天蓋村の不可解な求人広告について

月影 朔

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​第三部:調査ルポルタージュ『Project SILICA』

第3話:最初の糸口

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2024年9月20日 - PCメモ『調査ログ.txt』より抜粋

午前3時。コーヒーはとっくに冷めきっている。

あれから48時間、俺はほとんど眠らずに番組の公式メールボックスに届いた全てのメールを再検証する作業に没頭していた。その数、実に8,427件。その大半は、熱狂的な賞賛か、あるいは下劣な罵倒だ。どちらも今の俺にとっては、意味をなさないノイズでしかない。俺が探しているのは、そのノイズの海に沈んだ、たった一つの、本物の信号。真実に繋がる、蜘蛛の糸のような、か細い手掛かりだ。

目は充血し、思考は鈍麻している。エンターテイナーとしての成功と、得体の知れない恐怖との間で引き裂かれ続けた精神は、もはや正常な判断力を失いつつあった。もうやめようか。全てを忘れて、世間が言うように「最高の演出だった」と笑って、次のヒット作の構想でも練るべきではないのか。そうすれば、また賞賛の光の中に、安全な場所に戻れる。

諦めかけた指が、無意識にマウスのホイールを回転させた、その時だった。
目に飛び込んできた一件のメールが、俺の疲弊しきった意識を、背後から冷たい手で掴むように覚醒させた。

そのメールは、無数の賞賛のメールの中に埋もれ、一度は俺も見過ごしていたものだった。件名は「映画のエンドロールについて」。送信者はハンドルネームだけの、どこの誰とも知れない人物だ。

From: サイレント・ウォッチャー silent.watcher.84@XXXX.com
To: archive_of_abyss@XXXX.co.jp
Date: 2024/09/16 08:55
Subject: 映画のエンドロールについて

カイト様

素晴らしい番組でした。貴方の勇気に敬意を表します。
議論の中で監督・真田玲の正体が謎であるとされていましたが、一つだけ、皆様が見過ごしているかもしれない情報を提供します。

映画『天蓋村』のエンドロール。その非常に速いスクロールの終盤、「撮影協力」の欄に、一瞬だけですが、以下の組織名が表示されます。

「一般財団法人 日本地質構造研究機構」

私はこの分野に少しだけ詳しいのですが、この組織は実在します。そして、単なる民間の研究機関ではありません。表向きは地質学や資源探査の研究を行っていますが、その実態は、経済産業省の外郭団体に近い、半官半民のシンクタンクです。

一本のホラー映画が、なぜこのような組織から「協力」を得る必要があったのか。
私には、それが単なる偶然とは思えません。

あなたの調査が、真実にたどり着くことを願っています。
くれぐれも、お気をつけて。

全身の血が逆流するような感覚。
疲労は一瞬で消え去り、脳が急速に回転を始める。

日本地質構造研究機構。
すぐにブラウザで検索する。メールの送り主が言う通り、その組織は実在した。公式サイトは、いかにもお役所的な、無味乾燥なデザインだ。事業内容の欄には「国内の特殊な地質構造の調査」「未利用鉱物資源の探査と分析」といった、当たり障りのない文言が並んでいる。

だが、違和感があった。なぜ、ただのホラー映画が、こんなお堅い地質学の研究所から協力を? 劇中に、地質学的な考証が必要なシーンなど、一つもなかったはずだ。長谷部先生が唱えた「人柱儀式説」は、あくまで民俗学的なアプローチであり、科学的な考証とは無縁だった。

この組織名が、真田玲の正体に繋がる鍵かもしれない。

俺の胸の中で、死んだはずのジャーナリストの亡霊が、ゆっくりと身を起こすのを感じた。

すぐさま、映画の配信サイトにアクセスし、問題のエンドロールを確認する。メールの送り主の言う通り、スタッフやキャストの名前が目にも止まらぬ速さで流れていく。一時停止と再生を何度も繰り返し、目を皿のようにして凝視する。そして、本当に最後の最後、画面が暗転する寸前に、確かにその名前はあった。無数の協力企業や団体のロゴの中に、あまりにも不釣り合いな、無機質なゴシック体で。

「一般財団法人 日本地質構造研究機構」

間違いない。これは、監督が意図的に残した、見つけられるかどうかも分からないような、微かな痕跡だ。パズルのピースだ。

だが、どうやってこの組織と真田玲を結びつける?
公式サイトの役員名簿や研究員リストを隈なく調べたが、「真田玲」の名前は見当たらない。当たり前だ。もし彼が内部の人間なら、わざわざ自分の名前を載せるはずがない。

思考が袋小路に入りかけた、その時。ふと、ある考えが頭をよぎった。
もし、彼がこの研究所の「正規の職員」ではなかったとしたら? 例えば、別の場所からの一時的な「出向者」だったとしたら?

官公庁や大企業では、人材交流や共同研究のために、職員を関連団体へ一時的に出向させることがある。その記録は、通常の職員名簿には載らないことが多い。だが、過去の事業報告書や、組織の沿革を記したアーカイブ資料の中になら、その痕跡が残っている可能性がある。

俺は、日本地質構造研究機構のサイトの奥深く、誰も見ないような「情報公開」のページへと潜っていった。そこには、過去数十年分の事業報告書や決算報告書が、PDFファイルとして無造作にアーカイブされていた。その中の一つ、「平成22年度 事業報告書」という、10年以上も前の、埃をかぶったようなファイル。その巻末に、それはあった。

「関係省庁・団体からの出向者リスト(平成22年4月1日時点)」

PDFの、表組みにされた、小さな文字の羅列。指が微かに震える。総務省、財務省、文部科学省…日本の名だたる省庁の名前が並び、そこから派遣されたであろう人物の名前が続く。そして、俺の目は、そのリストの中ほどで、釘付けになった。

経済産業省 資源エネルギー庁 資源・燃料部 政策課
課長補佐 真田 玲

全身から、力が抜けていく。椅子に深く沈み込み、天井を仰いだ。
あった。見つけた。
真田玲。それは、映画監督としての偽名などではなかった。彼の実名だ。

そして彼の正体は、映画監督ではない。経済産業省に籍を置く、エリート官僚。
あの映画は、ただのエンターテイナーが作ったホラー作品などでは断じてない。国家の中枢にいた人間が、その職務上知り得た、あまりにも巨大で、あまりにもおぞましい「何か」を、その職を賭して、いや、命を賭して告発するために作り上げた、本物の爆弾だったのだ。

俺がポッドキャストで、エンタメとして面白おかしく語っていた「贄の供給システム」。その結論すら、まだこの巨大な真実の、ほんの表層を撫でただけに過ぎなかったのかもしれない。

これはもう、後戻りできない。
ジャーナリストの亡霊が、俺の耳元で囁く。
「行け」と。
「お前が本当に伝えたかったのは、これだろう?」と。
恐怖と、そして使命感にも似た奇妙な高揚感が、俺の全身を貫いていた。
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