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第三部:調査ルポルタージュ『Project SILICA』
第10話:作られた「SF説」
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2024年9月28日 - PCメモ『調査ログ.txt』より抜粋
件名:八代義明の論文に関する周辺調査 — 不自然な伝播
八代義明が所属するシンクタンク「国家安全保障・資源戦略研究所」の問い合わせフォームから、インタビューの依頼を送信して一夜が明けた。配信者「カイト」としての知名度を最大限に利用し、「あなたの画期的なご研究について、ぜひ若者向けに解説していただきたい」という、当たり障りのない文面を送った。返信はまだない。
その待ち時間も、無駄にはできない。
俺は、八代が2008年に発表した論文「特定地域における地質起因の集団精神変容に関する一考察」が、学術界や社会にどのように受け止められてきたのかを、徹底的に調査することにした。
もし、この論文が真田の言う「二重の偽装」、すなわち「協力者」による情報操作の一環であったならば、その発表のされ方や、世間への広まり方にも、何らかの不自然な作為の痕跡が残っているはずだ。普通の学術論文ではありえないような、何者かの意図的な「後押し」の痕跡が。
俺は、論文データベース、過去の新聞記事データベース、そして政府刊行物のアーカイブを、「八代義明」「天蓋村」「集団幻覚」といったキーワードで検索し始めた。
そして、すぐに、俺の予感が身の毛もよだつ確信へと変わるのに、そう時間はかからなかった。
まず、この論文が掲載された地質学会誌そのものに違和感があった。国内では権威ある学会誌だが、その年の他の論文は「〇〇断層における応力場の変化について」や「××火山の深部マグマ活動のモデル化」といった、極めて専門的で、一般の目には触れることのない研究ばかりだ。その中に、この八代の論文だけが、まるで異物のように紛れ込んでいる。「人身御供の謎を科学で解明」とでも言わんばかりの、あまりにもキャッチーで、扇情的なテーマ。これは、純粋な学術研究というより、最初から「読まれる」ことを、それも専門家以外の一般大衆に「読まれる」ことを強く意識して書かれている。
そして、その意図を裏付けるように、この論文の発表後、信じられない事態が起きていた。
通常、このような専門学会誌に掲載された一論文が、外部で話題になることなど万に一つもない。しかし、八代の論文だけは、まるで巨大な力が背後で働いているかのように、異例のスピードと規模で、社会へと拡散されていたのだ。
以下に、俺が発見した、その不自然な伝播の記録を時系列で記す。
1. 発表直後(2008年)
論文が発表されたわずか一ヶ月後。内閣府が発行する広報誌『CABINET PUBLIC AFFAIRS MAGAZINE』の書評欄で、この八代の論文が「科学と民俗学の垣根を越えた、画期的な研究」として、異例の扱いで紹介されていた。国の広報誌が、一介の地質学者の、それもSFのような仮説論文を、名指しで称賛する。ありえないことだ。
2. メディアでの拡散(2009年~2011年)
内閣府のお墨付きを得たかのように、この「SF説」は、大手新聞社の科学欄や、週刊誌の特集記事で、次々と取り上げられ始めた。「謎の因習村、真相は“石”が見せた幻覚だった!?」「最新科学が暴く、人身御供伝説の正体」といった、扇情的な見出しが躍る。どの記事も、八代の仮説を疑うことなく、さも確定した事実であるかのように報じている。背後で、何者かが大手メディアに対して、組織的なプレスリリースや情報提供を行っていたとしか思えない。
3. 教育機関への浸透(2012年)
極めつけは、文部科学省が推奨する「中学生向け科学技術啓発推薦図書」のリストに、八代の論文の内容を噛み砕いて解説した児童書が選定されていたことだ。タイトルは『科学探偵ヤシロの事件簿 ~ダムに消えた村のミステリー~』。ふざけている。だが、これにより、天蓋村の真相は「特殊な石が見せた幻覚だった」という、安全で、分かりやすい「科学的なお話」として、次代を担う子供たちの意識にまで、刷り込まれていったのだ。
間違いない。
これは、巧妙に仕組まれた、国家規模の情報操作だ。
真田が映画『天蓋村』で描いた「人身御供説」。それは、あまりにもおぞましく、人々の常識を揺るがす危険な「物語」だった。だが、それすらも「監視者」たちにとっては、まだ許容範囲内だったのだろう。なぜなら、それはあくまで「オカルト」の領域に留まるからだ。
しかし、もし誰かが、そのオカルト的な儀式のさらに奥にある、「本当の目的」に近づいてしまったら?
その時のための、最終防衛ライン。それこそが、八代義明が作り上げた、この「SF説」なのだ。
「ああ、あの村の話ですね。人身御供なんていう非科学的な話がまことしやかに語られていますが、あれはもう、著名な地質学者である八代先生が、科学的に解明していますよ。特殊な鉱物が見せた集団幻覚だった、と。国の広報誌にも載っていましたし、子供向けの科学書にもなっています。常識ですよ」
…そうだ。これが、彼らが用意した完璧な「模範解答」だ。
この「SF説」は、「人身御供説」というおぞましい物語すらも、「いや、それすらも科学的に説明可能な、ただの自然現象ですよ」と、さらに上から否定し、無力化する。
真実の核心を、「オカルト」という檻を通り越し、さらにその先の「SF」という、完全にフィクションの、子供だましのおとぎ話の彼岸へと、葬り去るための、究極の安全装置。
俺は、PCの画面に映る、八代の穏やかな笑みを浮かべた顔写真を、再び見つめた。
この男は、単なる「協力者」などではない。
彼は、この巨大な隠蔽工作における、最後の砦。真実への道を阻む、最も知的で、最も手強い門番なのだ。
彼に会って、話を聞かなければならない。
彼が守ろうとしている、「本当の目的」とは、一体何なのか。
その時だった。
PCの画面の右下に、ポップアップ通知が表示された。
「新着メールが1件あります」
差出人は、「国家安全保障・資源戦略研究所 広報室」。
八代からの、返信だった。
件名:八代義明の論文に関する周辺調査 — 不自然な伝播
八代義明が所属するシンクタンク「国家安全保障・資源戦略研究所」の問い合わせフォームから、インタビューの依頼を送信して一夜が明けた。配信者「カイト」としての知名度を最大限に利用し、「あなたの画期的なご研究について、ぜひ若者向けに解説していただきたい」という、当たり障りのない文面を送った。返信はまだない。
その待ち時間も、無駄にはできない。
俺は、八代が2008年に発表した論文「特定地域における地質起因の集団精神変容に関する一考察」が、学術界や社会にどのように受け止められてきたのかを、徹底的に調査することにした。
もし、この論文が真田の言う「二重の偽装」、すなわち「協力者」による情報操作の一環であったならば、その発表のされ方や、世間への広まり方にも、何らかの不自然な作為の痕跡が残っているはずだ。普通の学術論文ではありえないような、何者かの意図的な「後押し」の痕跡が。
俺は、論文データベース、過去の新聞記事データベース、そして政府刊行物のアーカイブを、「八代義明」「天蓋村」「集団幻覚」といったキーワードで検索し始めた。
そして、すぐに、俺の予感が身の毛もよだつ確信へと変わるのに、そう時間はかからなかった。
まず、この論文が掲載された地質学会誌そのものに違和感があった。国内では権威ある学会誌だが、その年の他の論文は「〇〇断層における応力場の変化について」や「××火山の深部マグマ活動のモデル化」といった、極めて専門的で、一般の目には触れることのない研究ばかりだ。その中に、この八代の論文だけが、まるで異物のように紛れ込んでいる。「人身御供の謎を科学で解明」とでも言わんばかりの、あまりにもキャッチーで、扇情的なテーマ。これは、純粋な学術研究というより、最初から「読まれる」ことを、それも専門家以外の一般大衆に「読まれる」ことを強く意識して書かれている。
そして、その意図を裏付けるように、この論文の発表後、信じられない事態が起きていた。
通常、このような専門学会誌に掲載された一論文が、外部で話題になることなど万に一つもない。しかし、八代の論文だけは、まるで巨大な力が背後で働いているかのように、異例のスピードと規模で、社会へと拡散されていたのだ。
以下に、俺が発見した、その不自然な伝播の記録を時系列で記す。
1. 発表直後(2008年)
論文が発表されたわずか一ヶ月後。内閣府が発行する広報誌『CABINET PUBLIC AFFAIRS MAGAZINE』の書評欄で、この八代の論文が「科学と民俗学の垣根を越えた、画期的な研究」として、異例の扱いで紹介されていた。国の広報誌が、一介の地質学者の、それもSFのような仮説論文を、名指しで称賛する。ありえないことだ。
2. メディアでの拡散(2009年~2011年)
内閣府のお墨付きを得たかのように、この「SF説」は、大手新聞社の科学欄や、週刊誌の特集記事で、次々と取り上げられ始めた。「謎の因習村、真相は“石”が見せた幻覚だった!?」「最新科学が暴く、人身御供伝説の正体」といった、扇情的な見出しが躍る。どの記事も、八代の仮説を疑うことなく、さも確定した事実であるかのように報じている。背後で、何者かが大手メディアに対して、組織的なプレスリリースや情報提供を行っていたとしか思えない。
3. 教育機関への浸透(2012年)
極めつけは、文部科学省が推奨する「中学生向け科学技術啓発推薦図書」のリストに、八代の論文の内容を噛み砕いて解説した児童書が選定されていたことだ。タイトルは『科学探偵ヤシロの事件簿 ~ダムに消えた村のミステリー~』。ふざけている。だが、これにより、天蓋村の真相は「特殊な石が見せた幻覚だった」という、安全で、分かりやすい「科学的なお話」として、次代を担う子供たちの意識にまで、刷り込まれていったのだ。
間違いない。
これは、巧妙に仕組まれた、国家規模の情報操作だ。
真田が映画『天蓋村』で描いた「人身御供説」。それは、あまりにもおぞましく、人々の常識を揺るがす危険な「物語」だった。だが、それすらも「監視者」たちにとっては、まだ許容範囲内だったのだろう。なぜなら、それはあくまで「オカルト」の領域に留まるからだ。
しかし、もし誰かが、そのオカルト的な儀式のさらに奥にある、「本当の目的」に近づいてしまったら?
その時のための、最終防衛ライン。それこそが、八代義明が作り上げた、この「SF説」なのだ。
「ああ、あの村の話ですね。人身御供なんていう非科学的な話がまことしやかに語られていますが、あれはもう、著名な地質学者である八代先生が、科学的に解明していますよ。特殊な鉱物が見せた集団幻覚だった、と。国の広報誌にも載っていましたし、子供向けの科学書にもなっています。常識ですよ」
…そうだ。これが、彼らが用意した完璧な「模範解答」だ。
この「SF説」は、「人身御供説」というおぞましい物語すらも、「いや、それすらも科学的に説明可能な、ただの自然現象ですよ」と、さらに上から否定し、無力化する。
真実の核心を、「オカルト」という檻を通り越し、さらにその先の「SF」という、完全にフィクションの、子供だましのおとぎ話の彼岸へと、葬り去るための、究極の安全装置。
俺は、PCの画面に映る、八代の穏やかな笑みを浮かべた顔写真を、再び見つめた。
この男は、単なる「協力者」などではない。
彼は、この巨大な隠蔽工作における、最後の砦。真実への道を阻む、最も知的で、最も手強い門番なのだ。
彼に会って、話を聞かなければならない。
彼が守ろうとしている、「本当の目的」とは、一体何なのか。
その時だった。
PCの画面の右下に、ポップアップ通知が表示された。
「新着メールが1件あります」
差出人は、「国家安全保障・資源戦略研究所 広報室」。
八代からの、返信だった。
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