貴方の隣で呼吸がしたい。

ハリエンジュ

文字の大きさ
29 / 29
第三話『貴方はいい子よ』

その8 らぶりーらぶりー・あんどあいらびゅー

しおりを挟む
★貴方の隣で呼吸がしたい。 第三話『あなたはいい子よ』その8 らぶりーらぶりー・あんどあいらびゅー

teller:タクト・マックスウェル


 今日のシニユ・アルワンテは、いつもと鬱陶しさの種類が違った。
 いつもの猫みたいな気まぐれな雰囲気の裏っかわに、浮ついた弾むようなふわふわした雰囲気が見える。錯覚として。
 そんないつもと少し違う笑顔で、いつもと少し違う足取りで。
 帰路を一人往く俺にアルワンテは勝手に纏わりついている。うっぜ。

「んだよ、今日は一段とぽやっぽやして。花かなんかが舞って飛んで来そうでうざってえ。撃つぞ」

「にゃひひ、にゃひっ」

 銃身をちらつかせても、アルワンテは中身を伴わない笑い声を上げて、スキップするかのように軽やかに、俺を少しだけ追い越す。
 高い位置から不安定に姿勢を傾けてくるアルワンテと視線が合った。強制的に。

「にゃひ。知ってました? タクトくん? シニユさんって素敵な女性なんですって」

「は? 頭沸いてんのか?」

「にゃひひ、沸いてますよ、あたま。嬉しくて」

 本当に機嫌が良いらしい。
 いつもののらりくらりとした空気が、今日はほんの少しだけ晴れやかさがある。
 雲の合間みたいな、仄かな温度がそこにあった。
 妙に生温い空気の中、秘密を少しだけ打ち明けるような、少しふざけたトーンでアルワンテはこしょこしょと言う。

「ここだけの話なんですけどさ。ずーっと言ってなかったんですけどもね。シニユさんね、シニユさんにもね。なーんか、かわいくなりたいなーって思ってた時期もあるわけですよ。なれませんでしたけどね。笑っちゃいますけどね。にゃひ、にゃふふ」

 自虐的な台詞に眉を顰める。
 そりゃ他人の自虐なんて大抵はつまらない。
 だけど俺が引っかかったのはそこじゃなくて。
 こいつは、自分の影の部分をこんな風に表に出すやつだったろうか。
 もっとこいつは狡猾で陰鬱だった。
 生まれ持った不死鳥の炎に照らされて誤魔化しているだけで、こいつはずっとそうだった。俺が知る限り。
 それが苦手だった。本音を巧妙に隠して俺の安全を侵そうとしてくるこいつが、俺は嫌いだったのに。

「銃、まだ手放さないわけねー、タクトくんはさ。ちぃ先生にあんなにキレられてた癖に」

「……手放せるかよ」

 だって銃は、俺を守る武器で魔法。
 非力な俺の安全を守り、俺の気力を呼び起こす。
 それもまあ、あの千歳センセーには通じなかったわけだが。それでも俺は、この銃が――好き、なんだと思う。だから手放せるわけがない。

 俺が銃への愛着に浸っていると、気を散らすように視界がアルワンテが割り込んでくる。
 今日もこいつは、俺の世界を簡単に壊す。
 だからそれが、とても気に食わないわけだ。

「シニユさんが言われて嬉しかった言葉を、アレンジしてタクトくんにも伝えますですのさ」

 上機嫌の理由を、喜びを、幸せを、勝手に押し付けてくる。巻き込んでくる。
 侵略行為にも程があるそれを、アルワンテは見慣れちまった掴みどころのない笑顔で実行してきた。

「タクトくん、いい子ですよ。とても、いい子。頑張り屋さんの、強い子。にゃひひ、にゃひ、シニユさんはわかってますよ」

「……うっぜ。嬉しくねーよそれ。ってかついてくんな」

「えー? やだよやですよ、ついてきますよ諦めませんて」

 次の言葉を紡ぐ声色は、やっぱり新鮮だった。
 いつもと似たフレーズなのに、諦観がいつもより少ない台詞が、ただただ世界に響く。

「諦め悪いんですよ。シニユさん不死鳥なんで、なーんどでも立ち上がれちゃうわけなんだなあ」

 ああなるほど、確かに。
 目の前で笑う不死鳥は、何かを生き直してる気がした。それも今から。この瞬間から。
 ――そんな運命的な瞬間に俺を巻き込むな。
 溜息混じりで足早になる俺のすぐ傍で、新しく燃えた光はからころと揺れて笑っていた。
 うるせ。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

小さい頃「お嫁さんになる!」と妹系の幼馴染みに言われて、彼女は今もその気でいる!

竜ヶ崎彰
恋愛
「いい加減大人の階段上ってくれ!!」 俺、天道涼太には1つ年下の可愛い幼馴染みがいる。 彼女の名前は下野ルカ。 幼少の頃から俺にベッタリでかつては将来"俺のお嫁さんになる!"なんて事も言っていた。 俺ももう高校生になったと同時にルカは中学3年生。 だけど、ルカはまだ俺のお嫁さんになる!と言っている! 堅物真面目少年と妹系ゆるふわ天然少女による拗らせ系ラブコメ開幕!!

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

皇帝は虐げられた身代わり妃の瞳に溺れる

えくれあ
恋愛
丞相の娘として生まれながら、蔡 重華は生まれ持った髪の色によりそれを認められず使用人のような扱いを受けて育った。 一方、母違いの妹である蔡 鈴麗は父親の愛情を一身に受け、何不自由なく育った。そんな鈴麗は、破格の待遇での皇帝への輿入れが決まる。 しかし、わがまま放題で育った鈴麗は輿入れ当日、後先を考えることなく逃げ出してしまった。困った父は、こんな時だけ重華を娘扱いし、鈴麗が見つかるまで身代わりを務めるように命じる。 皇帝である李 晧月は、後宮の妃嬪たちに全く興味を示さないことで有名だ。きっと重華にも興味は示さず、身代わりだと気づかれることなくやり過ごせると思っていたのだが……

処理中です...