私は身代わりだったはずでは?

おこめ

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それからの私達は当然だが色々と変わった。

まずは朝晩だけお互いの部屋を通って自室に戻っていたのを止め、毎晩どちらかの部屋で夜を明かすようになった。

ちなみに二人分沸かしていたお風呂は今は一人分だけにしてもらっている。
理由は言わずとも想像して欲しい。

敬語を外すのもすんなりと進み、言葉遣いにも遠慮がなくなった。
義父母も使用人達も何かに勘付いているのか以前よりももっと微笑ましいものを見るような目で見つめられ、義父母に至ってはただでさえ高待遇だったのに更に良くしてくれるようになった。

「アリー、おはよう」
「ん……」

朝はいつもエミールのキスで起こされるようになった。
たまには私が起こしたいのだが、夜に翻弄されてしまう分どうしても朝寝坊してしまうのだ。

そう、翻弄されてしまうようになってしまったのだ。

あの日、あの夜すぐにとはさすがにならなかったが、それから程なくして私達は本当の初夜を迎えた。
身体に触れられる事はあってもエミールの肌を見るのもアレを見るのも初めてだった私は何がどうなっているのかそんな事までするのかと驚きの連続で、未だに慣れずにいる。

そして背後から抱き締めているエミールの手が今朝も不埒に動き出す。

「……っ、エミール」
「ん?」
「あっ、ちょっと……っ」

ちゅっちゅっと耳元にキスをされたまに耳を喰まれながら押し付けられる身体。
不埒に動いていた手は私の胸を包みいたずらを始めている。

「エミール、今何時……?」
「まだ夜が明けたばかりだ」
「少しって……っ」

少しでは済まなそうな触れ方に身じろぐが両足の間に入り込んだ彼の足と胸に触れる手に動きを封じられてしまう。

「あっ、もう……!今日は、大事な日なのに……っ」
「式は昼過ぎからだから大丈夫」
「ん……っ」

実は今日はレイチェルの結婚式の日なのだ。
夫婦揃って招待された私達は、レイチェルが用意してくれた辺境伯邸に程近い宿に泊まっている。
辺境伯領では最高級の宿らしく、連れてきた使用人達の部屋もそれぞれ豪華な造りになっているらしい。

それはそうと式は昼からとはいえ、準備も色々あるからいくら早い時間とはいえこうしてのんびりしている暇はない。

ない、はずなのに……

「あっ、ダメ……っ」
「準備には間に合うようにするから、な?」
「……絶対よ?」
「わかってる」

許可を出すと一瞬ぎゅっと抱き締められ押し倒すような体勢に変わると同時に深いキスを与えられた。













「間に合わないかと思ったわ」
「大丈夫だと言っただろう?」
「そうだけど、もっと余裕を持って準備したかったの」
「それは悪かった」

あの後も結局翻弄され、解放された所でタイミング良くマーサがやってきてテキパキと準備の段取りを整えてくれた。
いつも毎回タイミングが良すぎて実は待ち構えているのではと思うが、その辺は長年の勘とやらで実際に近くで待ち構えている訳ではないらしい。

マーサのおかげで化粧も着替えも滞りなく綺麗に仕上げられたが少しバタバタしてしまった。
エミールを責めるような口調になってしまったが、もっとはっきりと拒絶すれば良いだけだったのに受け入れてしまった自分も悪いとわかっているので余り強くは言えない。

「アリー、今日の君も綺麗だ」
「ありがとう。貴方も素敵よ」

ちょっとした文句を言い終えた後で、エミールはこめかみに、私は頬にキスを送り合う。

今日はエミールが用意してくれた揃いの衣装での参加だ。
式場には既に大勢が揃っており、新郎新婦の入場を待っている最中でのやりとりにあちらこちらでこそこそと囁きが聞こえてきた。

「ブランド公爵様のご子息だわ」
「ではあの方が奥様?」
「政略結婚だと聞いたけれど、随分と噂と違うわね」
「噂の方が間違っているのよ、だって見てあのお顔」
「本当ね、仲が良くて羨ましいわ」
「微笑ましいわねえ」

邸でも散々向けられた生温かい視線が恥ずかしいけど嬉しくもある。
今はまだ『政略結婚』のイメージが強いけれど、いつかはきっ『仲睦まじい夫婦』として認知されると良いなと思う。

「……綺麗」

いよいよ式が始まり、入場してきたレイチェルの姿に場内から溜め息が漏れる。
レースを基調とした繊細な真っ白なドレスが彼女に良く似合っている。
通り過ぎる途中で薄いベール越しにレイチェルと目が合った気がした。

それから恙なく式が進行し、二人が誓いの言葉を述べる。
その声の邪魔をしないようにこっそりと隣のエミールに囁いた。

「エミール」
「うん?」
「私を選んでくれてありがとう」

私達が気持ちを確かめ合った後、実は義母から婚約する事になった経緯を聞いた。
結果としてエミールは運命の愛を勝ち取ったのだと楽しそうに告げられた。
それをエミールに話すと苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべまたも謝罪の嵐だった。

からかうように『レイに似ているから選んだのよね?』と聞けば慌てた様子で弁明してくる。
そんな彼の様子がおかしくて噴き出したのは言うまでもない。

こんなにも愛されている今、その時の気持ちがどうだったかなどもう興味はない。
あるのは彼が私を選んだという事実のみ。

「こちらこそ、俺を受け入れてくれてありがとう」
「どういたしまして」

同じく小さな声で答えてくれるエミールにくすりと笑う。
そのままゆっくりと降りてきた唇が重なった瞬間、レイチェル達の誓いのキスが行われ場内は割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。

もしエミールが幼い頃にレイチェルに出会っていなければまた何かが変わっていたのだろうか。
そんな風に考える事もあるけれど、出会っていてもいなくてもきっと私達は収まる所に収まっていたはず。

(身代わりだったはずなのに)

今こうして彼の妻として隣に立つ私は『身代わり』なんかじゃない。

そっと握られた手の温もりを感じつつ、私は心からのお祝いを彼女へと贈った。








終わり





初夜は本編に入りきらなかったので番外編で!
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