【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

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第二章:蠢く者たち

第三十九話:信玄の秘策 - 星々の配置

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 木曽福島城の闇夜に、三浦吉次とその一派の企みが蠢いていた。

 彼らは、木曽義昌を幽閉し、織田信長に恭順の意を示すことで、自らの保身を図ろうとしていた。
小太郎は、千代女とおふうと共に、その卑劣な計画を阻止すべく、綿密な策を練っていた。おふうの祖父、土岐十蔵の無念を晴らすためにも、この裏切りの連鎖を断ち切らねばならない。

「吉次たちが義昌様を幽閉する予定の刻限は、今宵の丑三つ時(午前二時)……」

 小太郎は、千代女に確認した。千代女は、静かに頷いた。彼らは、この時を虎視眈々と狙っていた。

 小太郎の策は、吉次たちの裏切りを、義昌の忠義の証として織田信長に印象付け、同時に、吉次たちの目を欺くという、巧妙な「水鏡の計」だった。信玄がかつて山本勘助から教わった、敵の心に映る己の姿を利用する、奥深い知略の真髄だ。

 丑三つ時。城内は、深い眠りに包まれていた。吉次とその一派は、闇に紛れて義昌の寝所へと向かっていた。彼らの足音は、雪に吸い込まれ、ほとんど音を立てない。彼らの顔には、今まさに成功を掴もうとする、欲にまみれた笑みが浮かんでいる。

 しかし、彼らは知る由もなかった。その全てが、小太郎と千代女、そしておふうによって仕組まれた、壮大な罠であったことを。

 吉次たちが義昌の寝所に到着すると、扉が音もなく開いた。中には、すでに小太郎と千代女、そしておふうが待ち構えていた。義昌は、椅子に座り、静かに彼らを見つめている。彼の顔には、微かな笑みが浮かんでいた。それは、彼らの裏切りを全て見抜いていた者の、余裕の笑みだった。

「吉次……貴様らの企みは、全てお見通しだ」

 義昌は、冷たい声で言い放った。吉次たちの顔から、血の気が引いていく。彼らは、罠にはめられたことに気づき、驚きに目を見開いた。

「な、なぜ……」

 吉次は、震える声で呟いた。その時、小太郎が前に出た。

「吉次殿。貴殿らの企みは、この小太郎が、信玄公の命を受け、全て暴いた。貴殿らが織田に通じ、この木曽谷を混乱させようとしていること、そして、義昌様を陥れようとしていること。全ては、この信玄公の掌の上にあったのだ」

 小太郎は、そう言って、懐から信玄が残した「印」を取り出し、掲げた。

 印は、闇の中で静かに光を放ち、その場に厳かな雰囲気を漂わせた。吉次たちの顔には、恐怖の色が浮かんだ。彼らは、信玄がまだ生きていることを知り、震え上がったのだ。

 その時、千代女が吉次の背後に音もなく現れ、彼の首筋に刀を突きつけた。

「これ以上、無様な真似はせぬがよい」

 千代女の冷たい声に、吉次は身動き一つ取れなくなった。他の若手家臣たちも、小太郎とおふう、そして義昌の兵士たちに囲まれ、降伏するしかなかった。

 義昌は、静かに吉次たちを見下ろした。彼の瞳には、怒りよりも、むしろ悲しみが宿っているようだった。

「吉次……貴様には、この木曽谷を任せていたのだぞ。なぜ、このような真似を……」

 義昌の言葉に、吉次は顔を伏せた。彼の心には、後悔の念が渦巻いていた。

 小太郎は、義昌に近づき、静かに言った。
「木曽殿。信玄公の秘策は、ただ敵を討つことではございません。裏切り者をも包み込み、真の平和を築き上げること。それが、信玄公の願いにございます」

 小太郎は、そう言って、信玄が諏訪の地で語った「過去の清算」の意味を、義昌に改めて説いた。
信玄は、過去の因縁を断ち切り、新たな時代を築こうとしているのだ。そのためには、吉次のような者たちをも、包み込む必要がある。

 義昌は、小太郎の言葉に、深く頷いた。彼の顔には、迷いが消え、確固たる決意が宿っていた。

「わかった。この義昌、信玄公の御心、しかと受け止めた。吉次たちを罰することなく、改めて信玄公の秘策に協力させよう」

 義昌の言葉に、小太郎は安堵した。信玄の秘策が、また一歩、現実へと近づいたのだ。
吉次たちは、その裏切りが露見したことで、信玄の秘策における新たな「駒」として、利用されることになった。

 その夜、小太郎は、千代女とおふうと共に、改めて信玄の秘策について語り合った。
信玄が諏訪の地で託した「印」は、この国の各地に散らばる、信玄の志を継ぐ者たちを繋ぎ、その力を一つにするための「起動の鍵」だった。

「信玄公の秘策は、この国の地図を、天に輝く星々の配置に見立てております」

 千代女は、そう言って、信玄が残した地図を広げた。地図には、この国の主要な地名が記され、そのいくつかに、小さな印が付けられている。

「この印は、各地の協力者たちを示しております。信玄公は、彼らを『星』と呼んでおられました。そして、この『印』は、その星々を特定の配置で動かすことで、大きな力を生み出すためのものなのです」

 千代女の言葉に、小太郎とおふうは息を呑んだ。信玄の秘策は、単なる軍事行動ではない。それは、この国全体を巻き込む、壮大な情報戦であり、人心掌握の策だったのだ。

「この諏訪の印は、南信濃における星々の配置を活性化させる鍵となります。そして、この木曽谷もまた、重要な『星』の一つ」

 千代女は、そう言って、地図の木曽谷の地を指差した。義昌が、信玄の秘策に協力することで、木曽谷は、信玄の「星々の配置」において、重要な役割を担うことになる。

 おふうは、静かに言った。
「あたしの祖父が探していた『武田の闇』も、この星々の配置に関わっているのかもしれません」

 おふうの言葉に、小太郎と千代女は顔を見合わせた。確かに、武田家の「闇」が、この壮大な秘策にどう関わっているのか、まだ明らかになっていない。
信玄が「謀反人」の汚名を着て影に潜った真の理由が、そこにあるのかもしれない。

 小太郎は、改めて信玄の知略の深さに感嘆した。
彼は、自らの「死」を偽装し、世間の目を欺き、そして、敵の目を欺くことで、壮大な計画を進めていたのだ。

「この秘策は、武田家だけでなく、この国の未来を救うためのもの。わしは、信玄公の志を継ぎ、必ずやこの秘策を成就させてみせる」

 小太郎は、固い決意を胸に、夜空を見上げた。満点の星々が、闇夜に輝いている。それは、まるで信玄が仕掛けた「星々の配置」を映し出しているかのようだった。

 木曽谷での試練を乗り越え、信玄の秘策の一端を垣間見た小太郎は、次なる目的地へと向かう準備を始めた。

 彼の行く手には、さらなる困難が待ち受けているだろう。しかし、小太郎の心には、信玄の志を継ぎ、この乱世に真の平和をもたらすという、確固たる決意が宿っていた。
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