手足を鎖で縛られる

和泉奏

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………

…………………


おれの名を呼ぶ、声。
普段とは比べ物にならない程に声が沈んでいて、酷く頼りない。

その声に反応したのか、意識が若干浮上する。
まだ半分夢を見ている気分のまま、怠く瞼を持ち上げた。

見慣れた畳の部屋。
電気がついていない、かつ外の明かりもほとんどない。
障子から零れる何かの光が、微かに部屋の輪郭を浮かび上がらせている。


(……おれ、ねてた……?)


いつのまに、ねたっけ…と、ぼんやりと寝る前のことを思い出そうとしながらも、


「……まーくん、」


再びおれの名前をつぶやく声に、勝手に心臓が震えた。
いつもと違う雰囲気の声に…勝手に胸が鷲掴みにされたような感覚に襲われて、思わず返事を返そうとして


「もし、起きてても俺の方は見ないで。そっち向いたままでいいから…聞いてて」


でも、それは答えを求めて呼んだものではないと、すぐにわかった。

「――っ、」毛布越しに後ろから何かに包まれている感触に、もこもこした布越しに息遣いと身体の感触が伝わってきて、抱き締められているのだと気づいた。すぐ背後に感じる、彼の存在。


「今から言うことは、全部嘘だから。夢で…現実のことじゃない、から」

「……(…へ、…?)」


震える声で、…何かを堪えているように熱をもって発された言葉。


(…ゆめ、って…)


いつもと何か違う雰囲気や声音に緊張していただけに、予想外の言葉に目を瞬いた。

だけど、ふざけているような雰囲気なんか全くなくて、ここでおれが何か一言でも言えば、気づかないうちに得体のしれないものを壊してしまいそうで、その異質な雰囲気に戸惑いながらも口を噤む。

緊張して、身体が強張った。


(……くー、くん…?)


どうしたの、なんて聞かなくてもわかるくらい、様子がおかしい。


「…ただ、一方的に言いたいだけで、こうして、聞いて欲しいだけで…意味なんてない」


横になって、くるまった毛布ごと抱くようにして回された腕が、身体が、息もできないほどにキツく抱きしめてくる。
呼吸が止まりそうな程すぐ後ろで、その存在を感じた。
彼の身体が、全身が、震えているのがはっきりと伝わってくる。



「俺さ、」


ぽつりと零される、掠れた声。



「まーくんに会いたくて、会いたくて、凄く頑張ったんだよ」


後ろから抱き竦められながら、縋るように呟かれた言葉に…息を呑む。
今にも泣き出しそうな彼の声に応えたみたいに、ドクン、と心臓が跳ねた。

…記憶に残っている、声音。


それは、

「あーあ、」って泣きそうな顔で言った時と同じ

”俺”を、好きだよって言った時と同じ

…”俺”を無理矢理抱いた時と同じ、で、



(…っ、ぁ…)


「…今のまーくんに言っても、意味わからないし、理解もできないだろうけど」

「……、」


自嘲気味に…寂しそうに紡がれる言葉に
ばれないように、小さく首を振った。

無意識に小刻みに揺れる両手で、覆うように瞼を塞ぐ。



「無理矢理引き離されて、ばらばらになって、全部奪われて…」

「……、」

「だから、もう一度会えるなら、傍にいられるならって…そのためなら、何でもしたんだ。…言ったら軽蔑されるようなことも、数えきれないぐらいしてきた」


零れた音を消すために、唇を噛みちぎる勢いで、噛んだ。血が滲んでも、どろりと口の中にその液体が入ってきても、やめない。


そうでもしなければ、声が漏れてしまいそうだった。


だめ。だめ、だから。なにも、いえない。いっちゃ、いけない。
思わず、言葉を発しそうになってしまうのを堪える。

くーくんは、きっと返事なんか求めてない。
おれからの、答えなんか、きっといらない。

だから、きいてないふり、しないといけないのに。


「…でも、それでも…ずっと、会いたくて、もう一度だけ、もう一度だけ会えたらって、思って、…望んで、祈って、願って、」


「やっと、こうして…誰にも邪魔されることなく、傍にいられるようになった」と続ける彼の声に惹かれるように、脳がその映像を思い起こす。


…――虫食いだらけの腐った林檎のように断面的にしかない思い出。


目が覚めた時…包帯が体中に巻かれてて、怪我をしてる理由とかはわからなくて、

だから、なんでこんなことになってるのか全然覚えてないはずのに、そのあたりのことを思い出そうとすると、気持ち悪くなって、怖くなった。


くーくんもおれの身体の傷を見ると、凄く傷ついた様な顔をするから、きっと良くないことなんだろうけど。


だけど
それとは別に、微かにぼんやりと覚えていて、ずっと知らないふりをしていた記憶がある。


現実感がなくて、それこそ誰かに勝手に植え付けられた記憶みたいだったから…おれの辿ってきた道だって思いたくなかった。

…おれのせいで沢山傷ついて、苦しんで、恨んで、今にも泣きそうなくーくんの顔が、ぼんやりと残ってる。



「…(…本当は、ちょっとだけなら覚えてるよって言ったら、…なんて言うんだろう)」



ぎゅっと毛布を握る指に力を籠める。


…でも、

今、そうやっておれに言うってことは、わかってほしいってことじゃないのかな。
おれに、その頑張ったことを知ってほしいってことじゃないのかな。



なら、今なら、


「…っ、」


言ってもいいのかな。
言った方が、いいのかもしれない。

最初から全部覚えてたわけじゃないし、…つい最近鏡をみたときにぼやーっと思い出した…みたいな感じだから、いまでもなんか…嫌な気分になる。

それに、なんとなくそれを、知ってるってことを口に出しちゃいけないような気がしたから、

だから、覚えていないふりをした。忘れていた方がいいんだろうって思った。


…他の人のことは、誰も思い出せないのに。わからないのに。


それなのに、


(…くーくんのことだけはなんとなく覚えてるから、)


自分でも、どうしてなのかよくわからない。

でも、くーくんのことだけは、自分でも変だと思うくらいに色んな事を覚えてて、

だから、なんとなく彼の言っている言葉の意味がわかるから、…余計に黙っていてはいけないような気がして、固く閉じていた唇を、開いた。


でも、


「…まーくんが、くーくんって呼んでくれる。笑いかけてくれる。好きだって言ってくれる。傍にいてくれる。俺とずっと一緒にいたいって言ってくれる」

「……」

「だから、俺はまた昔みたいにまーくんの中に存在することができたんだって、…まだ生きてても良いんだって、感じることができる、から」と後ろで囁く震える声が、


「…きっと俺は今、…世界中の誰よりも幸せなんだろうなって、…思った」

「…っ、」


そんな風に、…泣きそうに、歓喜の色さえ滲ませていて

……伝えるために開こうとした唇が、途中で止まる。



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