天蓋村の不可解な求人広告について

月影 朔

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​第三部:調査ルポルタージュ『Project SILICA』

第4話:プロジェクト・シリカ

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2024年9月21日 - iPhoneボイスメモ書き起こし

(録音開始。時刻は午前5時48分。窓の外から、微かに朝の鳥の声が聞こえる。カイトの疲弊しきった、しかし異様な熱を帯びた声)

…夜が、明けた。
モニターの光で白く照らされた部屋の中で、俺は一体、何時間こうしていたんだろう。真田玲の正体を見つけてから、一睡もしていない。いや、眠れるはずがなかった。

全身を貫いていた、あの奇妙な高揚感は、夜明けの光とともにゆっくりと潮が引くように消えていき、今、俺の心を支配しているのは、もっと純粋で、もっと冷たい、巨大な恐怖だ。

経済産業省、資源エネルギー庁、課長補佐。
俺がポッドキャストで面白おかしく語っていた「贄の供給システム」は、ただのオカルト話ではなかった。この国の根幹を支えるエリート官僚が、その職務上知り得た「何か」を、命がけで告発するために作り上げた、本物の爆弾だった。

俺は、その爆弾の信管に、触れてしまった。

(一度、言葉が途切れる。乾いた喉を潤すように、水を飲む音)

どうするべきなんだ。
昨夜までの俺なら、迷わずこれを「最高のネタ」として、次の番組の構成を練り始めていただろう。「衝撃!映画『天蓋村』監督の正体は、元エリート官僚だった!」と。そうすれば、番組は再び爆発的な注目を集め、エンターテイナーとしての「カイト」の名声は、さらに揺るぎないものになる。それが正解だ。それが、俺がこれまで生きてきた世界の、唯一の正解のはずだった。

だが、もうダメだ。
PCのモニターに映る、あのPDFの文字。「経済産業省 資源エネルギー庁 資源・燃料部 政策課 課長補佐 真田 玲」。この文字列を見た瞬間、俺の中で何かが決定的に死に、そして、何か別のものが蘇ってしまった。

もう、「カイト」ではいられない。
リスナーの感情を煽り、恐怖をエンターテインメントとして消費させ、再生数と広告収入に一喜一憂する道化師は、もう終わりだ。

これは、エンタメじゃない。
これは、面白いコンテンツを作るための調査じゃない。

これは、戦いだ。
真実を隠蔽しようとする、顔の見えない巨大な「何か」に対する、ジャーナリスト・皆藤誠一としての、最初の、そしておそらくは最後の戦いだ。

大学時代の、あの面接官の言葉が蘇る。「君は少し、主観的すぎる」。
そうだ。その通りだ。俺は主観的だ。ジャーナリストとしては失格だった。だが、今、俺を突き動かしているのは、客観的な報道精神などではない。真田玲という一人の人間が、そのキャリアと人生を賭けてまで伝えようとした「何か」に対する、一個人の、あまりにも主観的な義憤と、そして、その深淵を覗き見てしまった恐怖だ。

腹は、括った。
もう後戻りはできない。俺は、ポイント・オブ・ノーリターンを、とっくに越えてしまったのだから。


2024年9月21日 - PCメモ『調査ログ.txt』より抜粋

件名:調査方針の再定義と記録の誓い

1. 調査の目的
本調査の目的を、エンターテインメント・コンテンツの制作から、「天蓋村」を巡る一連の事象の真相究明、およびその記録の保全へと完全にシフトする。俺はもはや配信者「カイト」ではない。一人の調査ジャーナリスト、皆藤誠一として行動する。

2. 調査名の設定
この一連の調査活動に、識別名を与える必要がある。これは感傷のためではない。情報の錯綜を防ぎ、記録の検索性を高めるための、純粋に実務的な措置だ。

(ここで、数分間、タイピングが止まっている。思考の痕跡だ)

…調査名は、『Project SILICA』とする。

なぜこの名前にしたのか、自分でも明確な説明はできない。ただの直感だ。
ポッドキャストの収録中、長谷部先生が、ある地質学者の「SF説」を一蹴したのを覚えている。天蓋村にまつわる伝承は、「特殊な鉱物(ケイ素化合物)が発する超低周波音が住民に見せた集団幻覚」だとする説。提唱者は、地質学者の八代という男だった。

あの時は、俺も倉田さんも、馬鹿げた与太話だと一笑に付した。だが、今となっては、その説自体が、何かを隠すための意図的な情報操作だったのではないかという疑念が、頭の片隅から離れない。政府系のシンクタンクに所属する学者が、わざわざそんな突飛な説を、論文として発表する。その不自然さ。

ケイ素。Silicon。その酸化物が、シリカ(Silica)。
今はまだ、この言葉が何を意味するのか分からない。だが、俺のジャーナリストとしての勘が、この無機質な単語の響きの奥に、全ての答えが隠されていると告げている。いつか、このプロジェクト名を選んだ理由が、最悪の形で明らかになる日が来るのかもしれない。

3. 記録の保全に関する誓約
ウェブサイト『天蓋村に関する報告』の管理人、「名無しさん」がどうなったのか。彼の最後の追伸は、何者かに監視され始めたことを示唆して終わっていた。そして、彼のサイトは削除された。彼が命がけで集めたであろう調査記録の多くは、あのサイトと共に、ネットの海から失われた可能性が高い。

俺は、同じ過ちを繰り返さない。
この調査が、俺の身にどれほどの危険を及ぼすか、まだ想像もつかない。桐島と名乗る男からの警告、そして最後の記録に残された金属をこする音…いや、考えるのはよそう。だが、万が一、俺の身に何かが起きても、この調査の記録だけは、絶対に、誰かの手に渡るようにしなければならない。

よって、ここに誓う。
これ以降、俺の調査活動の全てを、時系列で、可能な限り詳細に記録する。
iPhoneで録音したボイスメモ、PC上のテキストファイル、関係者とのメールのやり取り、入手した資料のスキャンデータ、ウェブサイトのキャプチャ。その全てにタイムスタンプを付与し、一つのマスターフォルダに集約する。

そして、そのマスターフォルダは、毎日深夜3時に、複数の海外クラウドストレージサービスへ、AES-256方式で暗号化した上で自動的にバックアップされるよう設定する。各サービスのログイン情報は、俺が信頼できる唯一の人物…大学時代の同期で、今は海外の通信社にいる友人にだけ、別の手段で伝えておく。

もし、この記録を君が読んでいるのなら。それは、俺の身に何かが起こり、彼が最後の約束を果たしてくれたということだ。君が、俺の最後のバトンを受け取った、ということだ。

4. 最初の調査行動
腹は括った。記録の準備もできた。
ジャーナリスト・皆藤誠一としての、最初の調査を始める。

ターゲットは、全ての始まりである、真田玲。
彼に直接会って、話を聞く。それ以外に、この巨大な謎の核心に迫る術はない。そのためにはまず、彼が今、どこで何をしているのかを特定する必要がある。

経済産業省のウェブサイト、過去の人事異動のニュースリリース、国会図書館のデータベースで閲覧可能な国会会議録。あらゆる公的な記録を、「真田玲」の名前で検索する。

分かったことは、いくつかある。
彼は、俺がPDFで確認した平成22年(2010年)の時点では、資源エネルギー庁の課長補佐だった。その後、順調に出世を重ね、平成26年(2014年)には企画官に昇進している。国会答弁の記録にも、彼の名前が数回登場する。主に、国内のエネルギー政策や、未利用資源の開発に関する、極めて専門的な内容だ。エリート中のエリート。その経歴に、一点の曇りもない。

だが、平成28年(2016年)。
その年を境に、彼の名前は、全ての公的な記録から、忽然と姿を消す。

依願退職。その一言だけが、省庁の短いプレスリリースに残されていた。理由は「一身上の都合」。あまりにもあっけない、輝かしいキャリアの幕切れ。映画『天蓋村』が公開されたのは、その2年後のことだ。

退官後の彼の足取りは、ほとんど掴めなかった。SNSのアカウントは存在せず、メディアへの露出もない。まるで、霞のようにその存在を消している。意図的に、世間から身を隠しているとしか思えない。

だが、諦めずに検索を続けていた、まさにその時。
ある地方の小さなNPO法人が発行した、数年前の広報誌のPDFに、俺は彼の名前を見つけた。山梨県の山間部で、耕作放棄地の再生に取り組む団体の、寄付者名簿の片隅に。

「真田 玲 様(××市より)」

同姓同名の別人かもしれない。だが、俺の直感は、これだと叫んでいた。
国家の中枢から姿を消した男が、全てを捨てて、山に籠る。あり得る話だ。

俺は、マイマップを開き、その山梨県の地名を打ち込んだ。
深い緑に覆われた、静かな山村。

俺は、そこへ行く。
全ての記録機材をリュックに詰め込み、この国の暗部へと、最初の一歩を踏み出す。

(ファイルの最後に、カーソルが点滅している。次なる行動への、静かな決意を示すかのように)
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