天蓋村の不可解な求人広告について

月影 朔

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​第三部:調査ルポルタージュ『Project SILICA』

第13話:内閣情報調査室

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2024年10月5日 - PCメモ『調査ログ.txt』より抜粋

件名:籠城三日目

あれから、72時間が経過した。
俺は、一歩も、このアパートの部屋から出ていない。

ウェブカメラのレンズには、黒いビニールテープを何重にも貼り付けた。だが、意味がないことは分かっている。あの緑色のランプは、テープの向こう側で、今も不定期に点灯と消灯を繰り返している。まるで、瞬きもせずにこちらを観察し続ける、瞼のように。

眠れていない。食料は、棚の奥にあったインスタント麺とレトルト飯だけで食いつないでいる。それも、もう尽きそうだ。

静寂が、怖い。
全ての物音が、何者かの侵入の予兆に聞こえる。風が窓を揺らす音。階上の住人が立てる生活音。廊下を誰かが歩く足音。その全てが、俺を捕らえに来た「監視者」の足音に聞こえて、そのたびに息を殺し、玄関のドアスコープに目を押し付ける。だが、そこには誰もいない。当たり前だ。彼らは、そんな分かりやすい形では、来ない。

昨日の夜、カーテンの隙間から、アパートの前の道を眺めていた時だった。
通りの向かい側の電柱の陰に、一台の黒いセダンが停まっていた。何の変哲もない、ありふれた国産車だ。だが、その車は、俺が気づいてから、少なくとも2時間は、エンジンも切ったまま、そこにじっと停まっていた。運転席には、男が一人乗っているようだった。ただ、スマートフォンの画面を見ているだけ。だが、その姿は、俺の全身の皮膚を粟立たせるのに十分だった。

俺は、囚人だ。
ここは、檻の中だ。
ウェブサイトの管理人「名無しさん」が最後に記した恐怖を、今、俺は、骨の髄から追体験している。


だが、このままでは餓死するか、発狂するだけだ。
戦わなければならない。
ジャーナリスト・皆藤誠一として、腹は括ったはずだろう。
恐怖に屈して、ここで朽ち果てて、それで終わりでいいのか。

俺は、残っていた最後のレトルトカレーを胃に流し込み、震える手でジャケットを羽織った。ICレ-コーダーとスマートフォンをポケットにねじ込む。

外に出る。
たとえ罠が待ち構えていようと、このままでは何も変わらない。
俺は、意を決して、玄関のドアノブに手をかけた。

2024年10月5日 - iPhoneボイスメモ書き起こし

(録音開始。時刻は午後11時48分。カイトの荒い息遣い。ガチャリ、とアパートのドアを開け、閉める音。ゆっくりと廊下を歩く、緊張に満ちた足音。やがて、オートロックの集合玄関を開ける音が響く)

(深夜の、冷たい外気に触れる。数日ぶりに吸う空気は、ひどく重く感じられた。俺は、誰の視線も感じないことを確認するように、早足で、24時間営業のコンビニの明かりを目指そうとした)

(その、一歩目を踏み出した、時だった)

「…皆藤さん、ですね」

(声は、すぐ横の、植え込みの暗闇から聞こえた。俺は、心臓が喉から飛び出るかと思うほど驚き、飛び退いた。暗がりから、一人の男が、音もなく姿を現す)

(男は、30代後半だろうか。何の変哲もない、グレーのスーツを着ている。髪は短く刈り込まれ、表情というものが、まるで抜け落ちているかのような、無機質な顔。だが、その目に、俺は釘付けになった。彼の目は、笑っていなかった。感情というものが一切なく、ただ、対象を分析し、評価するためだけに存在する、ガラス玉のような目をしていた)

俺:「…だ、誰だ、あんたは…」

(声が、震える。目の前の男からは、暴力的な匂いは一切しなかった。だが、そのことが、逆説的に、得体の知れない恐怖を俺に感じさせていた)

男:「桐島、と申します」

(男――桐島は、名乗ると、スーツの内ポケットから、黒い革の手帳のようなものを取り出した。そして、俺の目の前で、それを、ほんの一瞬だけ、開いて見せた)

(俺の目には、警察手帳とは違う、金の紋章と、いくつかの漢字が、一瞬だけ映った。だが、その中で、二つの単語だけが、網膜に焼き付くように、はっきりと読み取れた)

「内閣府」

「内閣情報調査室」

(俺がその文字の意味を理解する前に、桐島は手帳を素早く閉じ、内ポケットにしまった)

桐島:「少し、お話を」

(彼の声は、静かだった。何の抑揚もない、ただ事実を告げるだけの、平坦な声。だが、その響きには、拒否という選択肢を、相手から完全に奪い去る、絶対的な圧力が込められていた)

(彼の佇まいには、尋常ではない威圧感が漂っていた。それは、暴力や怒号による威圧ではない。国家という、抗いようのない巨大なシステムの末端として、ただそこに「存在する」ことによって、個人の意思など容易く踏み潰せるという、冷徹な事実そのものが放つ、無慈悲な圧力だった)

(俺は、頷くことも、首を横に振ることもできず、ただ、そのガラス玉のような目の前で、立ち尽くすことしかできなかった)
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