【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

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第三章:京洛の蜘蛛巣

第五十一話:信長の苛立ち

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 京の都では、望月千代女の暗躍によって、水面下で信玄の秘策を支援する動きが広がりつつあった。

 公家や寺社勢力、そして一部の商人たちが、千代女の働きかけにより、光秀の目を欺くための偽情報を流し、小太郎たちが比叡山へ向かうための道を整えていたのだ。
しかし、その一方で、織田信長は、信玄生存の噂と、それを追う明智光秀の動きの鈍さに、ますます苛立ちを募らせていた。

 安土城の広間では、信長が、連日届く各地からの報告書を読み終え、苛立たしげに卓を叩きつけた。
彼の顔には、疲労と、そして拭い去れない焦りの色が浮かんでいる。

「信玄め……死んでなお、わしの天下を阻むか。この信長が、天下布武を掲げ、新たな世を築こうとしているというに、くだらぬ噂で人心を惑わすとは!」

 信長は、そう吐き捨てると、傍らに控える近習を鋭い目で見据えた。

「光秀は、未だ信玄の居場所を突き止められぬか。伊賀の忍びを使っても、未だに武田の残党どもを捕らえられぬとは、一体どういうことだ!」

 信長の言葉には、もはや怒りすら通り越し、失望の色が滲み出ていた。
明智光秀は、信長の忠実な家臣であり、その知略を高く評価していたが、この信玄の件に関しては、どうも歯切れが悪い。光秀が信玄の生存に確信を持っているのではないかと、信長は疑念を抱き始めていたのだ。

 数日前、光秀は京の綾小路家から、武田の密偵が信玄の歌集を奪い、どこかへ逃亡したと報告していた。
その歌集は、信玄の秘策に繋がる重要な手掛かりであると。しかし、その後、光秀は、京の各地を奔走するも、未だにその「歌集」とやらを見つけられずにいる。

「光秀め……わしを愚弄しているのか……」

 信長の脳裏に、ふと、嫌な予感がよぎった。もしや、光秀は、信玄の生存を確信しており、何らかの意図を持って、その動きを鈍らせているのではないか。
信長は、光秀の忠誠心に疑いを抱き始めていた。

 信長は、深く息を吐くと、重い口を開いた。
「もはや、悠長にしておられぬ。信玄の噂の根を断ち切るため、より強硬な手段を取る」

 信長の言葉に、近習たちは息を呑んだ。信長の強硬な手段とは、常に苛烈なものだ。

「京の都において、武田に通じる者、あるいは信玄生存の噂を広める者どもを、容赦なく捕らえよ。公家衆、寺社勢力、商人たち、いかなる身分の者であろうと、武田に与する者は全て、断じて許さぬ」

 信長の命令は、京の都に、さらなる恐怖をもたらすものだった。
信長は、噂の根源を断ち切るため、あらゆる手段を講じることを決意していた。特に、信長は、古くからの公家や寺社勢力が、己の権威を揺るがす存在であると認識しており、この機に乗じて彼らの力を完全に排除しようと企んでいたのだ。

 その頃、明智光秀は、京の郊外にある自邸で、苛立ちを隠せないでいた。彼は、部下から届けられる報告書に目を通し、眉間に深い皺を刻んでいる。

 小太郎たちが綾小路家から奪ったという「歌集」は、未だ見つからず、光秀は、彼らを京の各地で追跡するも、まるで煙のように消え去ってしまっていた。

(武田の密偵め……。一体、どこへ消えたのだ。まさか、あの歌集が偽物だったというのか……?)

 光秀の胸には、かすかな疑念がよぎった。
綾小路満子の証言には、どこか不自然な点があった。しかし、彼は、信長からの厳しい命令に、焦りを募らせていた。信長は、信玄の生存を強く警戒しており、光秀にその証拠を掴むよう命じていたのだ。

 光秀は、自らの知略を信じ、信長に忠誠を誓っていた。しかし、信長の苛烈な支配と、その革新的な思想には、内心では葛藤を抱いていた。

 信長が、古き良き日本の秩序を破壊し、武力による統一を推し進める一方で、信玄は、慈悲の心と、この国の霊的な繋がりを重んじていた。
光秀は、信玄の「死」が偽装されたものであるとすれば、その裏には、信長とは異なる、新たな天下のあり方があるのではないかと、密かに考えていたのだ。

「信玄公は、一体何を企んでおられるのだ……」

 光秀は、そう呟くと、遠く京の都の夜空を見上げた。その空は、信長の絶対的な権力によって、どこまでも重苦しく、闇に包まれているようだった。

 光秀は、部下を呼び寄せ、新たな命令を下した。

「京の全ての寺社、公家衆の屋敷を、厳重に監視せよ。特に、過去に武田と縁のあった者たちに目を光らせよ。いかなる不審な動きも見逃すな」

 光秀は、自身の疑念を拭い去るため、そして信長の命令に応えるため、京の監視をさらに強化することを決意した。
彼は、小太郎たちが向かうであろう場所を特定するため、ありとあらゆる情報を収集しようとした。

 その頃、小太郎たちは、京の街から離れた山中の隠れ家で、比叡山へ向かう準備を進めていた。
千代女の暗躍によって、比叡山への道筋は整いつつあったが、光秀の監視がさらに厳しくなっていることを、小太郎は肌で感じていた。

「光秀殿は、焦っているはず。我々が真の歌集を手に入れたと知れば、さらに執拗に追跡してくるだろう」

 小太郎は、そう言って、慎重に比叡山への道筋を確認した。
比叡山は、信長によって焼き討ちされた場所であり、その跡地は、深い悲しみと、そして信長の圧倒的な力を象徴する場所だ。

 おふうは、比叡山へ向かうことに、かすかな不安を抱いていた。
比叡山の焼き討ちは、彼女の祖父、土岐十蔵の無念とも深く関わっている。この旅路の先に、武田の「闇」の真実が明らかになるのか。

「比叡山へ。そこに、信玄公の真の願いが隠されているはず」

 小太郎は、そう言って、歌集を強く握りしめた。彼の瞳には、比叡山へと向かう、確固たる決意が宿っていた。

 信長の苛立ちと、光秀の焦りが、京の都の空気を一層重くしていく中、小太郎たちは、信玄の秘策を成就させるため、比叡山へと向かう決意を固めた。

 彼らの行く手には、どのような試練が待ち受けているのか。
戦国の都で繰り広げられる、知略の戦いは、いよいよ新たな局面へと突入していく。
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