そこなんだよねぇ…す~ぐ一人で抱え込む」
 
 
 やれやれと頭を振る父さんに抱える今の思いをつい吐露してしまう。
 
 
「俺、つかささんに何をしてあげれるんだろ…」
「つかさくんの身体の事はつかさくんにしかわからないから…あの子が求める事をしてあげるのが一番なんじゃないかな」
「つかささんが求める事…」
「そう。例えばつかさくんの為と思ってやる事が逆につかさくんを追い詰めることだってある。……寂しい思い、させてるんじゃない?」
 
 
 まさに悩んでいた事に、う、と言葉を詰まらせる。
 
 
「最近つかささんから触れてくれる事が増えてて、嬉しいんだけど応えてもいいのか迷ってて、そうしてる内に悲しい表情をさせてしまって…もう悪循環」
「うわぁ…男として最悪だね」
「わかってるんだよそんな事は~~~」
 
 
 はぁ、とソファの背もたれに深くもたれかかる。
 
 
「あの夜の、吐いて血を流すつかささんの姿が頭をよぎって…手を伸ばす事ができない…」


 何も出来なかったあの時の無力さが今でも胸を締め付ける。


「そうだね…そこはつかさくんを信じるしかない。楓真くんはつかさくんが安心して頼れるようなしっかりした大人になりなさい。と言っても、まだキミは21歳だったね若いなぁ」
「……歳は関係ないし」
 
 
 年齢は俺の中でタブーな話。
 ムスッと睨み、すぐさまふっと笑いを漏らす。
 
 
「でも、ありがと父さん。もう少しつかささんと話してみる」
「そうしなさい」
 
 
 明日再び共に病院に行く際、もしくはその前に会うことが出来れば、今度はその手を握ろう。そう心に決め残りの業務へ向かうのだった。
 
 
 
 
 
『楓真くん、先輩回収して、至急』
 
 
 そんなメッセージが花ちゃんから入ったのは21時を過ぎた頃。
 
 今日一日あった会議資料の有益な箇所のみを抜粋、さらに深追いすべく、既に主が帰宅した社長室に一人残りまとめる作業を行っていた。
 とはいえあとは家でもできる事しか残っていなかったため早急にキリをつけ、つかささんを迎えに行くべく帰宅準備を始める。
 
 そんな作業の手を止めさせたのは追加で送られてきた花ちゃんのメッセージ。
 
 
『何があったか知らないけど、早く先輩と仲直りしてよね~先輩と楓真くんが破局したと思った輩たちが騒ぎ始めてるよ~』
 
「は??」
 
 
 片付けていた手を止め、つい画面を凝視してしまう。
 
 
「地球が滅亡しても別れません」
 
 
 そんな言葉と共にプンプン怒ったスタンプを送り、返事を待たずしてスマホを鞄へ仕舞うと社長室の電気を消し足早に退室した。
 
 
 同じフロアに位置する社長専属秘書チームの部屋前まで行くと、とっくに電気の消えた他チームの部屋や廊下と違い、漏れ光る電気から人の気配を感じる。
 
 なぜだかわからない緊張で震える手を抑えつつ、慎重にノックして扉を開けると、すぐさまつかささんと目が合った。
 父さんと話したおかげで昼に会った頃より自然とつかささんに笑いかける事ができる。俺の腹は決まった。
 この手も、つかささんが望み許してもらえるのなら繋ぎたい。
 
 
「行こっか、つかささん」
 
 
 二人分の鞄をまとめて持ち、空いた手を絡めとる。
 
 その瞬間、僅かに漏れていたつかささんのフェロモンが急激にぶわっと広がると、久々に嬉しそうにキラキラと輝いているのを見れて心から安堵し、ぎゅっと力を込めた。
 
 並んで廊下へ出るとシーンと静かな空間に俺とつかささんの2人だけ。
 いまだ繋ぎ続ける俺の左手とつかささんの右手。
 そんな繋がった腕達を大切そうに抱きしめるつかささん。肩に寄りかかる頭は俯き、その表情は見ることが出来ないけれど、

 
 これで良かったのだ、これが、正解だった。
 
 もう、つかささんに寂しい思いはさせたくない。
 
 
 そのためにも何がダメでどこまでがいいのか、しっかり話し合い、二人で乗り越えていこう。
 言葉を待っているだけでは何も解決はしない。当初の約束をもう一度。
 
 我慢しない
 一人で抱え込まない
 
 俺のオメガは絶対、素直に弱音を吐き出さない。
 辛い、とも、寂しい、とも。
 
 
「つかささん、ごめんね」
 
 
 寂しい思いをさせて――もう、迷わないよ。
 絶対に、この手を離さない。
 

 
 
 
しおりを挟む
感想 13

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

【完結済】キズモノオメガの幸せの見つけ方~番のいる俺がアイツを愛することなんて許されない~

つきよの
BL
●ハッピーエンド● 「勇利先輩……?」  俺、勇利渉は、真冬に照明と暖房も消されたオフィスで、コートを着たままノートパソコンに向かっていた。  だが、突然背後から名前を呼ばれて後ろを振り向くと、声の主である人物の存在に思わず驚き、心臓が跳ね上がった。 (どうして……)  声が出ないほど驚いたのは、今日はまだ、そこにいるはずのない人物が立っていたからだった。 「東谷……」  俺の目に映し出されたのは、俺が初めて新人研修を担当した後輩、東谷晧だった。  背が高く、ネイビーより少し明るい色の細身スーツ。  落ち着いたブラウンカラーの髪色は、目鼻立ちの整った顔を引き立たせる。  誰もが目を惹くルックスは、最後に会った三年前となんら変わっていなかった。  そう、最後に過ごしたあの夜から、空白の三年間なんてなかったかのように。 番になればラット化を抑えられる そんな一方的な理由で番にさせられたオメガ しかし、アルファだと偽って生きていくには 関係を続けることが必要で…… そんな中、心から愛する人と出会うも 自分には噛み痕が…… 愛したいのに愛することは許されない 社会人オメガバース あの日から三年ぶりに会うアイツは… 敬語後輩α × 首元に噛み痕が残るΩ

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

オメガ大学生、溺愛アルファ社長に囲い込まれました

こたま
BL
あっ!脇道から出てきたハイヤーが僕の自転車の前輪にぶつかり、転倒してしまった。ハイヤーの後部座席に乗っていたのは若いアルファの社長である東条秀之だった。大学生の木村千尋は病院の特別室に入院し怪我の治療を受けた。退院の時期になったらなぜか自宅ではなく社長宅でお世話になることに。溺愛アルファ×可愛いオメガのハッピーエンドBLです。読んで頂きありがとうございます。今後随時追加更新するかもしれません。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

完結|好きから一番遠いはずだった

七角@書籍化進行中!
BL
大学生の石田陽は、石ころみたいな自分に自信がない。酒の力を借りて恋愛のきっかけをつかもうと意気込む。 しかしサークル歴代最高イケメン・星川叶斗が邪魔してくる。恋愛なんて簡単そうなこの後輩、ずるいし、好きじゃない。 なのにあれこれ世話を焼かれる。いや利用されてるだけだ。恋愛相手として最も遠い後輩に、勘違いしない。 …はずだった。

処理中です...