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第四章:再建の道と未来へ
第四十四話:山奥の隠し里
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お凛と新助たちは、御目付から示された「裏の廻米筋」を辿り、人里離れた山道を歩き続けていた。
道は険しく、飢饉の影響はこんな山奥にまで及んでいるようで、道中、荒れ果てた田畑や廃墟となった家々を目にすることもあった。
彼らの心は、再び重い空気に包まれる。
「お凛さん、ほんまにこの先に米があるんですかね…?」
新助が、疲労困憊した様子で尋ねた。
何日も歩き続け、目当ての場所は一向に見えてこない。
「必ず、あるはずです。淀屋がこれほどの危険を冒してまで米を仕入れていたのですから、何かしらの理由があるはず」
お凛は、疲労を感じさせない強い目で、前を見据えた。
彼女の手に握られた算盤が、まるで道標のように感じられた。
さらに数日歩いた後、彼らはようやく、目的の場所に辿り着いた。
それは、地図にも載らないような、山奥にひっそりと隠された小さな集落だった。
集落の入り口は、自然の地形を利用して巧妙に隠されており、普通の旅人では決して見つけられないだろう。
集落の中に入ると、彼らは驚くべき光景を目にした。
外の世界とは隔絶されているかのように、そこには豊かな田畑が広がり、黄金色の稲穂が頭を垂れていたのだ。
飢饉に喘ぐ外の様子とは、まるで別世界だった。
「こんな場所に…まさか…」
お凛は、思わず息を呑んだ。
集落の人々は、よそ者であるお凛たちを警戒するように見つめていた。
しかし、彼らの目は、外の世界の人間に対する憎悪ではなく、どこか怯えと諦めが混じったような色をしていた。
お凛は、村長らしき老人に近づき、丁寧に頭を下げた。
「私どもは、大坂の米問屋、稲穂屋の者でございます。この村で、米を分けていただけないでしょうか」
村長は、お凛たちの身なりと、その言葉に、警戒心を露わにした。
「米だと? ここには、お分けできる米なんかあらへん。帰りなされ」
お凛は、諦めなかった。
「この飢饉で、大坂の町は餓死者が溢れております。もし、この村の米を分けていただけるならば、必ずや相応の銭をお支払いいたします」
村長は、お凛の言葉に鼻で笑った。
「銭なんか、この飢饉の折、何の役にも立たへんわ。それに、これまで来た者たちは、皆、力ずくで米を奪ろうとする奴ばっかりやった。お前たちも、どうせ同じやろ」
その言葉に、お凛は淀屋の不正なやり方を思い出した。淀屋は、きっとこの村から、力ずくで米を買い叩き、あるいは奪い取っていたのだろう。
この豊かな村が、外の世界から隠れるように暮らしている理由も、そこにあったのだ。
「私たちは、決して力ずくで米を奪ったりはいたしません。私たちは、算盤で商いをする者です。公平な取引を望みます。もし、この村の米が、大坂の飢えた人々の命を救うことができるのならば…」
お凛は、心からの言葉を伝えた。
村長は、お凛の言葉に、わずかに動揺を見せた。そして、彼の視線は、お凛が持つ算盤に留まった。
「算盤…? お前は、算盤を弾くんか」
「はい。この算盤は、私の命の次に大切なものです。全ての取引は、この算盤で正直に計算し、決して間違いはございません」
お凛は、算盤を村長に見せた。
村長は、お凛の目を見て、何かを感じ取ったようだった。彼は、厳しい表情を崩さぬまま、静かに言った。
「ならば…この村の米が、ほんまに大坂の民を救うんか、その算盤で示してみせよ」
お凛は、その言葉に希望を見出した。彼女の算盤が、この隠された村と、飢えに苦しむ大坂の町を繋ぐ架け橋となるかもしれない。
稲穂屋の再建、そして大坂の民を救うための、新たな商いの形が、今、この山奥の隠し里で、芽生えようとしていた。
道は険しく、飢饉の影響はこんな山奥にまで及んでいるようで、道中、荒れ果てた田畑や廃墟となった家々を目にすることもあった。
彼らの心は、再び重い空気に包まれる。
「お凛さん、ほんまにこの先に米があるんですかね…?」
新助が、疲労困憊した様子で尋ねた。
何日も歩き続け、目当ての場所は一向に見えてこない。
「必ず、あるはずです。淀屋がこれほどの危険を冒してまで米を仕入れていたのですから、何かしらの理由があるはず」
お凛は、疲労を感じさせない強い目で、前を見据えた。
彼女の手に握られた算盤が、まるで道標のように感じられた。
さらに数日歩いた後、彼らはようやく、目的の場所に辿り着いた。
それは、地図にも載らないような、山奥にひっそりと隠された小さな集落だった。
集落の入り口は、自然の地形を利用して巧妙に隠されており、普通の旅人では決して見つけられないだろう。
集落の中に入ると、彼らは驚くべき光景を目にした。
外の世界とは隔絶されているかのように、そこには豊かな田畑が広がり、黄金色の稲穂が頭を垂れていたのだ。
飢饉に喘ぐ外の様子とは、まるで別世界だった。
「こんな場所に…まさか…」
お凛は、思わず息を呑んだ。
集落の人々は、よそ者であるお凛たちを警戒するように見つめていた。
しかし、彼らの目は、外の世界の人間に対する憎悪ではなく、どこか怯えと諦めが混じったような色をしていた。
お凛は、村長らしき老人に近づき、丁寧に頭を下げた。
「私どもは、大坂の米問屋、稲穂屋の者でございます。この村で、米を分けていただけないでしょうか」
村長は、お凛たちの身なりと、その言葉に、警戒心を露わにした。
「米だと? ここには、お分けできる米なんかあらへん。帰りなされ」
お凛は、諦めなかった。
「この飢饉で、大坂の町は餓死者が溢れております。もし、この村の米を分けていただけるならば、必ずや相応の銭をお支払いいたします」
村長は、お凛の言葉に鼻で笑った。
「銭なんか、この飢饉の折、何の役にも立たへんわ。それに、これまで来た者たちは、皆、力ずくで米を奪ろうとする奴ばっかりやった。お前たちも、どうせ同じやろ」
その言葉に、お凛は淀屋の不正なやり方を思い出した。淀屋は、きっとこの村から、力ずくで米を買い叩き、あるいは奪い取っていたのだろう。
この豊かな村が、外の世界から隠れるように暮らしている理由も、そこにあったのだ。
「私たちは、決して力ずくで米を奪ったりはいたしません。私たちは、算盤で商いをする者です。公平な取引を望みます。もし、この村の米が、大坂の飢えた人々の命を救うことができるのならば…」
お凛は、心からの言葉を伝えた。
村長は、お凛の言葉に、わずかに動揺を見せた。そして、彼の視線は、お凛が持つ算盤に留まった。
「算盤…? お前は、算盤を弾くんか」
「はい。この算盤は、私の命の次に大切なものです。全ての取引は、この算盤で正直に計算し、決して間違いはございません」
お凛は、算盤を村長に見せた。
村長は、お凛の目を見て、何かを感じ取ったようだった。彼は、厳しい表情を崩さぬまま、静かに言った。
「ならば…この村の米が、ほんまに大坂の民を救うんか、その算盤で示してみせよ」
お凛は、その言葉に希望を見出した。彼女の算盤が、この隠された村と、飢えに苦しむ大坂の町を繋ぐ架け橋となるかもしれない。
稲穂屋の再建、そして大坂の民を救うための、新たな商いの形が、今、この山奥の隠し里で、芽生えようとしていた。
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