28 / 32
28
しおりを挟む視線で答えを求める私に、エミールは……
「アリシアは、幼い頃に王家のお茶会に参加した事があるか?」
「王家のお茶会、ですか?」
突然そんなことを尋ねてきた。
王家のお茶会ともなれば強制参加なのできっと参加はしていたと思う。
けれども幼い頃となると記憶が曖昧だが……考えずともすぐに答は出る。
「ええ、参加していたと思います」
「なら、そこの庭園で本を読んでいた事は?」
「王家のお茶会に限らずお茶会では良く本を読んでいました」
そう、王家のお茶会に限らず私は良く本を持ち込みお茶会を抜け出しては読み耽っていた。
その度母からは叱られ呆れられ、こっそりと持ち込んではまた見つかって叱られてという行動を繰り返していた覚えがある。
「そこで誰かと出会った事は覚えているか?」
「レイに聞いたんですか?ええ、確かに一度だけ男の子が一緒に過ごしてくれた事があります」
何故このタイミングでその話なのだろうと思いつつも、つい昼間にレイチェルとした話題も出てきたのですんなりと答える。
後にも先にも男の子と接したのはこの時だけだったので強く印象に残っていた。
浮いた話のひとつもない娘に、母は良く昔はこんな事もあったのにと溜め息混じりに言っていた覚えがある。
しかも迷子になったとかではなく集まりの煩わしさを避け庭園で本を読んでいたと知られ、王家主催のお茶会でまで読むなと今までで一番の大目玉を喰らったのは言うまでもない。
「本当に、君だったのか……」
「はい?」
エミールが感極まったような表情を浮かべぽつりと呟いた。
一人納得している様子の彼に、それと初恋の話とどう繋がるのだろうかと考えていると。
「実は、その子が俺なんだ」
「え?」
「あの時、アリシアと本を読んだのは俺なんだ」
「……ええ!?」
まさかまさかである。
(あの男の子が旦那様?そう言われてみると、確かに面影が似ているような……)
とはいえ十年以上も前の事である。
面影云々もぼんやりとしか覚えていない。
驚く私を他所にエミールは説明してくれた。
「俺はあの時、本に夢中になっていた金髪に水色の瞳の女の子に一目惚れをしたんだ」
あの庭で出会った時に感じた胸の高鳴り。
男爵領へと行き、レイチェルと出会い、彼女が庭の少女だと思った事。
違和感を覚えつつも初恋に溺れ、人違いをしたままずっとあの日の少女を思い浮かべていた事。
それが間違いであると、さっきレイチェルから聞いた事などなど、一から全てを説明してくれた。
なるほど、そういう事だったのかと少し納得したのだが疑問がひとつ。
「あの、何故レイだと勘違いをなさったんですか?私とレイとでは顔立ちが全く違うでしょう?」
私とレイチェルでは明らかに顔立ちが違う。
私は自他共に認める凡庸な顔立ちだが、レイチェルはきっと幼い頃から美少女だったに違いない。
例え同じ色を持っていたとしても顔を見ればすぐに違うとわかりそうなものだ。
「それは……」
「それは?」
もごもごと言い淀むエミール。
この期に及んでまさかレイチェルが可愛すぎて好みだった、なんて事を言うはずがないとは思うがその口籠もり方では誤解されても仕方がないように思う。
「その、本当に申し訳ないんだが実は金髪に水色の瞳の本が好きな女の子という印象が強くて、あまり顔を覚えていなくて」
「……なるほど」
それは口籠もりもするなと納得。
初恋でずっと焦がれていながら顔を覚えていないだなんて恥ずかしいに違いない。
しかし幼い頃、おまけに王家のお茶会という人々でごった返す中、たった一度出会っただけの人の顔立ちをはっきりと覚えるのは難しいのかもしれない。
今のエミールならば一度でも会った人の顔は必ず覚えているのだろうけれど。
「申し訳ない!だが本当にあの時、あの場所で会った君に惹かれたのは事実なんだ」
レイチェルにも申し訳ないが、ただ金髪に水色の瞳というだけで勘違いして身代わりにしてしまっていたんだと必死に言い訳をされるが、すればする程これ以上何も言わない方が良いのではと思ってしまうのは何故だろう。
けれどもこうして必死に弁明されるのは悪くないとも思う。
「ですが、特に印象に残るお話をした覚えはないのですが……?」
「確かに何か特別な話をした訳じゃない。でも、話し方や視線が落ち着いていて穏やかで、心の底から本が好きで読むのが楽しいんだろうなと思って、本を読む為に王家のお茶会すら抜け出してしまうのが可愛くて、気が付いたら惹かれていたんだ。恥ずかしくてあまり顔も見れずにいたから結局とてつもない勘違いをしてしまったけれど……」
顔を覚えていない要因はそこにもあったのか。
恥ずかしくて顔を見れずにいただなんて、なんて可愛いのだろう。
幼い頃のエミールのその姿を想像して笑みが浮かぶ。
「ふふ」
思わず声を漏らす私に、不安そうだったエミールの表情も緩む。
「安心しました。せっかく旦那様と気持ちが通じ合ったのに、また他の女性に嫉妬しないといけないのかと思いました」
「嫉妬、してくれたのか?」
「当然です。気持ちを自覚してからはずっと嫉妬していました」
「……そうだったのか」
「その様子だと、私は上手く隠せていたようですね」
初めて知ったと言わんばかりの表情に笑みが深まる。
気持ちを伝える気はなかったしずっと隠しておくつもりだったから嫉妬しているだなんて勘付かれる訳にはいかなかった。
必死に隠していたのは大成功だったらしい。
「ああ、全く気付かなかった……」
「ふふ、良かったです」
「……これからは隠さないで欲しいんだが」
「え?」
「嫉妬も、怒りも、悲しみも、もちろん喜びも嬉しさも楽しさも、君が感じる全てを俺に見せて欲しい。伝えて欲しい」
「全て、ですか?」
それはやぶさかではないが、鬱陶しくならないだろうか。
なんでもかんでも心を曝け出すのが良い事だとは思わない。
特に負の感情はぶつけられる人に大きなストレスを与えると何かの本で読んだ覚えがある。
ただでさえ多忙なエミールに私の感情をいちいちぶつけて良いものなのだろうか。
悩む私の頬にエミールの手が触れる。
「これまで出来なかったぶん、全てを共有したいんだ」
病める時も健やかな時も……なんて結婚式での誓いの言葉を思い出す。
身代わりだと思っていたからその誓いが叶えられたとしても義務としてだけで、そこに感情が伴うとは思ってもみなかった。
けれど、これからはそれを望んでも良いのだ。
良い事も悪い事も、エミールは全てを共有したいと言ってくれている。
それが嬉しい。
父と母は健やかな時だけ共にいて、父が落ち始めると同時に母は彼を見限っていたなとふと思い出す。
(どちらかというと、私が見限られる方だと思っていたけれど)
エミールのこの態度を見るにその心配はなさそうで、それもまた嬉しい。
「旦那様、ありがとうございます」
「……ああ」
「……旦那様?」
素直にお礼を言ったのにエミールがどこか不満そうだ。
「どうかされました?」
「いや、その……」
ついさっき全てを共有したいと言ったその口で自分の不満を溜め込む気だろうか。
「仰って下さい。私だって旦那様が感じている事を知りたいです」
「う……いや、これはその、そんなに大した事ではないんだが……」
「大した事でなくても知りたいです」
少しの沈黙の後でエミールがぼそりと呟く。
「…………呼び方が……」
「?はい?」
よびかた?
呼び方?
「レイチェルの事をレイと呼ぶようになっただろう?」
「!」
もしや、これは。
「……旦那様も、同じように呼ばれたいのですか?」
「呼ばれたいし、呼びたい」
少し、ほんの少しだけ拗ねたような口調で言うエミールにきゅんとする。
そんなものいくらだって呼んでくれて構わないし、呼んでも良いのなら私は喜んで名を呼びたい。
『旦那様』と呼んでいたのは単純に距離を取らなければならないと思っていたから、ただそれだけの理由だ。
「エミール、様?」
「様はいらない。君は俺の妻だろう?」
「では、エミール?」
「ああ」
名を呼んだだけなのに途端に表情が輝く。
まるで子犬のような反応だ。
「俺もアリーと呼んでも?ああ、いや、だがそれだとレイチェルと被るか……」
「ふふ、被っても良いじゃありませんか」
エミールに呼ばれるのならどんな呼ばれ方でも嬉しいが、彼は少し不満そうだったがすぐに自分でも仕方がないかと納得したようだ。
「そうだ、それと敬語もなしにしよう」
「え?ですが……」
「駄目か?」
「……駄目、ではないわ」
返事で敬語を外すとそれも嬉しそうで、その様子がまた可愛い。
「アリー」
「エミール」
微笑み名前を呼び合い、視線が絡まる。
頬に触れていた手が髪を梳くように滑り、反対の手が腰に回され引き寄せられる。
そしてどちらからともなく瞳を閉じ……
「……」
そっと唇が重なる。
結婚式以来二度目のキス。
初めてのあの時よりもずっとどきどきして嬉しくて、触れている唇の感触がはっきりと伝わってきた。
41
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
旦那様に学園時代の隠し子!? 娘のためフローレンスは笑う-昔の女は引っ込んでなさい!
恋せよ恋
恋愛
結婚五年目。
誰もが羨む夫婦──フローレンスとジョシュアの平穏は、
三歳の娘がつぶやいた“たった一言”で崩れ落ちた。
「キャ...ス...といっしょ?」
キャス……?
その名を知るはずのない我が子が、どうして?
胸騒ぎはやがて確信へと変わる。
夫が隠し続けていた“女の影”が、
じわりと家族の中に染み出していた。
だがそれは、いま目の前の裏切りではない。
学園卒業の夜──婚約前の学園時代の“あの過ち”。
その一夜の結果は、静かに、確実に、
フローレンスの家族を壊しはじめていた。
愛しているのに疑ってしまう。
信じたいのに、信じられない。
夫は嘘をつき続け、女は影のように
フローレンスの生活に忍び寄る。
──私は、この結婚を守れるの?
──それとも、すべてを捨ててしまうべきなの?
秘密、裏切り、嫉妬、そして母としての戦い。
真実が暴かれたとき、愛は修復か、崩壊か──。
🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。
🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。
🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。
🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。
🔶 いいね❤️励みになります!ありがとうございます!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
地味な私では退屈だったのでしょう? 最強聖騎士団長の溺愛妃になったので、元婚約者はどうぞお好きに
reva
恋愛
「君と一緒にいると退屈だ」――そう言って、婚約者の伯爵令息カイル様は、私を捨てた。
選んだのは、華やかで社交的な公爵令嬢。
地味で無口な私には、誰も見向きもしない……そう思っていたのに。
失意のまま辺境へ向かった私が出会ったのは、偶然にも国中の騎士の頂点に立つ、最強の聖騎士団長でした。
「君は、僕にとってかけがえのない存在だ」
彼の優しさに触れ、私の世界は色づき始める。
そして、私は彼の正妃として王都へ……
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
公爵夫人は愛されている事に気が付かない
山葵
恋愛
「あら?侯爵夫人ご覧になって…」
「あれはクライマス公爵…いつ見ても惚れ惚れしてしまいますわねぇ~♡」
「本当に女性が見ても羨ましいくらいの美形ですわねぇ~♡…それなのに…」
「本当にクライマス公爵が可哀想でならないわ…いくら王命だからと言ってもねぇ…」
社交パーティーに参加すれば、いつも聞こえてくる私への陰口…。
貴女達が言わなくても、私が1番、分かっている。
夫の隣に私は相応しくないのだと…。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる