私は身代わりだったはずでは?

おこめ

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視線で答えを求める私に、エミールは……

「アリシアは、幼い頃に王家のお茶会に参加した事があるか?」
「王家のお茶会、ですか?」

突然そんなことを尋ねてきた。

王家のお茶会ともなれば強制参加なのできっと参加はしていたと思う。
けれども幼い頃となると記憶が曖昧だが……考えずともすぐに答は出る。

「ええ、参加していたと思います」
「なら、そこの庭園で本を読んでいた事は?」
「王家のお茶会に限らずお茶会では良く本を読んでいました」

そう、王家のお茶会に限らず私は良く本を持ち込みお茶会を抜け出しては読み耽っていた。
その度母からは叱られ呆れられ、こっそりと持ち込んではまた見つかって叱られてという行動を繰り返していた覚えがある。

「そこで誰かと出会った事は覚えているか?」
「レイに聞いたんですか?ええ、確かに一度だけ男の子が一緒に過ごしてくれた事があります」

何故このタイミングでその話なのだろうと思いつつも、つい昼間にレイチェルとした話題も出てきたのですんなりと答える。

後にも先にも男の子と接したのはこの時だけだったので強く印象に残っていた。
浮いた話のひとつもない娘に、母は良く昔はこんな事もあったのにと溜め息混じりに言っていた覚えがある。
しかも迷子になったとかではなく集まりの煩わしさを避け庭園で本を読んでいたと知られ、王家主催のお茶会でまで読むなと今までで一番の大目玉を喰らったのは言うまでもない。

「本当に、君だったのか……」
「はい?」

エミールが感極まったような表情を浮かべぽつりと呟いた。
一人納得している様子の彼に、それと初恋の話とどう繋がるのだろうかと考えていると。

「実は、その子が俺なんだ」
「え?」
「あの時、アリシアと本を読んだのは俺なんだ」
「……ええ!?」

まさかまさかである。

(あの男の子が旦那様?そう言われてみると、確かに面影が似ているような……)

とはいえ十年以上も前の事である。
面影云々もぼんやりとしか覚えていない。

驚く私を他所にエミールは説明してくれた。

「俺はあの時、本に夢中になっていた金髪に水色の瞳の女の子に一目惚れをしたんだ」

あの庭で出会った時に感じた胸の高鳴り。
男爵領へと行き、レイチェルと出会い、彼女が庭の少女だと思った事。
違和感を覚えつつも初恋に溺れ、人違いをしたままずっとあの日の少女を思い浮かべていた事。
それが間違いであると、さっきレイチェルから聞いた事などなど、一から全てを説明してくれた。

なるほど、そういう事だったのかと少し納得したのだが疑問がひとつ。

「あの、何故レイだと勘違いをなさったんですか?私とレイとでは顔立ちが全く違うでしょう?」

私とレイチェルでは明らかに顔立ちが違う。
私は自他共に認める凡庸な顔立ちだが、レイチェルはきっと幼い頃から美少女だったに違いない。
例え同じ色を持っていたとしても顔を見ればすぐに違うとわかりそうなものだ。

「それは……」
「それは?」

もごもごと言い淀むエミール。
この期に及んでまさかレイチェルが可愛すぎて好みだった、なんて事を言うはずがないとは思うがその口籠もり方では誤解されても仕方がないように思う。

「その、本当に申し訳ないんだが実は金髪に水色の瞳の本が好きな女の子という印象が強くて、あまり顔を覚えていなくて」
「……なるほど」

それは口籠もりもするなと納得。
初恋でずっと焦がれていながら顔を覚えていないだなんて恥ずかしいに違いない。

しかし幼い頃、おまけに王家のお茶会という人々でごった返す中、たった一度出会っただけの人の顔立ちをはっきりと覚えるのは難しいのかもしれない。
今のエミールならば一度でも会った人の顔は必ず覚えているのだろうけれど。

「申し訳ない!だが本当にあの時、あの場所で会った君に惹かれたのは事実なんだ」

レイチェルにも申し訳ないが、ただ金髪に水色の瞳というだけで勘違いして身代わりにしてしまっていたんだと必死に言い訳をされるが、すればする程これ以上何も言わない方が良いのではと思ってしまうのは何故だろう。
けれどもこうして必死に弁明されるのは悪くないとも思う。

「ですが、特に印象に残るお話をした覚えはないのですが……?」
「確かに何か特別な話をした訳じゃない。でも、話し方や視線が落ち着いていて穏やかで、心の底から本が好きで読むのが楽しいんだろうなと思って、本を読む為に王家のお茶会すら抜け出してしまうのが可愛くて、気が付いたら惹かれていたんだ。恥ずかしくてあまり顔も見れずにいたから結局とてつもない勘違いをしてしまったけれど……」

顔を覚えていない要因はそこにもあったのか。
恥ずかしくて顔を見れずにいただなんて、なんて可愛いのだろう。
幼い頃のエミールのその姿を想像して笑みが浮かぶ。

「ふふ」

思わず声を漏らす私に、不安そうだったエミールの表情も緩む。

「安心しました。せっかく旦那様と気持ちが通じ合ったのに、また他の女性に嫉妬しないといけないのかと思いました」
「嫉妬、してくれたのか?」
「当然です。気持ちを自覚してからはずっと嫉妬していました」
「……そうだったのか」
「その様子だと、私は上手く隠せていたようですね」

初めて知ったと言わんばかりの表情に笑みが深まる。

気持ちを伝える気はなかったしずっと隠しておくつもりだったから嫉妬しているだなんて勘付かれる訳にはいかなかった。
必死に隠していたのは大成功だったらしい。

「ああ、全く気付かなかった……」
「ふふ、良かったです」
「……これからは隠さないで欲しいんだが」
「え?」
「嫉妬も、怒りも、悲しみも、もちろん喜びも嬉しさも楽しさも、君が感じる全てを俺に見せて欲しい。伝えて欲しい」
「全て、ですか?」

それはやぶさかではないが、鬱陶しくならないだろうか。
なんでもかんでも心を曝け出すのが良い事だとは思わない。
特に負の感情はぶつけられる人に大きなストレスを与えると何かの本で読んだ覚えがある。
ただでさえ多忙なエミールに私の感情をいちいちぶつけて良いものなのだろうか。

悩む私の頬にエミールの手が触れる。

「これまで出来なかったぶん、全てを共有したいんだ」

病める時も健やかな時も……なんて結婚式での誓いの言葉を思い出す。
身代わりだと思っていたからその誓いが叶えられたとしても義務としてだけで、そこに感情が伴うとは思ってもみなかった。

けれど、これからはそれを望んでも良いのだ。
良い事も悪い事も、エミールは全てを共有したいと言ってくれている。
それが嬉しい。

父と母は健やかな時だけ共にいて、父が落ち始めると同時に母は彼を見限っていたなとふと思い出す。

(どちらかというと、私が見限られる方だと思っていたけれど)

エミールのこの態度を見るにその心配はなさそうで、それもまた嬉しい。

「旦那様、ありがとうございます」
「……ああ」
「……旦那様?」

素直にお礼を言ったのにエミールがどこか不満そうだ。

「どうかされました?」
「いや、その……」

ついさっき全てを共有したいと言ったその口で自分の不満を溜め込む気だろうか。

「仰って下さい。私だって旦那様が感じている事を知りたいです」
「う……いや、これはその、そんなに大した事ではないんだが……」
「大した事でなくても知りたいです」

少しの沈黙の後でエミールがぼそりと呟く。

「…………呼び方が……」
「?はい?」

よびかた?
呼び方?

「レイチェルの事をレイと呼ぶようになっただろう?」
「!」

もしや、これは。

「……旦那様も、同じように呼ばれたいのですか?」
「呼ばれたいし、呼びたい」

少し、ほんの少しだけ拗ねたような口調で言うエミールにきゅんとする。
そんなものいくらだって呼んでくれて構わないし、呼んでも良いのなら私は喜んで名を呼びたい。
『旦那様』と呼んでいたのは単純に距離を取らなければならないと思っていたから、ただそれだけの理由だ。

「エミール、様?」
「様はいらない。君は俺の妻だろう?」
「では、エミール?」
「ああ」

名を呼んだだけなのに途端に表情が輝く。
まるで子犬のような反応だ。

「俺もアリーと呼んでも?ああ、いや、だがそれだとレイチェルと被るか……」
「ふふ、被っても良いじゃありませんか」

エミールに呼ばれるのならどんな呼ばれ方でも嬉しいが、彼は少し不満そうだったがすぐに自分でも仕方がないかと納得したようだ。

「そうだ、それと敬語もなしにしよう」
「え?ですが……」
「駄目か?」
「……駄目、ではないわ」

返事で敬語を外すとそれも嬉しそうで、その様子がまた可愛い。

「アリー」
「エミール」

微笑み名前を呼び合い、視線が絡まる。
頬に触れていた手が髪を梳くように滑り、反対の手が腰に回され引き寄せられる。
そしてどちらからともなく瞳を閉じ……

「……」

そっと唇が重なる。

結婚式以来二度目のキス。
初めてのあの時よりもずっとどきどきして嬉しくて、触れている唇の感触がはっきりと伝わってきた。




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