【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

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第二章:蠢く者たち

第三十二話:伊賀越えの予兆

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 越後の山中で、望月千代女から次なる密命を受けた小太郎は、その足で信濃へと向かっていた。

 信玄が彼に託した次なる目的地は、かつて信玄が滅ぼした諏訪家ゆかりの地、諏訪。
そこには、信玄の秘策の鍵となる「ある秘密」が隠されているという。

 彼の心には、千代女から告げられた信玄の深い思惑と、諏訪の地に秘められた過去への複雑な感情が交錯していた。

 一方、京では、明智光秀が、信玄生存の噂と、その裏にある真の目的を探るため、独自の諜報活動を続けていた。越後での小太郎の動き、そして黒脛巾組の暗躍。それらの情報が、光秀の疑念をさらに深めていた。

「信玄が、単なる病死ではなかったとすれば……一体何を企んでおるのか」

 光秀は、自室で地図を広げ、甲斐と信濃の国境を指でなぞった。彼の知略は、信玄が「死」を偽装した目的が、単なる隠居ではないことを看破していた。しかし、その真の目的までは、未だ掴みきれていない。

 光秀は、信玄の死が、あまりにも唐突であり、その後の武田家の動きも、通常の当主交代とは異質なものであると感じていた。

 特に、信玄が三方ヶ原の戦いで見せた、常識外れの采配と、その後の撤退の迅速さ。そして、信玄の死後も、武田の残党が不可解な抵抗を続けていること。これら全てが、光秀の心に、拭いきれない疑念を抱かせていた。

「この信玄の秘策が、もし信長様の覇道を阻むものであれば……」

 光秀は、そう呟くと、静かに筆を執った。彼は、信長に仕える身として、その覇道を確固たるものにしなければならない。しかし、光秀の心には、信長の苛烈な統治が、この国に真の平和をもたらすのか、という葛藤も抱えていた。

 信玄の秘策が、もし信長のそれとは異なる、より深い目的を持つものであれば、光秀の心はさらに揺れ動くことになるだろう。

 光秀は、配下の間者を呼び出した。
「伊賀の忍びと接触せよ。甲斐・信濃方面への諜報を強化する。特に、武田の残党の動き、そして、信玄がかつて関わった場所の情報を集めよ」

 光秀の言葉に、間者は深々と頭を下げた。伊賀の忍びは、その隠密行動と情報収集能力において、比類なき存在だ。彼らを動かすということは、光秀が信玄の生存の可能性を、もはや完全に否定できないと判断したことを意味していた。

 伊賀の里では、光秀からの命を受けた忍びたちが、密かに動き始めていた。彼らは、甲斐と信濃の国境を越え、武田家の支配地へと潜入していく。その目的は、信玄が残した「残り香」の真実を突き止めること、そして、信玄の秘策の全貌を解き明かすことだった。

 その頃、小太郎は、信濃の山中をひたすら進んでいた。諏訪の湖畔が見えてくる頃、彼の心に、ある種の不安がよぎった。諏訪は、信玄がかつて自らの手で滅ぼした諏訪家ゆかりの地。その地には、今もなお、信玄への怨念が渦巻いていると聞く。そのような場所に、信玄が「希望」を残したというのか。

 小太郎は、諏訪の湖畔に立つと、湖面に映る月を見つめた。信玄が言っていた「水鏡の計」が、彼の脳裏をよぎる。この諏訪の地もまた、信玄の「水鏡」の一部なのだろうか。

「信玄公は、一体何を……」

 小太郎は、そう呟いた。彼の行く手には、諏訪の怨念と、明智光秀が放った伊賀の忍びたちが、網の目のように待ち構えている。信玄の秘策を巡る戦いは、より深く、そして危険な領域へと突入しようとしていた。

 遠く京の都では、明智光秀が、信玄生存の可能性を完全に否定できないと判断し、伊賀の忍びを使って甲斐信濃方面への諜報を強化していた。

 その動きは、やがて小太郎の行く手に、新たな影を落とすことになるだろう。
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