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第1章
騎士の初恋(4)
しおりを挟む自分しかいないと思っていたところを突然背後から声をかけられ盛大にびっくりした少年はアランが止める暇もなく飛び上がった拍子に背中を木にぶつけ、そのまま地面に尻もちをつきながら大きな目を驚愕に見開きアランを見上げてくる。
いまだ状況が上手く理解できないのか言葉にならない言葉を繰り返す少年に、驚かせてしまい申し訳ない、と丁寧に謝りながら手を差し伸べた。
王の寵愛を受けている人物と聞いていたからだろうか、同性だとわかっていても自然と扱いがレディに対するそれをしてしまう。
「服が汚れてしまいます、お手を」
「え、ぇっ、」
決して怪しいものでは無いことをアピールしながらも、アランは内心早くこの手を取って立ち上がって欲しい思いでいっぱいだった。というのも、尻もちをついた拍子に捲れ上がったワンピースの裾が少年の傷ひとつない綺麗な足を大胆に露出してしまい、同性とはいえ目のやり場に困っていたからだ。
―――傷ひとつない、というのは間違いだった。
見えてしまったその一瞬で、鋭い洞察力のあるアランは太ももの内側に残る情事を思わせる赤い跡が数箇所散らばっているのを発見していた。
……なんて目の毒だ
「……っあ!」
アランの気まずそうな雰囲気にようやく自分の服が乱れている事に気づくと慌てて裾を伸ばし、素早く自ら立ち上がった少年は顔を真っ赤にさせ俯いていた。小さい体がさらに小さく縮こまるほどに。
伸ばしたまま出番がなかった手を苦笑しながら引っ込めたアランは気まずい空気を変えようと自己紹介からはじめることにした。
「先程王へご挨拶させて頂きました、隣国のアランと申します。数日間滞在させていただきます。あなたのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」
「え、えと、えと……」
たとえ俯かれ目は合わなくとも、自分の胸の辺りしかない少年を優しく眺めながら穏やかな口調を意識して尋ねるが、聞いてはいけないことだったのか口篭る様子にすぐに質問を変える。
「では名前はまたの機会に聞かせてください。質問を変えます。今あなたは何かお困りですか?」
「あ……」
「ん?」
はっ、と顔を上げた少年が言いやすいように優しく待つ。
大丈夫、なんでも話して、あなたを助けたい。
そう、伝わるように。
そして、アランの優しい雰囲気に背中を押されたのか、少年はやっと赤く小さな口をゆっくり開き出した。
「へ…かに貰っ…た…ピアス……」
陛下に貰ったピアス
消え入りそうな声でなんとか聞き取れた言葉。
落としてしまったんですか?と聞けば、途端、落とした事実を再度実感したのかこぼれ落ちそうなほど大きな碧眼の目いっぱいに涙を浮かべながらこくりと頷く少年。
その頼りなく震える少年の様子は、なんとも先程見た玉座での妖艶な雰囲気が全く結びつかなかった。
「陛下が、僕の瞳と同じ色…って、毎朝起きたら必ず付けてくださる…大事なもの…なのに、さっき見たら、片方無くて…」
たどたどしくも経緯を説明してくれる少年の右耳にはふわふわの髪の毛の隙間から覗く青にも緑にも見える珍しい色の石のピアスが揺れていたが、もう片方は確かに無かった。
すぐに事情を理解し、わかりましたと微笑むと、一緒に探しましょう、そうアランが提案しかけた、その時、離れた場所から誰かを探すメイドの声が近づいてくる。
「雛鳥様―――?どちらにおいでですか?」
「あ、呼ばれてる…」
「行ってください、ここは私が探しておきます」
「でも…」
「晩餐会まではたっぷり時間があります。他国でやる事の無い暇な私にお任せ下さい」
まだまだ陽が高い時間。アランにはいい暇つぶしだった。
迷惑ではないかチラチラと伺ってくる少年ににっこり念押しし、ついに納得させることに成功した。
「……本当にすみません」
お願いします、と何度も頭を下げ去っていく少年の後ろ姿を見送ると、さて…と広大な広さの庭園を見回す。
「と、言ったものの……」
果てしなく広がる緑の中で探す青緑のピアス。
色形は覚えた。
あの少年の行動範囲はわからない。
だが、とても大切な物なのだということは伝わった。
「見つけたら笑ってくれるだろうか……」
人はひとつ欲が叶うとさらに次を、と望む欲深き生き物。自分も例外では無いのだと、アランは実感していた。
声が聞きたいという小さな欲が叶った今、今度は玉座で見たあの無邪気な笑顔を自分も向けられたいという欲に変わっていく…
もし、それも叶ってしまったら、次に自分は何を望むのだろうか――
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