天蓋村の不可解な求人広告について

月影 朔

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​第三部:調査ルポルタージュ『Project SILICA』

第15話:「物語の一部になる」

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2024年10月6日 - PCメモ『調査ログ.txt』より抜粋

件名:桐島と名乗る男との接触記録(続き)

「あなたの調査は、ここで終わる。それだけです」

桐島の言葉は、脅迫ではなかった。それは、天気予報を告げるアナウンサーのように、ただ揺るぎない事実を、無感情に、俺の鼓膜へと届けただけだった。ファミリーレストランの、場違いに陽気なBGMが、急に遠くに聞こえる。俺と桐島の間だけ、空気がガラスのように固まり、時間が引き伸ばされているかのようだ。

恐怖が、全身を駆け巡った。それは、ウェブカメラのレンズの奥に感じた、あの得体の知れない視線とは、また質の違う恐怖だった。目の前にいるのは、幽霊でも怪物でもない。国家という、実体を持たないはずの巨大なシステムが、一人の人間として具現化したかのような、冷徹な存在。その存在が、俺の人生そのものに、静かに、しかし絶対的な句点を打とうとしている。

逃げ出したい。今すぐこの席を立ち、「わかりました、もうやめます」と頭を下げて、エンターテイナー「カイト」の、安全で無責任な世界に逃げ帰りたい。そうすれば、きっと全ては元通りになる。俺はまた、リスナーを煽り、刺激的なコンテンツを作り、富と名声を得る日常に戻れるはずだ。

だが、俺の脳裏を、山梨のあの要塞のような家で見た、真田玲の絶望しきった目がよぎった。彼が、命の危険を冒してまで俺に託した、あの囁き声が蘇る。

『奴は、“協力者”だ』

そして、俺自身が誓った言葉が、腹の底から響いてくる。

『これは、戦いだ』

俺は、震える唇を必死に抑えつけ、隣に座る男の、ガラス玉のような目を、真っ直ぐに見返した。

カイト:「…断ると、言ったら?」

俺が絞り出したその言葉に、桐島の表情は、やはり一切変わらなかった。彼は、まるで出来の悪い生徒の答えを聞く教師のように、小さく、ほとんど分からないほど微かに、息を吐いた。

桐島:「反発、ですか。感心しませんね。ですが、まあ、想定の範囲内です。あなたのようなタイプは、正義感とでも言うべき、厄介な病に罹患していることが多い」

カイト:「これは正義感なんかじゃない。事実だ。人が消えている。あなたの組織が隠蔽し、真田さんや八代先生を脅してまで守ろうとしている“何か”が、確かにある。俺は、それを暴くと決めたんです」

俺の言葉は、自分でも驚くほど、力強かった。恐怖の向こう側で、死んだはずのジャーナリストの亡霊が、最後の意地を見せている。

その、俺の必死の抵抗を、桐島は、まるで子供の癇癪をあやすかのように、静かに、そして冷たく一蹴した。

桐島:「事実、ですか」

彼は、初めて、ほんの少しだけ口の端を歪めた。それは、笑みというより、人間の愚かさを憐れむ、無機質な痙攣に近かった。

桐島:「皆藤さん、あなたのような人間が犯す、最も致命的な過ちがそれだ。この世界に、絶対的な“事実”などというものは存在しない。存在するのは、より多くの人間が信じた、『物語』だけですよ」

カイト:「…物語…?」

桐島:「ええ」と、桐島は頷いた。「あなたは、我々が真実を“隠蔽”していると思っている。違う。我々は、より優れた“物語”を、提供しているだけです。真田氏が撮った映画『天蓋村』。あれは、おぞましい人身御供の因習村という、刺激的で、しかしあくまでオカルトの範疇に収まる『物語』だ。八代先生が書いた論文。あれは、そのオカルト話すらも科学的に説明可能な自然現象だったという、さらに安全で、知的な『物語』だ。人々は、それらの物語を消費し、満足し、そして忘れる。それで、この国の秩序は保たれる」

彼の言葉は、俺の脳を直接殴りつけるような、暴力的な説得力を持っていた。

桐島:「だが、あなたは、その安全な物語の、さらに奥を覗こうとしている。それは、誰の利益にもならない。人々が求めているのは、あなたの言うような、複雑で、救いのない“事実”ではない。もっと分かりやすく、もっと刺激的な『物語』なのです。…そして、我々には、それを作る力がある」

彼の声の温度が、さらに一度、下がった。

桐島:「これ以上、この件について嗅ぎ回るというのなら、我々は、あなたに新しい『物語』を与えることになるでしょう」

その言葉の意味を、俺はまだ、完全には理解できずにいた。

桐島:「これ以上進めば、君も『物語』の一部になる」

カイト:「…何…を、言って…」

桐島:「あなたの人生そのものが、誰かが消費するための、刺激的で、少し悲しいだけの物語に、我々の手で作り替えられる、ということです」

彼のガラス玉のような目が、俺の心の奥底まで見通すように、じっと固定される。

桐島:「例えば、こうだ。『人気オカルト系配信者カイト、自らが作り上げた陰謀論にのめり込むあまり、精神のバランスを崩し、突如失踪』。我々は、あなたの過去の検索履歴や、いくつかの医療機関への問い合わせ記録を“発見”し、それを懇意にしているメディアにリークするでしょう。あなたのポッドキャストは、狂人の戯言として、再評価されることになる」

俺は、息ができなかった。

桐島:「あるいは、こうかもしれない。『ジャーナリスト気取りの配信者、天蓋ダムの利権問題に深入りしすぎ、地元の暴力団組織とトラブルになり、不慮の事故に遭う』。我々は、あなたの口座に、いくつかの“説明のつかない入金記録”を発生させることができる。あなたは、正義の告発者から、金目当てのゴロツキへと、その物語上の役割を変えることになるでしょう」

彼の口から紡がれる言葉は、淡々としていた。だが、それは、俺という人間の存在そのものを、いとも容易く、粘土のように作り変えられるという、絶対的な権力の誇示だった。

桐島:「どちらの物語がお好みですか?他にも、いくつかパターンは用意できますが。いずれにせよ、あなたの命懸けの調査は、世間にとっては、ワイドショーで数日語られては消える、ゴシップの一つになるだけだ。そして、あなたが本当に伝えようとした“事実”は、そのゴシップのノイズの中に、永遠に葬り去られることになる」

俺は、ようやく理解した。「名無しさん」のサイトが、なぜ跡形もなく消え去ったのか。真田玲が、なぜあそこまで怯え、全てをフィクションだと言い張ったのか。八代義明が、なぜ権威という仮面の下で、絶望の色を浮かべていたのか。

彼らは皆、この男が提示した、同じ選択肢を突きつけられたのだ。
沈黙という名の、生ける屍になるか。
あるいは、不本意な「物語」の主人公として、その尊厳ごと、社会から抹殺されるか。

桐島:「それでもいいのかね?」

その問いは、静かに、そして重く、深夜のファミリーレストランの安っぽいテーブルの上に、置かれた。
これは、ただの警告ではない。
俺の人生の、分岐点。
ここから先に進めば、もう二度と、元の場所には戻れない。

これが、俺の、ポイント・オブ・ノーリターンだった。
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