貴方の隣で呼吸がしたい。

ハリエンジュ

文字の大きさ
4 / 29
第一話『きみ、異世界転生って知ってるかね?』

その4 緩やかに、堕ちる

しおりを挟む
★貴方の隣で呼吸がしたい。 第一話『きみ、異世界転生って知ってるかね?』その4 緩やかに、堕ちる

 パフェの一件から、私は喫茶店のあの女性と、店内に他に客が居ない日は偶に話すようになった。
 最初に名前を教えてくれたのも、彼女の方からだ。
 柊木小夜ひいらぎ さよさん。
 綺麗な名前だ、と漠然と思った。
 『千歳ちとせ』という中性的な自分の名前はあまり好きではなかったが、そんな私の名前を『綺麗』と褒めてくれたのも、また、彼女だった。
 『京極きょうごく』という姓を、かっこいいとはしゃぐように褒めてくれた柊木さんは、少し子どものようでおかしかった。
 柊木さんは、基本的には落ち着いた品のある女性だったが、特別内向的なわけではなく、むしろ明るいくらいだった。
 特に私と話す際は、率先して話題を振って、会話を弾ませてくれた。
 場の空気を読める人、とでも言えば良いのだろうか。
 彼女の態度が、無愛想な私に気を遣っていることから来るのだろうな、とは薄々感じていたが、この愛想のなさは生来のものなのでこれはもう、申し訳ないことにどうしようもなかった。
 それでも彼女は、絶えず私に話しかけてくれた、笑いかけてくれた、私が店内に入ると、ぱっと花が咲いたような、けれどやはりどこか儚げな笑顔を見せてくれた。
 私も私で、柊木さんと過ごす時間は決して嫌いではなかった。
 あの喫茶店に通うのを止めようと思った瞬間は、一度たりともなかった。
 心地良く感じていたのだ、柊木さんとの会話を。
 これは、人付き合いが苦手な私には、珍しい事案だった。





「ちぃ、最近楽しそうじゃないか」

 私の家のソファに無遠慮に寝転がって、ぽりぽりとスナック菓子を食べていたひじりくんは、ある日にまにまと笑って、そんなことを私に言ってきた。
 聖くんは、私を『ちぃ』という愛称で呼んでくる。
 何だか妙に子どもっぽくて、正直好きな愛称ではなかったが、いくら言ってもやめてくれないので、これに関しては私はもう諦めていた。

「楽しそう、ですか。私が」

「ああ、凄く」

 テーブルについて文庫本を開きながら、ちらりと視線だけ聖くんに向けると、聖くんはやっぱり楽しそうな表情を浮かべていた。
 彼が辛そう、だとか悲しそう、だとか、そんな負の感情を大っぴらに露にする様子を、私はあまり見たことがない。
 あの鉄骨事故の時だって、彼は笑っていたのだから。
 聖くんの感情の変化もそれはそれで読み辛いが、私も大概だと思う。
 昔から仏頂面で、愛想がなくて、口数も少なくて、誰に対しても事務的に接してしまう。
 自分よりずっと年下の聖くんに対してさえも敬語で接してしまう、淡々とした人間なのだ、私は。
 それでも、聖くんは私のことを良く見ている男の子だった。
 子どものくせに、察しだけは良いのだ。
 これも、『神様』を名乗るだけはあるのだろうか。

「さては、好きな女の子でも出来たかね?」

 にやり、と笑みを深める聖くんに、私は、は、と間抜けな呼吸を漏らした。
 好き?
 誰が、誰を?
 私が、らしくもなく固まっていると、聖くんの方が逆に驚いてしまった。

「――え、図星か?」

「……いえ」

「ふーーん、ふーーん、ちぃが恋かーー、へーー」

「違うと言っているでしょう」

「ふーーーーん」

「怒りますよ」

 好き。
 その対象が一人しか浮かんで来ない辺り、確定だとも思ったし、私の世界はひどく狭いな、と笑いたくなったのを覚えている。
 ふわりと儚げに笑う彼女が、優しい彼女が、しっかりしているようで少し抜けた所もある可愛らしい彼女が。
 ――柊木さんが、どうしようもなく『愛しい』と自覚したのは、情けなくもこの聖くんとの会話がきっかけで、我ながら遅い自覚だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

処理中です...