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ヒース視点

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(ヒース視点)




幼い頃からずっと一緒にいた。
素直で優しくてたまにおてんばで笑顔が最高に可愛い幼馴染。
好きになるなと言う方が無理だった。

でも好きだと自覚すると同時にキャスには婚約者が出来た。
五つ年上のオリオンという男。
キャスに一目惚れしたとかなんとか言って必死に頼み込んで婚約に漕ぎ着けたらしい。

悔しかった。
少し早く生まれただけで、少し早く話を持ち掛けただけで婚約者になれるなんて。
同時にもっと早く自覚してもっと早くキャスに想いを伝えてもっと早くにキャスの両親にも伝えていればと後悔もしたが、当時まだ幼い俺にはただ悔しがる事しか出来なかった。

それから幾年かが過ぎ、俺にも婚約者が出来た。
幼馴染の一人であるミリーだ。
正直気乗りはしなかった。
ミリーはやたらとキャスと張り合い、影でキャスを馬鹿にするような発言をするような女なのだ。
キャスはそれに気付かず親友と思っていたけれど。
従姉妹で幼い頃から共に成長してきたのに何故と思うが、彼女の生まれ育った環境を考えるとキャスが羨ましかったんだろうなと思った。

ミリーの家庭はお世辞にも子煩悩とは言えず、母親は乳母にミリーを預けて遊び周り父親はミリーを金の素としか考えていない。
そのせいでよくキャスの家に預けられていたから余計にキャスとの違いが腹立たしかったのだろう。

俺はまだキャスが好きだった。
でもキャスは婚約者のオリオンを好きになろうとしていたし、なんなら多分好きになっていたし、早い内に諦めた方が良いだろうなと思っていた。
婚約者のいる女性を好きでいるなんて不毛も良い所だ。
この想いはどうせ叶わない。
だから婚約の話を受けたのだ。

婚約したからには大切にしようと思った。
ミリーを好きになって、ミリーだけを考えて、ミリーと幸せになる努力をしようと。
家族に愛されなかった分、俺が愛せばミリーのキャスへの嫉妬心も少しは収まり穏やかになるのではないか。
だからキャスの事はすっぱり諦めようと。

そう思っていたのに。

「……わーお」

たまたま通った店の前で、ミリーが他の男と親しげに腕を組み買い物をしている場面に遭遇してしまった。
思わず漏れた一言は我ながら場面にそぐわない間が抜けたものだった。
しかもそれは一度や二度ではなく、かなりの頻度で見かけた。

早々に興信所へと依頼するとすぐに色々とわかってきた。
たまたまとはいえ俺が見かけるくらいだからミリーも隠す気などないのだろう。

見せられた証拠の相手は一人や二人ではなかった。
誰が見ても恋人同士だと思うくらいに毎度身体は密着しているし、果ては密室へと入る場面までもがあり、身体の関係があるのは間違いないだろうと言われた。

(なるほどなあ、だからあの時)

初めて他の男と腕を組み買い物をしているのを目撃した直後にミリーが迫ってきた事を思い出す。

『もう婚約したんだし、いずれそういう事をするんだからそれが少し早まるだけよ。それにヒースだってこういう事に興味あるでしょ?』

なんて言いながら太腿に触れる手にぞっとした。
他の男の匂いをぷんぷんさせて近付いてくるミリーに、婚約直後に抱いていた情が吹き飛んでいくのを感じた。
拒否すると意気地なしだのつまらない男だの吐き捨てられたがどう思われようと構わない。
恐らく万が一を考えて既成事実でも作ろうとしたのだろう。

やっぱり婚約なんてするんじゃなかったと絶望したそのまた直後、更にとんでもない光景を目撃した。

そう、あいつはキャスの婚約者であるオリオンにまで手を出していたのだ。

信じられなかった。
従姉妹の婚約者を寝取るか普通?
オリオンもオリオンだ。
キャスの婚約者の座についておきながら、しかも自分からねだってねだってしつこく食い下がり手に入れた立場だというのに、よりにもよってミリーに手を出すだなんて何を考えているんだ?

当然二人に対してふつふつと怒りが湧いてきた。
だってありえないだろう?

(キャスがこの事を知ったら……)

きっと悲しむに違いない。
以前に比べて会う頻度が減ったが、最近のキャスは会う度にオリオンの話ばかりだから。
あんなにもキャスの関心を得ているくせに他所見をするオリオンをぶちのめしに行きたくなったのは言うまでもない。

キャス達の式が近付いてくる一方で俺はミリーとの婚約を破棄する為に動いた。
元々俺の両親は俺の意思を尊重してくれるタイプだ。
ミリーとの婚約も、俺が嫌なら断っても良いと言ってくれていた。
だから先に両親へと話を通し、次にミリーの両親へと伝えた。
諸々の手続きが完了し、俺の代わりの婚約者としてブランシュフォール子爵の名があがったのには驚いたが選んだのは彼女の両親だ。
俺にはどうする事も出来ない。

子爵の元に嫁がされるとわかれば確実にミリーは逃げるだろうとわかっていたミリーの両親は直前まで彼女に秘密にする事を決め口を噤む事を選んだ。

そして諸々の手続きが完了したのが奇しくもキャスの式前日。

あの男と結婚してキャスが幸せになれるだろうか。
今からでも奴の浮気を暴露した方が良いのでは?
だがキャスがオリオンを好きなら、愛しているのなら余計な事を伝えて悲しませるだけかもしれない。
傍目にはオリオンはキャスを溺愛しているように見えたからきっと結婚前の火遊びだろうというのはわかっていた。

(どうするかな……)

キャスが何も知らないのなら黙っておくべきか。
いや、知らないのなら尚更裏切りを伝えるべきでは。

そんな事を悩みに悩んでふらふらと歩いているといつの間にか秘密基地へと辿りついていた。

(懐かしいな)

良くここでキャスと二人で遊んだ。
きっと結婚したらキャスがここに来る事もなくなるのだろうと思ったら自然と足が進む。

そしてそこで見たのが号泣するキャスの姿だった。

それからはとんとん拍子に二人への制裁へ。
キャスがそれでもオリオンと結婚したいと言うのなら後からこっそり奴をぶちのめすだけで済ますつもりだったが、結婚したくない、絶対嫌だと言うキャスに全面的に協力する事を決めた。
そうでなくともキャスの為なら何でもしてやる。
幸い証拠はたんまりと揃っているからな。

(やっぱり諦めるなんて無理だったんだな)

一時はミリーだけを見つめようと本気で思っていたが、こうなってしまってはどう考えても無理だ。
早い段階でミリーに裏切られていたのも大きいが、やはりどうやってもキャスを放っておけない。

それにしてもオリオンがキャスとキスすらしていなかったのには思わず笑ってしまった。
ざまあみろと思ってしまったのはキャスには内緒だ。

それからは知っての通りの展開。

二人ともあまりにも俺の想像通りの反応をするものだから笑ってしまった。

オリオンに愛を告げられキャスの心が揺れるかだけが心配だったが、キャスは面白いくらいに奴を一刀両断。
ミリーも色んな男と遊んでおきながら『オリオンが好き、オリオンだけ』なんてどの口が言っているんだか。

周りがみんな事情をわかっていたから驚く程スムーズに事態は収拾された。

(はーーーーすっきりした!)

浮気者達はそれぞれ相応の罰を与えられた。

オリオンにとってどうしても手に入れたかったキャスには捨てられ二度と会えず、奴は慰謝料を払う為に慣れない仕事に精を出さなければならない。
奴がキャスを襲う計画を立てていると聞いた時には腹が立った。
未遂とはいえ不快な事に変わりはないので地獄の鍛錬には俺も参加させてもらった。
ミリーもお金の為に嫌で嫌で仕方がない子爵に嫁がなければならず、もしかしたら数年で飽きられ捨てられる運命にある。

どちらも完全に自業自得。
キャスの父の言葉を借りるなら身から出た錆だ。

余談だがミリーの父母もそれなりの制裁を与えられているそうだ。
何でもミリーをあそこまで歪ませた責任を取れと、ミリー父はオリオンにもなされた地獄の鍛錬に加えて、やりたい放題だった事業をキャスの父親の傘下に入れられ目下24時間監視中。
借金をして好き放題遊ぶ事も出来ず毎日ひいひい言っているらしい。
ミリー母も長年のネグレクトを問題視され、既にミリーが嫁いでいたのもあり僻地の実家へと帰された。
実家はミリー母とは折り合いの悪い兄夫婦が跡を継いでおり、こちらも彼らの冷たい視線に晒され続けるだろう。
離婚はしていないが、ミリーを嫁がせた事により得られた金銭の恩恵を受けられず今後の人生を厳しく寂しく質素に過ごす事になるだろう。

そして、俺達はというと……

「キャス、今日は観劇に行かないか?キャスの好きそうな演目がやってるんだ」

パンフレットを差し出すと、気になっていたものだと目を輝かせるキャス。

「観終わったら近くのカフェでお茶しよう。あそこのデザート好きだろ?」
「良いの?嬉しい!今期間限定のケーキがあって食べたかったのよ」
「だと思った」

嬉しそうに笑うキャスにこちらも頬が緩む。

あの日からキャスとは何度も二人で出掛けている。
これまでお互いの婚約者に遠慮して会えなかった分を取り戻すようにたくさん会って、たくさん話して、俺が知らなかったキャスの新たな面に触れてまた惚れ直してと楽しい日々を送っている。

「ヒースったら、最近私を甘やかしすぎよね」
「そう?」
「そうよ!行きたい場所に連れて行ってくれるし食べたい物もすぐ食べさせてくれるし、私の好きな事しかしないじゃない。こんなに甘やかされたらヒースなしでは生きられなくなりそうだわ」
「そうなってくれると良いなって思いながら甘やかしてるからな」
「っ、でも、いくらなんでも……」

甘やかしすぎだと言いたげなキャス。
それが申し訳なさからなのか、恥ずかしさからなのかはわからないけれど、告白をした日から俺は多少強引でも全力でキャスを口説くと決めているのだ。

「『頑張る』んだろ?なら頑張って甘やかされて」
「うっ、は、はい」

俺と俺の『好きな人』との仲を応援してくれると言ってくれたキャスのセリフにここぞとばかりに付け込む。
困ったように、でも素直に頷くキャスが可愛い。

キャスが俺をどう思っているかはわからない。
未だに兄のように思われている気がしないでもないが、まだそれでも構わない。
婚約を破棄したばかりなのだ。
すぐに他の男に好きになれと言う方が無理なのはわかりきっている。

(どのくらいかかるかわからないけど)

いつかキャスがもう一度恋をしたい。
ずっと一緒にいたい。
結婚したい。

もしかしたらその相手は俺ではないかもしれない。
けれど叶うのなら、そう思える相手が自分だったら良い。
そんな事を願いながら、今日もまた事前に調べて練りまくったデートプランを実行に移すのだった。






終わり
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みんなの感想(22件)

朝比奈 忍
2023.11.24 朝比奈 忍

完結!お疲れ様です!!

裏切られて傷付いたキャスがヒースと幸せになれると良いですね♪
私も応援します!!ふふふ

とても読後感の良いお話でした!
身から出た錆、自業自得、まさしくそう!自分のしたことは自分で責任とってもらいましょう!

素敵なお話に、出逢わせてくださり、ありがとうございましたー!!

益々のご活躍をお祈りいたしております!!

おこめ
2023.11.26 おこめ

ありがとうございます!
無事書ききれて良かったです笑
キャスとヒースには本当に幸せになってもらいたいですね。続き頑張ります!
そう言っていただけるとすごく嬉しいです(^^)
自業自得の二人にはこれから地獄をみてもらいましょう!
こちらこそ読んでいただき、そして感想までいただきありがとうございました!
これからも頑張ります!

解除
おゆう
2023.11.21 おゆう

ヒースはヒースなりにちゃんと相手を愛そうと努力したんですね。なのに浮気されたんだ😩。いや、浮気されて良かったのよ(笑)。こんなアバズレ女にヒースはもったいないもの。キャスとお幸せに😊。

おこめ
2023.11.22 おこめ

そうなんです、頑張ろうとしていたようですが浮気現場目撃してすこーんとその気持ちが吹き飛んでしまいました🤣そうそう、浮気されて良かったんです。キャスと幸せに出来るように頑張ります😆
ありがとうございました!

解除
太真
2023.11.21 太真

最終話、長い人生で心変もあるかも😢でもせめて相手を尊重し誠意を尽くすべきでは❓楽しいお話をありがとうございます😆💕。

おこめ
2023.11.22 おこめ

尊重出来るような子ならあんな事にはなっていないので……笑
こちらこそ読んでいただきありがとうございました!

解除

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