ウワサの重来者 どうか、心振るえる一生を。(中辛)

おいなり新九郎

文字の大きさ
26 / 122

第25話 大殿と客人 

しおりを挟む

 虎成とらなり城、奥。

 ユウジの婆様の話で一頻ひとしきりもめた夜、

「お祖父じい様、具合はいかかがですか?」
  重家かさねけの四男シロウは、城の奥にせる祖父を見舞っていた。

「おう・・・、シロウか。今日はぁ、だいぶん調子が良い。」
 先代せんだい勇那守いさなのかみである。

 今はシロウの父にその職を譲って隠居している。

「それは良うございました。ああ、起き上がらずとも楽にしてくださいませ。」

 ここ数年、病に臥せっていたが、今日はめずらしく体を起こしていた。

「良いのだ。我の最後の仕事も終わりそうだしのう。」

 祖父の意外な言葉にシロウはおどろき、
「最後だなどと・・。なぜそんな。」
 祖父はこのような発言をするとは思えなかったからだ。
 しかし、逆に覚悟のようなものを感じ取った。

「ああ、末っ子のお前にはまだ話しておらなんだからの。」
「・・・と申されますと?」
 父や兄達が知っていて、自分が知らぬことがあるのかという意味に捉えた。

「んんっ。」
 少し、爺様じいさまがむせた。

「これ、大殿おおとの白湯さゆを頼む。」
 シロウは手を打ち、側仕そばづかえの者に頼む。

「気をつけよ。今はこの城にはそなたしかおらぬ。」

 一瞬、シロウの頭にはク海探索のことが浮かんだ。城を空けるのはやはり危険ダメか。

片城かたきのおばばが動くなと言うたじゃろう?」
「なぜ、それをご存じで?」
 どうしてそれが祖父の耳に入ったのであろう?シロウは思案を巡らせた。

「失礼いたします。」
 白湯を運んできたのは、ナツキだった。
 そういうことか・・・シロウは理解した。

「責めるなよ。」
 祖父である大殿がポツリとだが釘を刺す。そしてナツキにそこに居よと命じた。

ばばが我に暇乞いとまごいに来たのよ。」
 そう言って大殿はゆっくりと白湯を口にした。
「年寄の言う事は聞くものじゃ。」
「はい。」
「我と婆は実は幼馴染おさななじみでの。その婆が訪ねてきて今生こんじょうの分かれだとぬかす。」

 先に爺様に挨拶あいさつか、まぁそれはそうだとシロウは思った。

理由わけは聞いた。まぁ気持ちは分かる。だがな・・・」
「はい。」
「時期が悪い。」
 時期?何の時期か?いくさの状況は国境くにざかいで押し出し気味だが。
「時期・・と申されますと?」
客人きゃくじんのもてなしをせねばならぬ。」

 客人などシロウには何の心当たりもない。

「シロウ、片城かたきの婆とそこなナツキが何のお役目をしているか知らぬだろう?」

「父上からは、奥勤おくづとめとしか聞いておりませんが。」 
 そういえば、詳しくは知らない。シロウは普段、奥には入れないからだ。

「二人にはな。ここ五年以上、奥でかくまう客人の世話をしてもらっておる。」
「客人?」
 客とは誰だろう。しかも五年以上。シロウにはまるで分らないことばかりだった。

「それが、末っ子の私に話していないことなのですか?」
「おぉ、大事な客人よ。」
 シロウはナツキに目をやった。
 ナツキの瞳はやはり曇っているが、こちらが視線を送ったことが分かるのか、ゆっくりと会釈えしゃくをした。

「シロウよ。」
 大殿はここからのことは誰にも言うなと前置まえおかれた。

「そちはムミョウ丸を覚えておるか?」
「ムミョウ丸・・・。」
 
 忘れるハズもない。六年前、そうあの事件の後に知り合った男の子。

 当時十五歳のシロウはこの虎成とらなり城ではなく、南東にある天巫女あまみこ城へ疎開そかいしていた。

 理由としては、当時、この虎成とらなり城が北の那岐なぎの国、彩芭さえば氏の猛攻撃を受けていたからだ。

 その当時は東の大国、寿八馬ひさやま氏とは同盟を結んでおり万が一の場合、重家かさねけの妻子はそちらに逃れる手筈てはずが整えられていたという。

 しかし、結果的に虎成とらなり城は持ちこたえたが、彩芭さえば軍は矛先を変え天巫女あまみこ城を急襲、落城するという結果になる。理由は裏切りだ。

 そして、その最中に、シロウを長とする一行はク海のふち逃避行とうひこうすることとなる。

 襲撃を受けながらの逃亡とうぼう

 そして虎成とらなりからの兄の救援が来た時、ク海においてナツキとはぐれた。

 いや、結果的に置いてけぼりにしてしまった。

 端的たんてきに言えばこれがシロウの苦悩の原因なのである。

「あれは、若様のせいではござりませぬ。」

 目は明るさがぼんやりとしか見えぬはずなのに、ナツキはシロウの表情を見てとったかのように言う。

「歳が十五を少し過ぎたばかりのが、落城からずっと敵兵とアダケモノを相手に血まみれで戦い続け、皆を守っておられたのです。感謝こそすれ、何の遺恨がございましょうや。」
 ナツキの笑顔はまぶしい。

 天巫女あまみこ城の落城の後、この笑顔をみたのは、その一月後ひとつきごだった。

 なんとフラリとナツキがク海から帰ってきたのだ。

 ただ、瞳の光を失い、右手には笛、左手は年の頃は四つか五つほどの男の子の手を引いていた。

 それがムミョウ丸だった。

 しかしムミョウ丸は突然いなくなった・・・。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

スライム退治専門のさえないおっさんの冒険

守 秀斗
ファンタジー
俺と相棒二人だけの冴えない冒険者パーティー。普段はスライム退治が専門だ。その冴えない日常を語る。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

処理中です...