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第一部:ウェブ・ドキュメント『天蓋村(てんがいむら)に関する報告』
第14話:資料No.014(村の掲示板の写真)1977年
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【資料No.014】
資料種別: 個人が撮影した写真(デジタルスキャン)
撮影年: 1977年(昭和52年)
(以下、あるブログに掲載されていた、天蓋村を旅行したという人物の古いアルバムからスキャンされた写真。その片隅に偶然写り込んでいた掲示板の貼り紙を、可能な限り拡大・補正し、テキストを再構成したもの。写真の色褪せと粒子状のノイズが酷く、判読は困難を極める)
(写真全体の描写:腕木式の信号機が立つ、国鉄の小さな駅のホーム。夏の昼下がりらしく、陽炎が立っている。ホームの隅にある木製の掲示板に、数枚の紙が貼られているのが見える。その中の一枚が、今回の資料である)
(貼り紙のテキスト)
国鉄 天蓋駅 改札係(臨時職員)募集
業務内容:
駅改札口での乗車券確認、集札業務。駅構内の清掃。
勤務時間:
午前七時ヨリ午後一時マデ
給与:
日当 四千五百円
応募資格:
年齢・経験問ワズ。
育児ノ終ワラレタ方、マタハ出産経験二人以上アル方。
ベジタリアンノ方。
問合せ先:
天蓋駅 駅長マデ
【「名無しさん@地域史研究」による解説】
1940年の「泳ぎが得意な者」という記録の発見は、私の調査を一つの時代的な限界点に到達させた。
これ以上、公的な記録を遡ることは不可能に近い。
私は、80年にわたる異常な求人広告の歴史、そのおぞましいパズルのピースを、すべて手にしてしまったのだという、ある種の達成感と、同時に深い虚無感に襲われていた。
しかし、パズルは完成していなかった。
ピースは揃っているはずなのに、それらが描き出す全体像――この村が一体「何のために」これらの人々を集めていたのか――が、どうしても見えてこない。
時系列に並べるだけでは、その狂気の核心に触れることはできなかった。
私は調査方針の転換を迫られた。過去へと遡る直線的な調査ではなく、時代を問わず、これまで見過ごしてきた、あらゆる断片的な記録を洗い直すという、網羅的なアプローチへ。
それは、ネット上に散逸する個人のブログ、古い写真、SNSの投稿といった、公的な記録からは排除された、ノイズのような情報の海に再び身を投じることを意味した。
そして、発見したのがこの一枚の写真である。
「昭和の鉄道風景を求めて」と題された、個人のブログ記事に掲載されていた、1977年撮影の一枚。
国鉄時代の天蓋駅のホームを写した、何の変哲もない風景写真だ。
投稿者も、おそらくはその価値に気づいていなかっただろう。
写真の片隅、陽炎の向こうにぼんやりと写り込んだ、駅の掲示板。
そこに貼られていた、一枚の募集要項。
駅の改札係。
これもまた、これまで同様、ごくありふれた労働だ。
しかし、その応募資格欄に記された二つの条件が、私の思考に、これまでのどの発見とも異なる、異質な衝撃を与えた。
「育児が終わられた方、または出産経験2人以上ある方。」
「ベジタリアンの方。」
第十八、第十九の異常な条件。
これまでの求人広告が、主に身体能力や特殊な知覚、あるいは精神的な耐性を問うものであったのに対し、この条件は、応募者の「ライフステージ」と「食生活」という、極めてプライベートで、個人的な領域に踏み込んでいる。
出産経験。なぜ、駅の改札業務に、母であるという経験が求められるのか。
「育児が終わられた方」という指定は、現在、養育すべき子供がいない、という身軽さを求めているようにも読み取れる。
だが、それならば「扶養家族のいない方」と書けばいいはずだ。
あえて「出産経験」に言及する、その意図は何か。
そして、さらに不可解なのが「ベジタリアンの方」という条件だ。
食の禁忌。肉食をしないという、個人の信条や体質に基づく選択。
それが、なぜ駅員としての適性を測る基準となりうるのか。全く理解できない。
この二つの条件は、これまでの「アスリート」や「超能力者」を探すような、ある意味で分かりやすかった基準とは、明らかに異質だ。
それは、肉体的なスペックではなく、個人の「生活史」や「属性」そのものを問うている。
「母」であり、かつ「肉を食べない」人間。
その組み合わせが、「役目」を果たす上で、絶対的な意味を持つとでもいうように。
この発見は、私のパズルの組み方を根底から覆した。
私はこれまで、これらの求人条件を、個々の「役割」に対応する、独立した能力のリストとして捉えていた。
「走り手」「投げ手」「耳役」…。
だが、もしそうではないとしたら?
もし、複数の条件が組み合わさり、一人の人間に、より複雑で、よりおぞましい「役割」を課すことがあるとしたら?
例えば、1973年の観光ロッジの募集広告。
「走幅跳5m以上」の跳躍力と、「体が硬い」という特徴と、「体重が変動しやすい」体質。これら三つの条件を全て満たす人間が、一つの「役目」を担うのだとしたら?
そして、今回の「出産経験」と「ベジタリアン」という属性を持つ人間が、また別の、我々の想像もつかない「役目」を与えられるのだとしたら?
ジグソーパズルは、平面的ではなかった。
ピースとピースは、横に繋がるだけでなく、縦に積み重なり、より立体的で、より悪夢的な構造物を、私の目の前に築き上げようとしていた。
私の調査は、新たな段階に入った。
過去の記録を洗い直し、複数の条件が同時に提示されているケースを再検証する必要がある。
この村が求めていたのは、単機能の「部品」の寄せ集めではない。
複数の異常なスペックを兼ね備えた、「特殊な個体」そのものだったのかもしれない。
その先には、一体どのような、おぞましい「完成形」が待っているというのだろうか。
資料種別: 個人が撮影した写真(デジタルスキャン)
撮影年: 1977年(昭和52年)
(以下、あるブログに掲載されていた、天蓋村を旅行したという人物の古いアルバムからスキャンされた写真。その片隅に偶然写り込んでいた掲示板の貼り紙を、可能な限り拡大・補正し、テキストを再構成したもの。写真の色褪せと粒子状のノイズが酷く、判読は困難を極める)
(写真全体の描写:腕木式の信号機が立つ、国鉄の小さな駅のホーム。夏の昼下がりらしく、陽炎が立っている。ホームの隅にある木製の掲示板に、数枚の紙が貼られているのが見える。その中の一枚が、今回の資料である)
(貼り紙のテキスト)
国鉄 天蓋駅 改札係(臨時職員)募集
業務内容:
駅改札口での乗車券確認、集札業務。駅構内の清掃。
勤務時間:
午前七時ヨリ午後一時マデ
給与:
日当 四千五百円
応募資格:
年齢・経験問ワズ。
育児ノ終ワラレタ方、マタハ出産経験二人以上アル方。
ベジタリアンノ方。
問合せ先:
天蓋駅 駅長マデ
【「名無しさん@地域史研究」による解説】
1940年の「泳ぎが得意な者」という記録の発見は、私の調査を一つの時代的な限界点に到達させた。
これ以上、公的な記録を遡ることは不可能に近い。
私は、80年にわたる異常な求人広告の歴史、そのおぞましいパズルのピースを、すべて手にしてしまったのだという、ある種の達成感と、同時に深い虚無感に襲われていた。
しかし、パズルは完成していなかった。
ピースは揃っているはずなのに、それらが描き出す全体像――この村が一体「何のために」これらの人々を集めていたのか――が、どうしても見えてこない。
時系列に並べるだけでは、その狂気の核心に触れることはできなかった。
私は調査方針の転換を迫られた。過去へと遡る直線的な調査ではなく、時代を問わず、これまで見過ごしてきた、あらゆる断片的な記録を洗い直すという、網羅的なアプローチへ。
それは、ネット上に散逸する個人のブログ、古い写真、SNSの投稿といった、公的な記録からは排除された、ノイズのような情報の海に再び身を投じることを意味した。
そして、発見したのがこの一枚の写真である。
「昭和の鉄道風景を求めて」と題された、個人のブログ記事に掲載されていた、1977年撮影の一枚。
国鉄時代の天蓋駅のホームを写した、何の変哲もない風景写真だ。
投稿者も、おそらくはその価値に気づいていなかっただろう。
写真の片隅、陽炎の向こうにぼんやりと写り込んだ、駅の掲示板。
そこに貼られていた、一枚の募集要項。
駅の改札係。
これもまた、これまで同様、ごくありふれた労働だ。
しかし、その応募資格欄に記された二つの条件が、私の思考に、これまでのどの発見とも異なる、異質な衝撃を与えた。
「育児が終わられた方、または出産経験2人以上ある方。」
「ベジタリアンの方。」
第十八、第十九の異常な条件。
これまでの求人広告が、主に身体能力や特殊な知覚、あるいは精神的な耐性を問うものであったのに対し、この条件は、応募者の「ライフステージ」と「食生活」という、極めてプライベートで、個人的な領域に踏み込んでいる。
出産経験。なぜ、駅の改札業務に、母であるという経験が求められるのか。
「育児が終わられた方」という指定は、現在、養育すべき子供がいない、という身軽さを求めているようにも読み取れる。
だが、それならば「扶養家族のいない方」と書けばいいはずだ。
あえて「出産経験」に言及する、その意図は何か。
そして、さらに不可解なのが「ベジタリアンの方」という条件だ。
食の禁忌。肉食をしないという、個人の信条や体質に基づく選択。
それが、なぜ駅員としての適性を測る基準となりうるのか。全く理解できない。
この二つの条件は、これまでの「アスリート」や「超能力者」を探すような、ある意味で分かりやすかった基準とは、明らかに異質だ。
それは、肉体的なスペックではなく、個人の「生活史」や「属性」そのものを問うている。
「母」であり、かつ「肉を食べない」人間。
その組み合わせが、「役目」を果たす上で、絶対的な意味を持つとでもいうように。
この発見は、私のパズルの組み方を根底から覆した。
私はこれまで、これらの求人条件を、個々の「役割」に対応する、独立した能力のリストとして捉えていた。
「走り手」「投げ手」「耳役」…。
だが、もしそうではないとしたら?
もし、複数の条件が組み合わさり、一人の人間に、より複雑で、よりおぞましい「役割」を課すことがあるとしたら?
例えば、1973年の観光ロッジの募集広告。
「走幅跳5m以上」の跳躍力と、「体が硬い」という特徴と、「体重が変動しやすい」体質。これら三つの条件を全て満たす人間が、一つの「役目」を担うのだとしたら?
そして、今回の「出産経験」と「ベジタリアン」という属性を持つ人間が、また別の、我々の想像もつかない「役目」を与えられるのだとしたら?
ジグソーパズルは、平面的ではなかった。
ピースとピースは、横に繋がるだけでなく、縦に積み重なり、より立体的で、より悪夢的な構造物を、私の目の前に築き上げようとしていた。
私の調査は、新たな段階に入った。
過去の記録を洗い直し、複数の条件が同時に提示されているケースを再検証する必要がある。
この村が求めていたのは、単機能の「部品」の寄せ集めではない。
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