146 / 228
本編
第132話 クレアは狂化する。
しおりを挟む⚫︎マヨイ
「ふぅ……」
僕らが抜け出した数秒後にテコ大鉱脈は壁が崩落したことで完全に埋まってしまった。ダンジョンは別エリア扱いだったおかげか今のところ影響はないように見える。
ただ崩落する可能性のある地下にいつまでもいるのは避けたいので早い内に地上に戻りたいのが本音だ。
「お、お兄さん……」
「っと、ごめんね」
そう言ってクレアちゃんを降ろす。
「助けてくれてありがとうございます」
「それにしても凄い威力だったね」
「えへへ……あ、お兄さんと同じ星に爪痕を刻む者の称号が貰えました!」
星に爪痕を刻む者は環境効果を受けなくなる称号だ。
今のところ実感の薄い効果だけど活躍の場はあるのだろうか。
「おめでとう。そろそろ夕飯の時間になるしダンジョンから出ようか」
「え、もう!?」
その後、僕が空けた天井の穴を通ってダンジョンの外に出ると空模様は夕方のそれだった。ダンジョンのある場所が山の中腹辺りということもあって夕暮れに染まった眼下の景色は反射的にスクリーンショットを撮るくらい美しい。
「綺麗ですね……」
「そうだね」
こうして僕はテコの組合に戻り不要な素材を売却してからログアウトした。クレアちゃんは創作意欲が沸いたらしく、また加工施設を借りて作業するようだ。
…………………………………
……………………………
………………………
「包丁を持ち出して切りかかってきたぁ!?」
ログアウトした直後、母さんから衝撃的な話を聞かされた。
「しかも反射的に飛び掛かったそうよ。暁ったら誰に似たのかしらね……」
「まぁ……父さんでしょ」
「そうね、あの人とそっくりだわ」
まだ父さんたちが学生だった頃、ストーカーに逆恨みされて襲われた母さんを父さんが身を挺して守ったという武勇伝は耳にタコが出来るくらい聞かされた。しかも怪我をしているのに翌日の大会に出場、怪我を感じさせない圧倒的なパフォーマンスで優勝したらしい。
「で、その父さんは?」
「宵たちがやってるVRMMOにGHが参入するとかで会議があるから遅くなるそうよ」
「来月発売するDFSⅡに集中するとか言ってなかった?」
「あの人のことだし両方とも本気でやるんじゃないかしら」
「え、なんで?」
「自分の子どもと同じゲームで真剣に競うのが謙吾さんの夢だったからよ。だからね、いくら先に始めたアドバンテージがあっても油断しちゃダメよ?本気になった謙吾さんさ本当に強いんだから」
「僕と父さんはDFSで何度も対戦してるよ?」
ゲームを始めた頃は雲の上の存在だった父さんに僕らは小学生の頃に何度も負けている。しかし、僕らが動画配信者を引退した頃には対父さんの勝利は8割を超えていたはずだ。持ちキャラの相性もあったので単なる実力差とは言えないけれど、それを抜きで考えても当時の僕は父さんに負ける気はしなかった。
「そうね、あの頃の謙吾さんはみっともなかったわ」
「え」
「負けてヘラヘラ笑ってるような人と結婚したつもりはないもの」
負けず嫌いの権化はそう言って微笑みを浮かべた。確かに僕も藍香が誰かに負けてヘラヘラと笑う姿は見たくない。その誰かが僕であってもだ。そう考えてると当時の母さんも父さんに対して思うところがあったんだろう。
「そろそろ事情聴取も終わった頃かしらね。寺門さんのところまで暁を迎えに行ってくるけど宵も行く?」
「今行ったら間違いなく爺さんぶん殴るからパス」
「なら安心なさい。私が代わりに殴っておくわ」
ちなみに母さんは寺門の爺さんと仲が良い。なんでも母さんが子どもの頃からの付き合いなんだとか。爺さん曰く「蛙の子は蛙ってこった」ということらしい。
「ははは、よろしく」
「それじゃ行ってくるわね」
こうして僕は母さんが爺さんを殴りに行くのを見送った。そして母さんは動揺して夕飯の支度をほとんどしていないようなので今日は僕が適当に作っておこう。
⚫︎クレア
お兄さんと組合の入り口で別れてから借りた加工施設の中で私は悶々としていました。
「まだドキドキしてる……」
原因は分かっています。お姫様抱っこです。
お兄さんの顔があんなに近くにあれば誰だってドキドキします。
『おい、呉。いい加減にしろよ!お前らのせいでクラスの輪が乱れてるの分んねぇのか』
また雑音が聞こえてきました。
面倒くさいからフレンド登録から消してしまいたいです。でもアカちゃんが「そうなったらリアルで凸してくるから今は少し大きな雑音だと思って無視してればいいよ」と言っていたので今日も無視します。
「お兄さん、カッコ良かったなぁ……」
『シカトしてんな、性格ブス!お前が何処にいるのかくらい分かってんだぞ!』
私を抱えながら蜂たちを撃退したお兄さんの横顔は素敵でした。
あの大きな穴から脱出する時した時もそうでしたけど、お兄さんが集中している時の顔は凄くカッコいいんです。それにお兄さんは気がついていないみたいですけど、最近は偶に呼び捨てにしてくれるようになりました。お兄さんに呼び捨てにされると胸があったかくなるんです。
「また呼び捨てにしてくれないかなぁ……」
お兄さんはアイさんやアカちゃんのことを呼び捨てにしているのに私のことは基本ちゃん付けです。織姫ちゃんのことも呼び捨てにしていました。ずるいです。お兄さんが誰かを呼び捨てにするのを聞くたびに壁のようなものを感じます。でも自分からお願いするのは何か違うんです。
「またアイさんに相談しようかな……」
『今から皆んなでそっち行くから待ってろ!逃げたらタダじゃおかねぇからな!』
アイさんは頼れるお姉さんです。私の悩みだってまるで自分が経験したことかのように的確なアドバイスをくれます。でも今は織姫ちゃんの問題で色々と忙しいはずです。もうちょっと私だけで頑張ってみようと思います。
「できた!」
名前:ワレザクロ改
分類:武器 携帯兵器 戦鎚
説明:扱う者によって重さが変わる槌。
持ち手の部分も含めて全て希少金属で出来ている。
効果:攻撃力+X(装備者の筋力の2倍)
巨大化(重量10倍/与ダメージ10倍)
自動回収
狂戦士化
制限:[称号:星に爪痕を刻む者]
「巨大化!」
前は巨大化を使うと凄く重くて振り下ろすので精一杯だったけど、この重さならアカちゃんが剣を振るうようにスムーズに振り回すことができます。
『せっかくギルドに入れてあげるって言ってるのに無視とか酷くない?』
「出来たら短剣が良かったけど接近戦はこれを使おうかな」
加工判定強化の効果はなくなってしまったけど、代わりに自動回収と狂戦士化の効果を付けることに成功しました。自動回収は手元から離れても好きなタイミングで手元に戻すことのできる効果です。投擲技能と凄く相性が良さそうです。
「これは使うの怖いかも……」
狂戦士化は筋力と敏捷のステータスが2倍になる効果です。その代わりに知力と精神力が半分になるデメリットがあります。凄く強い効果だと思うんですけど、ちょっと名前が怖いので使いたくないです。
『さっさと出てこいよ!』
「よし、続きはお夕飯を食べてからにしよっと」
今度はギルドの皆んなで一緒にダンジョンに行きたいな。
そんな想像をしながら私はログアウトしました。
───────────────
お読みいただきありがとうございます。
吊橋効果「恋心を自覚させることが出来ませんでした!」
次回は掲示板回を予定しています。
41
あなたにおすすめの小説
魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。
カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。
だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、
ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。
国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。
そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。
治療院の聖者様 ~パーティーを追放されたけど、俺は治療院の仕事で忙しいので今さら戻ってこいと言われてももう遅いです~
大山 たろう
ファンタジー
「ロード、君はこのパーティーに相応しくない」
唐突に主人公:ロードはパーティーを追放された。
そして生計を立てるために、ロードは治療院で働くことになった。
「なんで無詠唱でそれだけの回復ができるの!」
「これぐらいできないと怒鳴られましたから......」
一方、ロードが追放されたパーティーは、だんだんと崩壊していくのだった。
これは、一人の少年が幸せを送り、幸せを探す話である。
※小説家になろう様でも連載しております。
2021/02/12日、完結しました。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
奥様は聖女♡
喜楽直人
ファンタジー
聖女を裏切った国は崩壊した。そうして国は魔獣が跋扈する魔境と化したのだ。
ある地方都市を襲ったスタンピードから人々を救ったのは一人の冒険者だった。彼女は夫婦者の冒険者であるが、戦うのはいつも彼女だけ。周囲は揶揄い夫を嘲るが、それを追い払うのは妻の役目だった。
薬師だからってポイ捨てされました~異世界の薬師なめんなよ。神様の弟子は無双する~
黄色いひよこ
ファンタジー
薬師のロベルト・シルベスタは偉大な師匠(神様)の教えを終えて自領に戻ろうとした所、異世界勇者召喚に巻き込まれて、周りにいた数人の男女と共に、何処とも知れない世界に落とされた。
─── からの~数年後 ────
俺が此処に来て幾日が過ぎただろう。
ここは俺が生まれ育った場所とは全く違う、環境が全然違った世界だった。
「ロブ、申し訳無いがお前、明日から来なくていいから。急な事で済まねえが、俺もちっせえパーティーの長だ。より良きパーティーの運営の為、泣く泣くお前を切らなきゃならなくなった。ただ、俺も薄情な奴じゃねぇつもりだ。今日までの給料に、迷惑料としてちと上乗せして払っておくから、穏便に頼む。断れば上乗せは無しでクビにする」
そう言われて俺に何が言えよう、これで何回目か?
まぁ、薬師の扱いなどこんなものかもな。
この世界の薬師は、ただポーションを造るだけの職業。
多岐に亘った薬を作るが、僧侶とは違い瞬時に体を癒す事は出来ない。
普通は……。
異世界勇者巻き込まれ召喚から数年、ロベルトはこの異世界で逞しく生きていた。
勇者?そんな物ロベルトには関係無い。
魔王が居ようが居まいが、世界は変わらず巡っている。
とんでもなく普通じゃないお師匠様に薬師の業を仕込まれた弟子ロベルトの、危難、災難、巻き込まれ痛快世直し異世界道中。
はてさて一体どうなるの?
と、言う話。ここに開幕!
● ロベルトの独り言の多い作品です。ご了承お願いします。
● 世界観はひよこの想像力全開の世界です。
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる