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第3章
負の根源(9)
しおりを挟む「やけにヒナセへの視線が執着的だと思ってはいたが…まさかオリビアの時からだったとは……。お前は、我の無能さ不甲斐なさをとことんまで露呈してくれる」
フッと自嘲気味に笑うその笑みの中に潜んだ怒りは男に対するそれなのか、はたまた自分に対するものなのか――次の瞬間、瞬きと共にガラッと変わる王の表情は温度を感じさせない能面のようだった。
そんな王の怒りがふつふつと膨れ上がるのと比例するように男の笑みも深まっていく。
「あなたが大切にすればする程、私の欲は大きく膨れ上がりました。オリビア様も、ヒナセ様も、あなたが愛したから――」
「違う」
今まで黙って二人のやり取りを様子見していたアランだったが、この男の発言には口を挟むのを我慢できなかった。
全員の視線が一斉にアランへと集まる。
「それは、違う。姉上が亡くなられたのもヒナセが今こうして苦しんでいる事も全てお前の独りよがりな欲が招いた最悪な結果だ。罪を擦り付けるな」
アランの鋭い言葉が男に突き刺さる。
それは同時に王にも響いていた。
「……そうだな、あるとすれば愚かにもお前をそばに置き続けたことが我の罪だ」
「少なくとも姉上は陛下を恨みはしません、絶対に。そんなお方では無い事を陛下が一番わかっているはずです」
「……あぁ」
閉じた瞳の裏でオリビアを思い出しているのか、王の返事は小さく揺れていた。
「そして、ヒナセには――必ず助け、本人に尋ねましょう」
王が静かに頷くのを見届けたと同時に、突如騒々しい足音がこちらへ迫ってくる気配を察知し咄嗟にアラン含め騎士三人が腰の剣へ手を伸ばし構えると、ドタドタ寝室へ突入してくる衛兵数名が姿を現した。
臨戦態勢のアラン達、血を吐き倒れるヒナセ、そばに立つ王、項垂れる王の従者、一瞬見回しただけでも情報量の多い室内の様子に驚きつつすぐさま王へ敬礼する様子はどうやら敵の息がかかっていない純粋な衛兵らしく、アラン達もその警戒を緩めた。
キビキビと動く衛兵は自分達の仕事を果たすべく既に力無く項垂れた男を捕縛していく。続いてやってきた医師数名がこの中で一番重症だと判断できるヒナセに駆け寄りすぐさま脈拍や状態を確認していた。
そして―――
「陛下!?いままで一体どちらへ…!毒で倒れられたと聞かされたのに私の元へ運ばれてこずあまつさえ行方知らずになられてこの数日間私がどれだけ心配したことか…!あぁぁっそんなおやつれになられて…いつまでもお立ちにならず、こちらへ腰掛けてください!」
最後にやってきた恰幅の良い年老いた王の主治医が凄まじい形相で涙を浮かべながら王へ駆け寄ると、体の隅から隅まで確認していく。そんな主治医の勢いに慣れているのか鬱陶しそうな表情を隠さない王はしっし、とあしらいながらヒナセの方へ視線を向けた。
「我はよいから、ヒナセを頼む」
「雛鳥様?――ひぃ!!なんですか!?どういう状況ですか!?」
いままで視界に入っていなかったらしいヒナセを目に留めると、一気に顔を真っ青に染め飛ぶ勢いで駆け寄っていく。
「先生、呼吸脈拍ともに微弱です」
「こんな血塗れたシーツでは衛生的によろしくありません!いますぐ移動させましょう」
先に様子を見ていた医師の報告を受けた主治医は、いけませんいけません!とどこに運ばせるかを考え出す。すぐにあてを見つけることができたものの、問題は、どうやってヒナセを運ぶか。
この城内に王の見ている目の前でヒナセを抱き運ぶ勇気のある物はいない。
それはいつも王の役目。
だが、今の王の状態ではそれは到底難しいと誰もが感じていた。
「アラン」
「はい、陛下」
そこで不意に名前を呼ばれるアランに全員の視線が一斉に集まる。
王が名前を呼んでいる。
「ヒナセを運んでやってくれるか」
「……勿論です」
「「「!!」」」
王が他人に愛鳥を任せている。
そんな前代未聞な状況に、長年王宮で過ごしてきた者はみな、アランが慎重に大切そうにヒナセを抱き抱えるその動作を一分一秒目をそらすことなく凝視していた。
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