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月影 朔

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​第三部:調査ルポルタージュ『Project SILICA』

第5話:拒絶の扉

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2024年9月23日 - PCメモ『調査ログ.txt』より抜粋

件名:真田玲の現住所特定に関する最終報告

NPO法人の広報誌に記載されていた「真田 玲 様(××市より)」という、蜘蛛の糸のようにか細い手がかり。ここから、彼の正確な居場所を特定する作業は、想像以上に困難を極めた。

まず、××市は広大だ。同姓同名の人物も複数存在する。しかし、ターゲットは「平成28年に経済産業省を依願退職した、旧姓・真田玲」。この条件で住民基本台帳の照会はできない。

突破口は、やはり「土地」だった。
国家の中枢から姿を消した男が、全てを捨てて山に籠る。その行動には、必ず「不動産登記」という、消せない痕跡が伴う。俺は、法務局のオンライン登記情報提供サービスを利用し、NPO法人の活動拠点である山梨県××市周辺の、平成28年以降の不動産取引記録を、虱潰しに洗い出した。

膨大な登記情報のリスト。その中から「真田」姓の買主を抽出し、一人一人の経歴を、断片的なネット上の情報と照合していく。地獄のような作業だった。

そして、三日目。ついに、それらしき記録を発見した。
山梨県××市大字上天原(かみあまはら)。携帯電話の電波も届かないような、山中の集落。そこの古民家が、平成28年7月付で、都内の住所から転居してきた「真田 玲」という個人に売買されている。年齢も、当時の真田の年齢と一致する。

間違いない。ここだ。
俺は、この国の暗部そのものを暴くための鍵を握る男の、隠れ家を突き止めた。明日、始発の特急で、山梨へ向かう。

2024年9月24日 - iPhoneボイスメモ書き起こし

(録音開始。ゴトン、ゴトン、という列車の走行音。車内アナウンスが微かに聞こえる。「…次は、甲府、甲府に停まります…」)

…新宿駅を出て、一時間半。特急あずさの車窓から見える景色は、灰色だったビル群から、どこまでも続く住宅街へ、そして今は、険しい山々の深い緑へと、完全にその姿を変えた。都会のノイズが遠ざかっていくにつれて、俺の心臓の鼓動だけが、やけに大きく耳の奥で響いている。

本当に、来てしまった。
エンターテイナーの「カイト」だった頃の俺なら、今頃は「潜入ルポ!謎の監督の隠れ家を直撃!」なんて、扇情的なタイトルを考えていただろう。隠しカメラの準備は万端か、どうすれば最も劇的な絵が撮れるか。そんなことばかりを。

だが、今の俺の頭の中にあるのは、そういう種類の高揚感ではない。
ジャーナリスト・皆藤誠一として、俺は今、絶対的な恐怖と、そしてそれを上回る、奇妙な使命感に突き動かされている。

真田玲。元・経済産業省エリート官僚。
彼に会って、何を聞き出すべきか。頭の中では、何度もシミュレーションを繰り返している。「なぜ、あの映画を作ったのか」「“贄の供給システム”は実在するのか」「あなたは、何をどこまで知っているのか」。

だが、相手はただの映画監督ではない。国家の中枢で、情報というものの本当の恐ろしさを知り尽くした男だ。俺のような、実績もないフリーのジャーナリスト崩れが、真正面から突撃したところで、まともに取り合ってもらえるはずがない。最悪の場合、一笑に付されて終わりだ。

(ため息。列車の速度が少し落ちる)

いや、今は考えるな。
俺の武器は、ポッドキャストで得た、この馬鹿げたほどの知名度だ。彼の「告発状」を、日本で最も大きく取り上げたのは、間違いなく俺の番組だ。彼は、俺の呼びかけを聴いているかもしれない。それに、賭けるしかない。

この調査は、エンタメじゃない。
これは、戦いだ。
俺は、自分にそう言い聞かせた。

2024年9月24日 - iPhoneボイスメモ書き起こし

(録音開始。ザーッという風の音と、鳥の声。カイトの、少し息の上がった声)

…甲府駅から、さらにローカル線を乗り継ぎ、最後は一日に数本しかないコミュニティバスに揺られて、ついに着いた。山梨県××市、上天原地区。バス停には、俺以外に誰もいなかった。携帯の電波は、もう完全に圏外だ。

登記情報にあった住所を、オフラインマップで表示させる。ここから、さらに山道を30分ほど歩くらしい。
舗装はされているが、急な坂道が続く。道の両脇には、手入れのされていない杉林が、昼間だというのに薄暗い影を落としている。すれ違う人間は、一人もいない。聞こえるのは、自分の荒い呼吸と、風が木々を揺らす音、そして、時折聞こえる、正体不明の獣の声だけだ。

本当に、こんな場所に、あの真田玲が?
国家の中枢にいた男が、全てを捨てて身を隠すには、確かに、これ以上ない場所かもしれない。ここは、社会から完全に隔絶されている。

(10分ほど、カイトの足音と息遣いだけが続く)

…見えた。
坂道を登りきった、少し開けた場所に、ポツンと一軒だけ。古民家だ。
太い梁と、黒光りする立派な柱。だが、明らかに改装されている。窓は異様に小さく、全てに分厚い雨戸が閉め切られている。周囲は高い塀で囲まれ、入り口の門は、まるで人を拒絶するかのように、重たい鉄製のものに替えられている。

ここは、家じゃない。要塞だ。
誰かの、あるいは、何かからの侵入を、極度に恐れている人間の住処だ。
間違いない。ここが、真田玲の家だ。

(息を整える音。数秒の沈黙)

…よし。行くか。
俺はボイスレコーダーのスイッチを入れたまま、ポケットに滑り込ませた。

2024年9月24日 - PCメモ『調査ログ.txt』より抜粋

件名:真田玲との初回接触記録

日時: 2024年9月24日 午後2時17分
場所: 山梨県××市大字上天原 真田玲邸前
記録方法: iPhoneボイスメモ(以下、書き起こし)および、接触後の記憶に基づく記述

(重い鉄の門の前に立つ。インターホンは、旧式の、ボタンが一つだけのものだ。俺は一度、大きく深呼吸をし、そのボタンを、強く押し込んだ。ピンポーン、という、間の抜けた電子音が、静寂な山中に響き渡る。だが、応答はない。もう一度、押す。やはり、反応はない。留守か? いや、そんなはずは…)

(諦めて帰ろうとした、まさにその時だった。ギィ…という、錆びた蝶番が軋むような、低い音が聞こえた。玄関の、分厚い木製の扉が、ほんの10センチほど、内側に開いたのだ。その隙間から覗く、暗闇。そして、その暗闇の中から、一人の男が、ゆっくりと姿を現した)

(映画監督、という華やかなイメージとは、あまりにもかけ離れた男だった。歳は、50代半ばだろうか。着古した作務衣に、伸び放題の、白髪の混じった髪と髭。頬はこけ、目の下には、何日も眠っていないかのような、濃い隈が刻まれている。だが、その瞳の奥には、消耗しきってはいるが、かつてのエリート官僚のそれとわかる、剃刀のような鋭い知性の光が、まだ残っていた)

(男は何も言わない。ただ、その深い闇のような瞳で、俺の全身を、値踏みするように、あるいは、脅威度を測るように、じっと見つめている。その視線に、俺は全身の血が凍るような感覚を覚えた)

俺:「…あ、あの…突然申し訳ありません。私、ポッドキャストで『深淵アーカイヴ』という番組を…」

(俺が名乗り、番組名を口にした、その瞬間だった。男の目に、変化が起きた。それまでの警戒心が、一瞬で、別の感情に塗り替えられた。それは、驚きではない。怒りでもない。もっと純粋な、そして、底なしの…絶望と、恐怖の色だった。まるで、決して現れてはならない亡霊が、目の前に現れたのを見たかのように)

真田:「……」

(男――真田玲は、一言も発しない。ただ、その恐怖に染まった目で俺を睨みつけ、かすかに唇が震えている。俺は、続けようとした言葉を、失った)

俺:「…真田、玲さん、ですよね? 私は…」

真田:「…すべて、フィクションだ」

(初めて発せられた声は、長い間使われていなかったかのように、ひどくかすれ、乾いていた。だが、その響きには、有無を言わせぬ、絶対的な拒絶の意思が込められていた)

俺:「え…?」

真田:「あれは、全て作り話だ。帰ってくれ」

(それだけを、感情のこもらない、ただ事実を告げるだけの無機質な声で言い放つと、彼は俺が何かを言い返す隙も与えず、一方的に、そして静かに、扉を閉め始めた)

俺:「あ、待ってください! お話だけでも…!」

(俺の制止の声は、虚しく響いただけだった。バタン、という無慈悲な音と共に、分厚い扉は完全に閉じられた。そして、内側から、カチャン、と、重々しい金属の錠が下ろされる音が、はっきりと聞こえた)

(…扉の前で、俺は、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった)

接触後の考察:

重要だったのは、彼が口にした言葉ではない。「すべてフィクションだ」という、予想通りの拒絶の言葉。そんなものは、どうでもいい。

記録すべきは、彼の「目」だ。
俺が番組名を口にした瞬間に、彼の目に宿った、あの色。あれは、面倒な取材者を追い払おうとする人間の目では断じてない。

あれは、見張られている人間の目だ。
常に、誰かの視線を背中に感じ、自分の発する一言一句が、自分だけでなく、おそらくは周囲の人間にも、破滅的な結果をもたらすことを知り抜いている人間の目だった。
そして、俺という予期せぬ闖入者の登場が、その危うい均衡を崩してしまうことを、心底から恐れている人間の目だった。

彼は「話したくない」のではない。
「話せない」のだ。

彼のあの恐怖に満ちた瞳は、皮肉にも、彼が「本物」であることを、何よりも雄弁に物語っていた。

俺は、このまま引き下がるわけにはいかない。
今日ではない。だが、明日、必ずもう一度ここへ来る。

今度は、ただの番組のホストとしてではない。
彼が元・経済産業省の官僚であることを示す、動かぬ証拠を手に。
ジャーナリスト、皆藤誠一として。
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