13 / 62
第一部:ウェブ・ドキュメント『天蓋村(てんがいむら)に関する報告』
第13話:資料No.013(新聞縮刷版)1940年
しおりを挟む
【資料No.013】
資料種別: 地方新聞縮刷版(マイクロフィルム)
発行年: 1940年(昭和15年)
(以下、図書館のマイクロフィルム閲覧機で表示された、〇〇縣報知新聞の紙面からテキスト情報を再構成したもの。旧字体と片仮名が多用されている)
(ヘッダー部)
〇〇縣報知新聞
昭和拾五年四月九日(火)
(本文)
(中略:戦況を伝える大本営発表、国債購入を奨励する記事などが続く)
【郷土ノ発展ニ尽クセ!】
天蓋村役場 吏員(筆耕手)募集
来ルベキ時代ニ備ヘ、天蓋村役場デハ、国土計画ノ礎トナル重要書類ノ整理ノ為、左記ノ要領ニテ筆耕手ヲ募集スル。青年諸君ノ奮起ヲ期待ス。
・業務内容:
役場内ニテ、測量図面及ビ各種申請書類ノ筆耕(清書)、整理。
・勤務地:
天蓋村役場
・募集人員:
若干名
・応募資格:
年齢拾八歳以上、三十五歳迄ノ男子。
心身共ニ健常ニシテ、筆マメナル者。
泳ギノ得意ナル者、ゲンキナ者。
・待遇:
月給参拾円。
食費補助アリ。
・応募方法:
履歴書ヲ持参ノ上、天蓋村役場助役マデ申シ出ルコト。
「産メヨ殖ヤセヨ国ノ為!」
【「名無しさん@地域史研究」による解説】
1943年の「村有温室」の求人広告は、私の調査における一つの転換点となった。
「夜目が利く」「寒さに強い」という条件は、職務内容や労働環境の「偽装」という、新たな悪質な手口の存在を明らかにした。
そして何より、それが「国策」の名の下に行われていたという事実は、この村の闇が、単なる一地方の因習に留まらない、より大きな権力と結びついている可能性を示唆していた。
私の調査は、ついに太平洋戦争開戦前夜、国家全体が軍国主義の熱に浮かされていた1940年(昭和15年)へと到達した。
国会図書館の膨大なマイクロフィルムの中から、黄ばんだ地方新聞の片隅に、私はこれまでの調査における最古の記録を発見した。
そしてそれは、この80年にわたる異常な求人史の「原点」と呼ぶにふさわしい、不気味なほどの単純さを湛えていた。
天蓋村役場での書類筆耕手の募集。
測量図面や申請書類を清書するという、完全に屋内で完結する事務作業だ。
求められるのは、文字の丁寧さや、長時間のデスクワークに耐える根気であろう。
戦時色が濃くなる中で、「国土計画ノ礎トナル」という大義名分が掲げられてはいるが、その実態は地味な事務作業に過ぎない。
その、ありふれた募集要項の末尾に、第十七の異常な条件が、まるで最初からそこにいるのが当然であるかのように、無造作に記されていた。
「泳ギノ得意ナル者、ゲンキナ者。」
思考が一瞬、停止する。
これまでの調査で、私は数々の不条理な条件を目にしてきた。
その度に驚愕し、その異常性に戦慄してきた。
だが、この1940年の、全ての始まりとなったであろう一文は、それらとは質の異なる、根源的な恐怖を私に感じさせた。
後の時代の求人広告には、まだどこか、その異常性を隠そうとするかのような、回りくどさや複雑さがあった。
「絶対音感」や「顔の対称性」といった条件は、少なくとも何らかの特殊な選別基準を匂わせる。
しかし、この「泳ぎの得意な者、元気な者」という条件には、そうした小細工が一切ない。
あまりにも単純で、あまりにも業務内容と無関係。そのあっけらかんとした矛盾は、もはや論理的な考察を拒絶する、純粋な狂気の発露のように思えた。
書類の筆耕に、なぜ泳ぎの技術が必要なのか。
役場が水害にでも遭うことを想定していたとでも言うのか。
あるいは、昼休みには村の川で泳ぐことが奨励されていたとでも?
馬鹿げている。
全ての理屈が、この単純な一文の前で崩壊する。
そして、この求人広告が「最古の記録」であるという事実が、私にある恐ろしい結論を導き出させた。
この80年間にわたる天蓋村の異常な求人の歴史は、時代が下るにつれて、より複雑に、より巧妙に偽装されていったのではないか。
戦後の高度経済成長期には体力測定のような条件を加え、バブル期には精神的耐性を問い、現代に近づくにつれて、より専門的で奇異な能力を求めるようになっていった。
それらはすべて、この1940年の「泳ぎが得意」という、あまりにも剥き出しで、あまりにも不条理な原点から始まった、狂気の「進化」の過程だったのではないか。
この村は、最初から隠すつもりなどなかったのかもしれない。
「書類筆耕」という職種は、ただの「入り口」に過ぎない。
その扉の先に待っている「本当の役目」が、事務作業とは全く無関係な、水と関わる、強靭な肉体を必要とする何かであることを、彼らは何ら臆することなく示している。
私の調査は、一つの時代的な終着点に辿り着いた。
これ以上古い記録を発見することは、おそらく不可能だろう。
私は、この80年間にわたる、おぞましいジグソーパズルの全てのピースを、今、手にしてしまったのかもしれない。
だが、パズルの全体像は、まだ見えてこない。
「泳ぎが得意な者」から始まり、「瞬きをしない者」に至るまで、この村は一体、どのような「役割」を持つ人間たちを、何のために集め続けてきたのか。
その答えは、もはや過去の記録の中にはないのかもしれない。
私は、一度集めたピースを解体し、これまでとは全く異なる視点から、それらを再構成する必要があることに気づき始めていた。
そう、例えば、1977年に、ある観光客が偶然撮影した一枚の写真のように、全く予期せぬ場所から現れる、新たな「異物」を手掛かりにして。
資料種別: 地方新聞縮刷版(マイクロフィルム)
発行年: 1940年(昭和15年)
(以下、図書館のマイクロフィルム閲覧機で表示された、〇〇縣報知新聞の紙面からテキスト情報を再構成したもの。旧字体と片仮名が多用されている)
(ヘッダー部)
〇〇縣報知新聞
昭和拾五年四月九日(火)
(本文)
(中略:戦況を伝える大本営発表、国債購入を奨励する記事などが続く)
【郷土ノ発展ニ尽クセ!】
天蓋村役場 吏員(筆耕手)募集
来ルベキ時代ニ備ヘ、天蓋村役場デハ、国土計画ノ礎トナル重要書類ノ整理ノ為、左記ノ要領ニテ筆耕手ヲ募集スル。青年諸君ノ奮起ヲ期待ス。
・業務内容:
役場内ニテ、測量図面及ビ各種申請書類ノ筆耕(清書)、整理。
・勤務地:
天蓋村役場
・募集人員:
若干名
・応募資格:
年齢拾八歳以上、三十五歳迄ノ男子。
心身共ニ健常ニシテ、筆マメナル者。
泳ギノ得意ナル者、ゲンキナ者。
・待遇:
月給参拾円。
食費補助アリ。
・応募方法:
履歴書ヲ持参ノ上、天蓋村役場助役マデ申シ出ルコト。
「産メヨ殖ヤセヨ国ノ為!」
【「名無しさん@地域史研究」による解説】
1943年の「村有温室」の求人広告は、私の調査における一つの転換点となった。
「夜目が利く」「寒さに強い」という条件は、職務内容や労働環境の「偽装」という、新たな悪質な手口の存在を明らかにした。
そして何より、それが「国策」の名の下に行われていたという事実は、この村の闇が、単なる一地方の因習に留まらない、より大きな権力と結びついている可能性を示唆していた。
私の調査は、ついに太平洋戦争開戦前夜、国家全体が軍国主義の熱に浮かされていた1940年(昭和15年)へと到達した。
国会図書館の膨大なマイクロフィルムの中から、黄ばんだ地方新聞の片隅に、私はこれまでの調査における最古の記録を発見した。
そしてそれは、この80年にわたる異常な求人史の「原点」と呼ぶにふさわしい、不気味なほどの単純さを湛えていた。
天蓋村役場での書類筆耕手の募集。
測量図面や申請書類を清書するという、完全に屋内で完結する事務作業だ。
求められるのは、文字の丁寧さや、長時間のデスクワークに耐える根気であろう。
戦時色が濃くなる中で、「国土計画ノ礎トナル」という大義名分が掲げられてはいるが、その実態は地味な事務作業に過ぎない。
その、ありふれた募集要項の末尾に、第十七の異常な条件が、まるで最初からそこにいるのが当然であるかのように、無造作に記されていた。
「泳ギノ得意ナル者、ゲンキナ者。」
思考が一瞬、停止する。
これまでの調査で、私は数々の不条理な条件を目にしてきた。
その度に驚愕し、その異常性に戦慄してきた。
だが、この1940年の、全ての始まりとなったであろう一文は、それらとは質の異なる、根源的な恐怖を私に感じさせた。
後の時代の求人広告には、まだどこか、その異常性を隠そうとするかのような、回りくどさや複雑さがあった。
「絶対音感」や「顔の対称性」といった条件は、少なくとも何らかの特殊な選別基準を匂わせる。
しかし、この「泳ぎの得意な者、元気な者」という条件には、そうした小細工が一切ない。
あまりにも単純で、あまりにも業務内容と無関係。そのあっけらかんとした矛盾は、もはや論理的な考察を拒絶する、純粋な狂気の発露のように思えた。
書類の筆耕に、なぜ泳ぎの技術が必要なのか。
役場が水害にでも遭うことを想定していたとでも言うのか。
あるいは、昼休みには村の川で泳ぐことが奨励されていたとでも?
馬鹿げている。
全ての理屈が、この単純な一文の前で崩壊する。
そして、この求人広告が「最古の記録」であるという事実が、私にある恐ろしい結論を導き出させた。
この80年間にわたる天蓋村の異常な求人の歴史は、時代が下るにつれて、より複雑に、より巧妙に偽装されていったのではないか。
戦後の高度経済成長期には体力測定のような条件を加え、バブル期には精神的耐性を問い、現代に近づくにつれて、より専門的で奇異な能力を求めるようになっていった。
それらはすべて、この1940年の「泳ぎが得意」という、あまりにも剥き出しで、あまりにも不条理な原点から始まった、狂気の「進化」の過程だったのではないか。
この村は、最初から隠すつもりなどなかったのかもしれない。
「書類筆耕」という職種は、ただの「入り口」に過ぎない。
その扉の先に待っている「本当の役目」が、事務作業とは全く無関係な、水と関わる、強靭な肉体を必要とする何かであることを、彼らは何ら臆することなく示している。
私の調査は、一つの時代的な終着点に辿り着いた。
これ以上古い記録を発見することは、おそらく不可能だろう。
私は、この80年間にわたる、おぞましいジグソーパズルの全てのピースを、今、手にしてしまったのかもしれない。
だが、パズルの全体像は、まだ見えてこない。
「泳ぎが得意な者」から始まり、「瞬きをしない者」に至るまで、この村は一体、どのような「役割」を持つ人間たちを、何のために集め続けてきたのか。
その答えは、もはや過去の記録の中にはないのかもしれない。
私は、一度集めたピースを解体し、これまでとは全く異なる視点から、それらを再構成する必要があることに気づき始めていた。
そう、例えば、1977年に、ある観光客が偶然撮影した一枚の写真のように、全く予期せぬ場所から現れる、新たな「異物」を手掛かりにして。
20
あなたにおすすめの小説
意味が分かると怖い話(解説付き)
彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです
読みながら話に潜む違和感を探してみてください
最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください
実話も混ざっております
【⁉】意味がわかると怖い話【解説あり】
絢郷水沙
ホラー
普通に読めばそうでもないけど、よく考えてみたらゾクッとする、そんな怖い話です。基本1ページ完結。
下にスクロールするとヒントと解説があります。何が怖いのか、ぜひ推理しながら読み進めてみてください。
※全話オリジナル作品です。
【電子書籍化】ホラー短編集・ある怖い話の記録~旧 2ch 洒落にならない怖い話風 現代ホラー~
榊シロ
ホラー
【1~4話で完結する、語り口調の短編ホラー集】
ジャパニーズホラー、じわ怖、身近にありそうな怖い話など。
八尺様 や リアルなど、2chの 傑作ホラー の雰囲気を目指しています。現在 150話 越え。
===
エブリスタ・小説家になろう・カクヨムに同時掲載中
【総文字数 800,000字 超え 文庫本 約8冊分 のボリュームです】
【怖さレベル】
★☆☆ 微ホラー・ほんのり程度
★★☆ ふつうに怖い話
★★★ 旧2ch 洒落怖くらいの話
※8/2 Kindleにて電子書籍化しました
『9/27 名称変更→旧:ある雑誌記者の記録』
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
それなりに怖い話。
只野誠
ホラー
これは創作です。
実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。
本当に、実際に起きた話ではございません。
なので、安心して読むことができます。
オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。
不定期に章を追加していきます。
2026/3/7:『こんびに』の章を追加。2026/3/14の朝頃より公開開始予定。
2026/3/6:『えれべーたー』の章を追加。2026/3/13の朝頃より公開開始予定。
2026/3/5:『まよなかのあしおと』の章を追加。2026/3/12の朝頃より公開開始予定。
2026/3/4:『ぎいぎいさま』の章を追加。2026/3/11の朝頃より公開開始予定。
2026/3/3:『やま』の章を追加。2026/3/10の朝頃より公開開始予定。
2026/3/2:『いおん』の章を追加。2026/3/9の朝頃より公開開始予定。
2026/3/1:『のぞいてくる』の章を追加。2026/3/8の朝頃より公開開始予定。
※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。
「お前のカメラ、ずっと映ってるよ」〜ホラースポット配信者が気づいた時には、もう遅かった〜
まさき
ホラー
ホラースポット専門のYouTuber・桐島悠は、霊も怪異も一切信じない合理主義者だ。
ある廃病院での配信中、今まで感じたことのない「違和感」を覚えた。しかし撮影は無事終了。その後も普通に配信を続け、あの夜のことなど忘れかけていた頃——深夜、金縛りにあう。
疲れてるだけだ。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。
記憶の空白。知らない足跡。動画に毎回映り込む、同じ女の姿。そして——「やっと、見つけた」という声。
カメラが映し続けていたのは、心霊スポットではなかった。もっとずっと、近いところにいるものだった。
(ほぼ)1分で読める怖い話
涼宮さん
ホラー
ほぼ1分で読める怖い話!
【ホラー・ミステリーでTOP10入りありがとうございます!】
1分で読めないのもあるけどね
主人公はそれぞれ別という設定です
フィクションの話やノンフィクションの話も…。
サクサク読めて楽しい!(矛盾してる)
⚠︎この物語で出てくる場所は実在する場所とは全く関係御座いません
⚠︎他の人の作品と酷似している場合はお知らせください
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる