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5【SS集】
バレンタイン当日(2)
しおりを挟む今日一日片時も離れずそばにあった鞄をチラッと見てはそのまま窓の外へ目をやる。
流れる外の風景を見ると見せ掛け、実際は窓に反射して映る楓真くんを見ていた。こちらを一切見ようともせず、同じように反対側を見つめている姿。
気を抜けばため息が出そうになる。
柄にもなくイベント事に浮き足立った自分が馬鹿みたいだ。
花野井くんに協力してもらって用意したけど…仕方ない、これは自分で食べるかな…
高速道路に乗ってからあまり変わらない景色が流れ行くのをぼーっと眺めながら自然と目が閉じていくのに抗えなかった。
「次のサービスエリアで止まってください」
「承知致しました」
いつの間に眠ってしまったのか……
不意に外部から聞こえてきた楓真くんの声で意識が覚醒し、ゆっくり瞬きを繰り返しながら目を開けると一瞬状況把握に混乱した。僅かな振動から車で移動中だということはすぐに思い出せたが、目に映る視界が、おかしい。それに、何かを枕に体が横たわっている。
「つかささん?目覚ましましたか?」
「え…」
「おはようございます」
聞き慣れた声のする方向――頭上へと無理やり顔を動かし視線を向けると、にっこり微笑む楓真くんが横たわる僕を見下ろしていた。
そこでやっと気付くことが出来た。
僕は楓真くんの膝を枕にして眠ってしまっていたらしい。肩にはご丁寧に楓真くんのスーツがかけられていた。
「わ、わわわ、っ!?ごめ、僕寝ちゃ――」
「あっ急に起き上がると…」
「っ、」
制止する楓真くんの言葉もろくに聞かずガバッと体を起こし、途端くらっとする視界に耐えきれず結局楓真くんになだれ込む。しっかり受け止めてくれる力強い腕に安心しながらほっと肩の力を抜く。
「行きも帰りも車移動で疲れちゃいましたね、ぐっすり眠ってました」
「……すみません、まだ業務中だというのに」
咄嗟に口調を戻し、気を引き締める。
業務中の公私混同はいけないと何度も自分に言い聞かせてはいるが、つい楓真くんを相手にすると緩んでしまいがちでなんとも情けない。
今だって、いつまでももたれていてはダメだと体を起こそうと力を入れるが、楓真くんの抱き寄せる力の方が勝り離してもらえない現状に戸惑う。
「ふ、楓真さん?」
「父さんと別れた時点でもう仕事は終了です。楓真さんって呼ばないで」
「でも……」
「はい仕事モードは終わり終わりー!せっかく丸一日つかささんと一緒なのに父さんに釘刺されて全然つかささんと話せなかったので今すぐチャージさせてくださいつかささん枯渇状態で死ぬかと思った…」
さっきまでの真面目な楓真くんはどこへやら、一気に捲したて大きくため息を吐くいつもの楓真くんがそこに居た。
「楓珠さんに…何か言われてたの…?」
「そーなんです…浮かれすぎてると今日俺につけてくれるのつかさくんじゃなくて水嶋くんにするぞ、って脅されてました」
「……そうだったんだ」
だからといって、楓珠さんの目の届かない移動中の車内でまで律儀に言いつけを守っていた素直な楓真くんに自然と笑いが込み上げてくる。「あ、なんか笑ってます?」と覗き込んでくる楓真くんを窓際に寄りながら躱し、くすくす笑い続ける。
そっか…浮かれてたのは僕だけじゃなかった…
さっきまで一切こちらを見ようともしなかった窓越しに映る楓真くんは、今度はしっかり僕を見つめ優しく微笑んでいた。
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