『諸国漫遊 仕込み杖の料理人 ~怒りの一振り、悪党仕置き旅~』

月影 朔

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第六話 山野を荒らす爪、実りを守る刃

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 城下町を後にして、空人は山道を分け入った。旅は続き、陽射しはさらに力強さを増している。

 目指すは、豊かな田畑を持つという、山の奥深くにある静かな農村だった。

 数日後、空人は目的の村に辿り着いた。周囲を山に囲まれた盆地に、緑豊かな田畑が広がっている。収穫の時期が近いのだろう、黄金色に波打つ稲穂が風に揺れ、里芋や大豆などの畑も青々と茂っている。本来なら、村人の顔には収穫への期待と喜びが浮かんでいるはずだ。しかし、空人が目にしたのは、怯えきった顔と、暗い眼差しだった。

 空人は村の入口近くで休んでいた村人に声をかけた。鍬を手にした、日焼けした顔の男だ。空人が挨拶をすると、男は警戒した様子で空人を見た。

「あんた、旅の方かい? こんな時期に珍しいな」

「ええ、まあ。この辺りは作物が豊かだと聞いて、寄ってみました」

 空人がそう言うと、男は自嘲気味に笑った。

「豊か…かねぇ。獲っても、持っていかれるんじゃ、同じことさ」

 男は声を潜めて言った。そして、この村を脅かす悪について語り始めた。山の向こうに根城を持つ山賊の集団が、村を定期的に襲撃し、収穫間近の作物を力ずくで奪っていくのだという。

「逆らおうもんなら…容赦なく叩きのめされる。村の若い衆が立ち向かおうとしたが…返り討ちさ。役人に訴えても、この山奥までゃあ来てくれねえ。皆、怯えて暮らしているんだ」

 男は悔しさと無力感を滲ませながら語った。丹精込めて育てた作物を目の前で奪われる苦しみ。そして、家族を守れない無念さ。それは、空人がこれまで見てきたどんな理不尽とも変わらない、深い苦しみだった。

 空人は男の話を静かに聞いた。豊かな自然の恵み、そしてそれを育む人々の労苦。それを踏みにじる山賊。それは、空人にとって決して許せることではなかった。

 空人は男に礼を言うと、村の中へと入っていった。村を歩くと、家々の戸は固く閉じられ、子供たちの声も聞こえない。畑に出ている村人も、常に周囲を警戒している様子だ。彼らの顔には、収穫への喜びではなく、いつ山賊が襲ってくるかという恐怖が貼り付いている。

 村の長老らしき人物に話を聞くことができた。長老は空人に、山賊の凶暴さ、そして彼らによって村がどれだけ苦しめられているかを語った。収穫の時期が近づくと、山賊の要求はさらにエスカレートするという。今年の収穫も、全て奪われるのではないかという絶望感が、村全体を覆っていた。

 空人は長老の話を静かに聞いていた。村人の顔に浮かぶ恐怖と絶望、そして彼らが丹精込めて育てた作物が、暴力によって奪われる理不尽。

(…酷い…何という蛮行だ…)
空人は心の中で呟いた。

(…自然の恵みを…人の労苦を…踏みにじるのか…)

 心の中に、静かで、しかし底知れぬ怒りが湧き上がってくる。

(…この恐怖…この苦しみ…)

(…彼らは、腹を満たすための働きが…どれだけ尊いか…分かっていない…)

「…山野を荒らすたあ…許せねえ」
 空人は小さく呟いた。

(…真面目に腹を満たそうとする人間が…なぜこんな目に遭うのか…)

(…飢えを知らぬ強欲には…報いが必要だ…)

 彼らが奪っているのは、収穫物だけではない。村の安寧、人々の笑顔、そして生きるための希望だ。

 空人は村人たちから聞いた山賊の根城の場所を確認し、その周囲を調べ始めた。根城は村から少し離れた山の奥にあるらしい。山賊の人数、見張りの配置、根城の構造などを観察し、情報を集める。

(…山の中の獣か…)

 元忍者としての勘と情報収集能力が、山賊たちの生態を把握していく。彼らが村を襲撃する際の道筋なども探る。

(…いつ襲ってくる…)

 夜になり、村が静まり返った頃。空人は山賊の根城に近づいていた。昼間とは打って変わって、彼の足音は一切しない。闇に溶け込むように、気配を消して移動する。

 根城らしき場所からは、焚き火の明かりと、男たちの下卑た笑い声が漏れ聞こえてくる。村から奪ったものを分け合っているのだろう。

 空人は仕込み杖を手に、静かに山賊の根城へと侵入した。見張りの隙を突き、音もなく内部に忍び込む。

 空人の仕込み杖は、闇の中で鈍く光る。騒ぎに気づいた山賊たちが、空人を取り囲む。彼らは荒っぽい武力を持つ者たちだ。

「何奴だ! どこから入りやがった!」

「獲物か! 良い金になりそうだぜ!」

 山賊たちが得物を構える。その顔には、獲物を前にした獣のような強欲が貼り付いている。

 空人は静かに立ち上がった。手にしているのは、仕込み杖。

「飢えを知らぬ強欲には…痛みを教えてやらねば道理が通らねえ。この一振りで、身に刻め」

 空人の声は静かだったが、その声に宿る決意は、岩をも穿つほどの強さを持っていた。

 山賊たちが一斉に斬りかかってきた。山の中、荒れた場所での乱戦だ。

 空人の仕込み杖は、風を切り裂き、山賊たちの荒っぽい攻撃をい軽やかに捌き、無力化していく。山賊の暴力的な動きに対し、空人の技は研ぎ澄まされている。一人、また一人と、山賊たちは戦意を喪失し、地面に転がる。

 奥から、山賊の頭目が現れた。大柄で、顔に大きな傷がある男だ。

「何事だ! 何を騒いでおる! てめえか、俺たちの縄張りに乗り込んできたのは!」

 頭目が空人を睨みつけた。その目は、奪うことに慣れきった、冷たい光を宿している。

 空人は静かに頭目の前に立つ。

「あんたたちの爪は…村人の畑を荒らすためにあるんじゃねえ」

 頭目は空人の言葉の意味が分からず、ただ不快そうに顔を歪めた。

 空人の仕込み杖が、風を切り裂いて走る。頭目は空人の凄まじい速さに全く反応できず、あっという間に仕込み杖の一撃を食らい、意識を失った。

 こうして、山賊たちは、誰にも知られることなく、闇の中で成敗された。彼らは二度と、この村を脅かすことはないだろう。

 翌朝。村は騒然となっていた。山の向こうの山賊が、一夜にして何者かにやられたのだ。村人たちは、長年の脅威から解放されたことを知り、喜びと安堵に包まれた。特に男たちは、家族を守れたことに涙を流した。

 誰がやったのか、村人には全く見当がつかない。まるで山の神が助けてくれたようだ、と人々は噂した。

 空人は村の広場で、竈に火を熾していた。周りには、山賊の脅威から解放された村人たちが集まっている。

 空人は用意しておいた地元の食材、例えば収穫間近の野菜や、村で育てられた鶏などを使って料理を振る舞った。採れたての野菜を使った温かい煮物、鶏肉の香ばしい焼き物、そして新米を使った握り飯。シンプルだが、山の恵みを存分に活かした、力強い料理だ。

 山賊に収穫物を奪われる恐怖に怯えていた村人たちは、空人の作った美味しい料理を頬張りながら、笑顔を取り戻していった。子供たちは、久しぶりに心置きなく走り回っている。

 腹を満たし、心も温かくなった頃、空人は静かに立ち上がった。

「さてと、そろそろ行くかな。この先の村には、美味い餅があると聞いたんだ」

 空人はそう言って、背負子と仕込み杖を手に立ち上がった。

「あの…どちらへ?」
 村の者の一人が尋ねた。

「さて、どこへ行こうかな」

 空人は空を見上げ、のんびりと答えた。その背中には、この村に残る人々からの感謝と、そして山賊に対する静かな怒りの余韻が宿っていた。

 旅は続く。諸国漫遊、仕込み杖の料理人、空人の怒りの一振りは、終わらない。

【空人の仕込みめし】
『山里の恵み 採れたて煮物と鶏の焼き物、新米握り飯』

 ──荒んだ心を癒す、研ぎ澄まされた一手間。
 山賊の脅威から解放された農村で振る舞われた、豊かな大地の恵みと村の食材を使った温かい料理。収穫物を奪われる恐怖に怯えていた人々が、再び農作業に励むための活力を取り戻させた、希望の味。略奪によって荒んだ心を癒し、平穏な日々を取り戻す力を与える、空人の優しき一手間が込められている。
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