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第2章
ヒナセの自由(4)
しおりを挟む「えっ…と…?」
状況が理解できないのか、ぱちぱちと瞬きを繰り返すヒナセに穏やかに微笑みを送ると、今度こそわかってもらえるよう落ち着いた声音で伝える。
「俺は、アラン・マクレーン。オリビア・マクレーンの実の弟です」
王に告げた時と同様にシンプルにわかりやすく。
正直、ヒナセにどんな反応を望んでいたのか自分でも分からない。
「だから?」と言われたらそれまでだし、証拠を見せろと言われてもアランの記憶の中の姉を語るしか証明のしようがない。
そもそも、信じてもらえない可能性もある。
一体どんな反応が返ってくるのか内心ドキドキしながら待ったものの、一向にヒナセからはなんのリアクションも得られない。
さすがに大丈夫か、と心配になり覗いた表情は、それもそのはず、目も口もポカンと開けたヒナセはそこだけ時間が止まってしまったかのようにピタッと固まっていた。
「おーい」と目の前で手を振ってみてやっとハッと気が付き、意識が戻ってきたようだった。
「アラン様が、王妃様…の…」
長い沈黙の末、呆然と漏れ出た呟きに近いもの。
それはまるで戸惑いながらも事実を噛み締め、自分に理解させようとしているように思えた。
「そう。でも俺が小さい頃にこの国に嫁いでいかれたからヒナセの方が姉上との思い出が鮮明かもしれないね」
そう言いつつ、アランは当時小さいながらにもオリビアと過ごした記憶が鮮明に残っていた。
残念ながらこの国へ嫁いでからはオリビアが自国へ帰国する事は一度もなく、あるのは手紙のやり取りのみだった。それでも、文面から伝わるオリビアの温かさは健在で、記憶の中の優しい姉と過ごす時間は全てが宝物だった。幼心に大好きだった―――
アランが王妃の弟、実の家族。
そんな真実を知った途端、この二日間の間に接した数少ないアランとのやり取り全てがヒナセの記憶に一気に思い起こされる。
初めて見たのは、謁見の間―――
跪くアランを王の隣で見下ろした時、ただぼんやり髪と瞳が綺麗な人だなと思って眺めていた。
初めて会話を交わしたのは、無くしたピアスを探し一人さ迷った庭園―――
戸惑うばかりで要領を得ない自分の必死な言葉を、辛抱強く聞き出し、優しく話を噛み砕いて理解してくれた。
昨晩の王とアラン三人での行為は―――
ぼんやりとした意識の中で、終始優しい扱いが嬉しかった。
思い返しても、優しいアランしか浮かばない。
「ヒナセが一緒に過ごした姉上って、丁度今の俺と同じくらいの年齢じゃなかったかな…どう?姉上の面影感じない?」
「……」
「ヒナセ?」
アランばかりが喋り、気付けば黙り俯いてしまっているヒナセ。
気分でも悪いのかと心配になり、その表情を確認しようと両頬をそっと持ち上げ顔を上げさせた瞬間、予想外にも両目いっぱいに大粒の涙を浮かべ泣くのを我慢するヒナセと対面した。
今にもこぼれ落ちる寸前の涙を両目共に親指で拭ってやる。
すると、逆にそれが起爆剤となってしまったのか、拭うのが追いつかないほどに次から次へと溢れ出した。
「どうして泣くの?」
「ぅ…っふ、ぅ、アランさま…と、王妃さま…が」
「ん?」
嗚咽混じりに紡がれるたどたどしい言葉。
だが、ヒナセの必死な言葉を聞き漏らさないよう、アランは根気強く耳をすませる。
「お二人…が、血の繋がりのある御家族なんだ、って、思ったら、っうぅ…ひぅっ、また、王妃様に、会いたいな、ってぇぇ……」
「うん……うん、会いたいね。俺も姉上に会いたい」
「うぅぅぅ~~っ」
オリビアを想ってボロボロ涙を流すヒナセを、アランはそっと引き寄せると、優しく、だが力強く抱き締めた。
両腕の中にすっぽり収まってしまう小さな存在。
黙って抱かれるだけでなく、おずおずと背中に回ったヒナセの両腕がキュッと背中のシャツを握る感触にアランの胸がキュッと締め付けられた。
「……ありがとう、いつまでも姉上の為に泣いてくれるヒナセに、姉上はたくさん愛されてたんだね」
「――き、大好き」
「……うん。俺も。ねぇ姉上の事、たくさん聞かせて?そうだ一緒に王にも話を聞きに行こ?手始めに姉上との馴れ初めとかどう?」
「聞きたい…」
「ね」
抱きしめ合ったまま、ぽつりぽつりと会話を交わすうちに嗚咽もおさまり、今度は泣き疲れたのか、胸に感じるヒナセの重さが次第に増していく。
初めてヒナセを抱きしめてくれたあの腕の優しさと似ている温かさに包まれながら、ヒナセの意識はゆっくりゆっくり、手放されていった。
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