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第1章
浮かぶ淫紋(1)※
しおりを挟むこの国に王妃はいない。
世継ぎもいない。
『陛下、いいですか?どうか、わたくし以外にも愛する人をお作りになってくださいね』
かつて唯一愛した王妃の言葉は、おそらくこうなる事を見越しての許しなのではないかと、今では都合よく解釈してしまう。
この国には王妃も世継ぎもいない。
今後もそれは変わらない。
その代わり、王の傍らには一羽の小さな雛鳥だけが留まることを許されていた。
*****
隣国の者を招いた晩餐会はメイン料理へたどり着く前に王と雛鳥の途中退座という形で幕を閉じた。
気を失い眠るヒナセを胸に抱き、足早に王の寝室まで運ぶと天蓋付きの巨大なベッドへそっと横たえる。
前々から怪しい動きがあるとふんではいたが、まさかあのような場で動いてくるとは……
腐敗した王宮内の現状に自然と洩れそうになるため息を噛み殺し、血で汚れたヒナセの口元や衣服など、王自ら整えていく。
毒に侵された青白い顔を、ただ眺めることしか出来ないこの時間はもどかしい以外の何物でもない。
「いつまでお前は……」
ピクリとも動かない頬をそっと撫で、今度こそ吐き出す息を聞く者は誰もいない。
そもそも王は、王妃を看取ったあと、ヒナセを毒味役として使うつもりは微塵もなかった。それは、王妃との約束でもあった。
初めは、毒が効かないという幻のようなそんな種族が本当に存在するのかと半信半疑で自ら向かった極秘の地域。
たどり着いたそこは、白い壁で囲まれた空間に、十は超える人数の子供たちが収容され、何を考えているのか、何も考えていないのか、光を宿さない目でポカンと座っていた。
この中からひとり―――
誰でも構わない、そう思っていた王は一瞬チラッと見てあとは共に連れてきていた臣下に任せようとした……が、ふと目に入ったとある少年から目が離せなくなった。
光を反射し綺麗に輝く碧眼。
その少年の目は、死んでいなかった。
気付いた時には『この鳥を』と指名し、自国まで連れ帰っていた。
何も知らない無垢な少年に毒味役として役目を与えたものの、いくら大丈夫だと言われようがその時の自分は大勢の前で出された食事を一切口にできなかった。ただテーブルにつき、出された料理を無感情で眺めてから、その隣で毒味役として役目を全うしながらも王宮の料理に一々美味しいという感情を顔に出さないように必死な雛鳥をじっと眺めているだけの時間だった。
その時は、雛鳥との時間はほぼそれだけ。会話もほとんどなかった。
その関係性がガラッと変わったのは、王妃の件を経てからだった。
王妃にも生前、毒味役だなんて、と強く咎められ、ヒナセに対する考えを見直した結果、そばにおき、衣食住なにも困らないのびのびとした暮らしをさせてやるつもりだった――が、そんな王の考えは十数年経った今でも実現されていない。
ヒナセ本人がそれを望まなかった。
王妃との別れを経験し、ひとり何かを決意したヒナセの頑なさは王が折れるほどに頑固で、何度言っても「僕が陛下を守ります」の一点張り。もはやそばにおいておけるのならヒナセの好きにさせよう、と目をつむると同時に、さらに王宮の警備を強化させた。
それでも刺客たちは厳重な包囲網を掻い潜ってくる。
王と雛鳥、二人が過ごしてきた決して短くはない時間の日々、ヒナセが毒で倒れるのを王は一番近くで何度も見てきた。
一度倒れると回復するまで時間を要し、その所要時間の幅は短い時で数時間、長い時では数日間とまちまちで、この十数年のあいだに見てきた回復方法はその都度違い、大半は眠っての自然回復が多かった。
今の様子から今回もそうかと思われた、が―――
「ん、ぅ…」
黙々と服を脱がせている途中、静かに眠っていたヒナセに異変が起きた。
吐く息がいつの間にか熱を伴い、頬は紅く上気していることに気がつくと、まさか…と、思い当たる節を確認するように腹のへそ辺りまで一気にワンピースを捲り上げる。
普段は何も無い真っ白なヒナセの肌。
そこに、解毒の際、ごく稀に赤い模様のような印――書物によるといわゆる“淫紋”が浮かぶようになったのはヒナセが二十歳を過ぎた頃からだった。
このパターンの解毒は、本人の意識は朦朧としながらも、精を求め何度も何度も腹の奥底に受け止めるまで永遠におさまらないのが経験上わかっていた。
「はぁ……あっ…んぅ」
今回がまさにそのパターン。
どういうメカニズムなのか、既にヒナセの後ろはひとりでにじわりと濡れ、受け入れる準備を着々と進めていく。
「へ……か…あつ、い…」
ここで何もしてやらないのはヒナセが苦しむだけ。
顔を覗き込むようにベッドへ腰かけ、そっとそこに指を這わせようと伸ばしかけたその時、コンコンとノックされる扉の音。それに続いて聞こえる声は、この国の者ではなかった。
「王、無礼を承知で失礼致します。先程の件で気になることが――」
後にしろ、そう言えばその者は素直にこの場を去っただろう。
だが、王はそうしなかった。
一言、
「入れ」
そう許可をだした。
腕の下では息を荒らげ、衣服が乱れたヒナセがいながら―――
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