【完結】『謀反人の汚名を着た武田信玄 ~残された秘策と隠された忠義~』

月影 朔

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第七章:本能寺炎上と虎の遺志

第百十二話:光秀から半蔵へ

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 本能寺の炎が京の夜空を焦がす中、明智光秀は、その業火を背に、静かに本隊から離脱した。

 彼の顔に、天下の逆賊となったことへの迷いはなく、ただ信玄様との約束を果たすという、揺るぎない決意が宿っていた。

 混乱が続く本能寺周辺で、光秀の影武者は、明智軍の将兵を指揮し、京の町へと展開していった。

 影武者は、光秀に代わって「天下は我らのもの」と高らかに宣言し、混乱した京の町を沈静化させることに注力した。

 明智軍の兵士たちは、まさか自分たちの主君が影武者と入れ替わっているとは知らず、その指揮に従い、京の町を巡回し始めた。
影武者は、後に京に戻るであろう武将によって討たれる手筈となっていた。

 一方、本能寺の裏手では、望月千代女が率いる甲賀の忍び衆が、光秀の離脱を完璧に支援していた。

 彼らは、本能寺の複雑な地形と、明智軍の混乱を巧みに利用し、光秀を人目につかぬように、安全な場所へと導いた。光秀は、武士としての装束を脱ぎ捨て、黒い忍び装束に身を包んだ。
その手には、愛用の刀ではなく、小ぶりな打刀が握られている。

「……光秀様。いえ、半蔵様。これよりは、服部半蔵として、新たな人生を歩んでいただきます」

 千代女は、静かに光秀に告げた。光秀は、一瞬、遠い目をした。
長年慣れ親しんだ明智光秀という名を捨てること、そして、天下人信長を討った者としての汚名を背負うこと。それは、並大抵の覚悟では成し遂げられないことだった。しかし、信玄様の「大義」と、自身が目指す「和の世」のためならば、いかなる茨の道も歩む覚悟はできていた。

「うむ……」

 光秀は、静かに頷いた。彼の顔には、武将としての光秀の面影はもはやなく、闇に溶け込む影のような、しかし強靭な意思を秘めた表情が浮かんでいた。

 小太郎は、光秀と千代女の一行に加わった。彼の使命は、光秀を無事に家康の領地まで護衛し、服部半蔵として家康に引き渡すこと。そして、信玄様が家康に託した鳴海伊賀衆を、光秀に引き継ぐことであった。

 三人は、伊賀の山中を目指して、夜の闇を進んだ。京の喧騒は、すでに遠く、彼らの耳には、風が草木を揺らす音だけが聞こえてくる。道なき道を、彼らは足早に進んだ。

 伊賀の山中は、複雑な地形と、忍びたちが張り巡らせた巧妙な仕掛けによって、外の者には決して踏み込めない難所となっていた。千代女の忍び衆が、道を切り開き、安全を確保しながら進んでいく。

 その道中、光秀は、信玄様から受け取った「大樹の石像」、すなわち「楔」を懐から取り出し、静かに見つめた。この石像は、信長を討つための「大義」の象徴であると共に、信玄様が目指した「和の世」への願いが込められたものだった。

 光秀の心に、迷いは一切なかった。彼は、信玄様の遺志を継ぎ、新たな世を築くための道を歩むことを、自ら選択したのだ。

 小太郎は、光秀の隣を歩きながら、信玄様の深謀遠謀に改めて感嘆していた。

信長を討つこと。光秀を生き延びさせ、新たな身分で家康に仕えさせること。そして、その後の天下の混乱を乗り越え、家康が真の泰平を築くための礎とすること。
その全てが、まるで完成された判じ絵のように、寸分の狂いもなく組み合わさっていた。

「信玄様……必ずや、この役目、全ういたします」

 小太郎の心の中で、信玄様への誓いが響いた。彼は、この歴史の大きな転換点において、重要な役割を担っていることを自覚していた。

 伊賀の山中は深く、夜の闇は彼らの進む道を包み込む。しかし、彼らの足取りは確実で、迷いはなかった。光秀は、明智光秀としての過去を捨て、服部半蔵としての新たな人生を歩み始める。

 その旅路は、信玄様が描いた壮大な筋書きの一部として、静かに、しかし確実に進行していた。
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