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第二部:深まる人間関係と事件の広がり
第十三話:暗号の指し示す先
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蔵の瓦の下に挟まっていた、あの小さな紙片。それは、あの蔵が「影」の拠点であることを示す「標」であると同時に、何か別の意味を持つように思われた。蔵からの脱出後、甚兵衛とお絹は、長屋に戻るとすぐにその紙片を調べ始めた。
紙片には、墨で奇妙な符号がいくつか書かれているだけだ。絵とも文字ともつかない、見慣れない形。しかし、甚兵衛の顔つきは真剣そのものだった。
「これは…暗号だ」
甚兵衛は低い声で言った。「『影』が使う、内部の連絡用の暗号の一つだろう。私がかつて見たことがある」
甚兵衛は、自身の工房から古びた木箱を取り出した。中には、使い込まれた筆記用具、見慣れない定規や分度器のような道具、そして、いくつもの紙片が収められている。それらは、彼の武士時代、特に「影」のような裏の組織に関わっていた頃に使っていたものらしい。その中から、甚兵衛は一つの金属製の円盤を取り出した。それは、文字盤と数字盤が二重になった、奇妙な「からくり」だ。
「これを解く鍵は…」甚兵衛は、符号を一つ一つ指でなぞりながら、記憶を探る。「奴らは、場所や状況、あるいは特定の人物を鍵とする暗号を使う。蔵…瓦…そして、あの紋様…」
解読が始まった。甚兵衛は、あの円盤のからくりを操作しながら、紙片の符号と組み合わせていく。円盤を回し、符号を当てはめ、現れる文字を検証する。それは、根気のいる、緻密な作業だった。お絹は、甚兵衛の傍らで、彼の指示通りに円盤の文字盤を合わせたり、現れた文字を書き留めたりした。
「この符号は、『ハ』…この次は、『六』…いや、『口』か…」
お絹は、甚兵衛が集中する様子を見守りながら、彼がこの暗号解読にどれほど慣れているか、そして、それが彼の過去とどれほど深く繋がっているかを改めて感じた。彼の真剣な眼差しは、普段の、からくりに夢中になっている時のそれとは違う。危険を孕んだ、研ぎ澄まされた光だ。
時には行き詰まり、甚兵衛が唸り声を上げる。そんな時、お絹は「甚兵衛さん、この符号、ひらがなの『る』に少し似てません?」「さっきからよく出てくる符号に規則性があるみたい」など、素朴な視点から意見を述べた。彼女の言葉が、意外な突破口になることもあった。二人の間には、言葉は少なくても、共通の目的と、互いを信じる強い絆が流れている。
数刻の時が流れた。部屋には、円盤のからくりが回る微かな金属音と、甚兵衛の低い声、そしてお絹の書き留める音が響く。そして、夜が明ける頃、ついに暗号は解かれた。
「解けた…」甚兵衛は、汗を滲ませながら呟いた。お絹が書き留めた文字は、意味をなす言葉になっていた。
それは、場所と時間、そして目的を示す、短い、しかし明確な報せだった。
『場所:神田明神裏手 森厳寺、時刻:子ノ刻(夜中)、受取人:烏(カラス)、品:鍵』
甚兵衛は、書き出された文字を一つ一つ指差しながら説明した。
「神田明神は、将軍様も参拝される由緒ある場所だ。その裏手にある森厳寺は、静かで人目につきにくい。そして、子ノ刻…真夜中だ。受取人の『烏』というのは、『影』の中で特定の役割を持つ者の符丁だ。そして『品:鍵』…これは、玄造さんの鋳型か、あるいは別の何か…幕府に関わる重要な『鍵』を示しているのかもしれない」
「影』は、あの蔵を拠点の一つとして、次の行動を計画している。そして、その計画には、神田明神の裏手にある寺が関わる。そこへ「烏」と呼ばれる人物が、「鍵」を受け取りに来るのだ。
「奴らの計画は、かなり進んでいる…そして、今夜実行される」甚兵衛の顔に、緊張の色が走る。「恐らく、盗んだ品々…鋳型や証文は、この計画のために使われるのだろう。そして…」
甚兵衛の脳裏に、蔵で見た江戸の地図、そして「影」の幹部らしき男の顔が浮かんだ。彼らは、江戸の町を、そしてその秩序を根底から覆そうとしているのかもしれない。
「どうしますい? 役人に知らせますか?」お絹は尋ねた。しかし、役人がこの暗号を信じ、迅速に動くとは思えなかった。そして、下手に騒ぎ立てれば、「影」はすぐに計画を変更するか、証拠を隠滅するだろう。何より、辰五郎の命が危険に晒される。
「奴らを止めるには、自分たちで行くしかない」甚兵衛はそう言うと、立ち上がった。彼の目に迷いはない。辰五郎を助け出すためにも、そして江戸の町を守るためにも、この機会を逃すわけにはいかないのだ。
「危険すぎます! 相手は『影』なんですよ!」お絹は思わず彼の腕を取った。恐怖で声が震えている。
甚兵衛はお絹の手を握りしめた。その手から伝わる彼の決意に、お絹の恐怖は僅かに和らぐ。
「分かっている。だが、これが奴らを捕らえる、あるいは奴らの計画の核心に触れる、唯一の手掛かりだ。辰五郎を助け出す糸口も、そこにあるかもしれん」
甚兵衛は、お絹の目を見つめた。「来るか? 来ないか、お前の判断に任せる。危険な場所だ。長屋に残っていても、誰も責めない」
お絹は、甚兵衛の言葉に、彼の過去の孤独と、そして彼が今、自分を「独り」ではないと考えてくれていることを感じた。恐怖はある。しかし、この先、甚兵衛が一人で「影」という巨大な闇に立ち向かうことを考えれば、そばにいることの方が、ずっと自然で、怖くないと思えた。
お絹は、頷いた。その目には、強い決意が宿っていた。「行きます。…私も、その暗号で示された場所へ」
紙片には、墨で奇妙な符号がいくつか書かれているだけだ。絵とも文字ともつかない、見慣れない形。しかし、甚兵衛の顔つきは真剣そのものだった。
「これは…暗号だ」
甚兵衛は低い声で言った。「『影』が使う、内部の連絡用の暗号の一つだろう。私がかつて見たことがある」
甚兵衛は、自身の工房から古びた木箱を取り出した。中には、使い込まれた筆記用具、見慣れない定規や分度器のような道具、そして、いくつもの紙片が収められている。それらは、彼の武士時代、特に「影」のような裏の組織に関わっていた頃に使っていたものらしい。その中から、甚兵衛は一つの金属製の円盤を取り出した。それは、文字盤と数字盤が二重になった、奇妙な「からくり」だ。
「これを解く鍵は…」甚兵衛は、符号を一つ一つ指でなぞりながら、記憶を探る。「奴らは、場所や状況、あるいは特定の人物を鍵とする暗号を使う。蔵…瓦…そして、あの紋様…」
解読が始まった。甚兵衛は、あの円盤のからくりを操作しながら、紙片の符号と組み合わせていく。円盤を回し、符号を当てはめ、現れる文字を検証する。それは、根気のいる、緻密な作業だった。お絹は、甚兵衛の傍らで、彼の指示通りに円盤の文字盤を合わせたり、現れた文字を書き留めたりした。
「この符号は、『ハ』…この次は、『六』…いや、『口』か…」
お絹は、甚兵衛が集中する様子を見守りながら、彼がこの暗号解読にどれほど慣れているか、そして、それが彼の過去とどれほど深く繋がっているかを改めて感じた。彼の真剣な眼差しは、普段の、からくりに夢中になっている時のそれとは違う。危険を孕んだ、研ぎ澄まされた光だ。
時には行き詰まり、甚兵衛が唸り声を上げる。そんな時、お絹は「甚兵衛さん、この符号、ひらがなの『る』に少し似てません?」「さっきからよく出てくる符号に規則性があるみたい」など、素朴な視点から意見を述べた。彼女の言葉が、意外な突破口になることもあった。二人の間には、言葉は少なくても、共通の目的と、互いを信じる強い絆が流れている。
数刻の時が流れた。部屋には、円盤のからくりが回る微かな金属音と、甚兵衛の低い声、そしてお絹の書き留める音が響く。そして、夜が明ける頃、ついに暗号は解かれた。
「解けた…」甚兵衛は、汗を滲ませながら呟いた。お絹が書き留めた文字は、意味をなす言葉になっていた。
それは、場所と時間、そして目的を示す、短い、しかし明確な報せだった。
『場所:神田明神裏手 森厳寺、時刻:子ノ刻(夜中)、受取人:烏(カラス)、品:鍵』
甚兵衛は、書き出された文字を一つ一つ指差しながら説明した。
「神田明神は、将軍様も参拝される由緒ある場所だ。その裏手にある森厳寺は、静かで人目につきにくい。そして、子ノ刻…真夜中だ。受取人の『烏』というのは、『影』の中で特定の役割を持つ者の符丁だ。そして『品:鍵』…これは、玄造さんの鋳型か、あるいは別の何か…幕府に関わる重要な『鍵』を示しているのかもしれない」
「影』は、あの蔵を拠点の一つとして、次の行動を計画している。そして、その計画には、神田明神の裏手にある寺が関わる。そこへ「烏」と呼ばれる人物が、「鍵」を受け取りに来るのだ。
「奴らの計画は、かなり進んでいる…そして、今夜実行される」甚兵衛の顔に、緊張の色が走る。「恐らく、盗んだ品々…鋳型や証文は、この計画のために使われるのだろう。そして…」
甚兵衛の脳裏に、蔵で見た江戸の地図、そして「影」の幹部らしき男の顔が浮かんだ。彼らは、江戸の町を、そしてその秩序を根底から覆そうとしているのかもしれない。
「どうしますい? 役人に知らせますか?」お絹は尋ねた。しかし、役人がこの暗号を信じ、迅速に動くとは思えなかった。そして、下手に騒ぎ立てれば、「影」はすぐに計画を変更するか、証拠を隠滅するだろう。何より、辰五郎の命が危険に晒される。
「奴らを止めるには、自分たちで行くしかない」甚兵衛はそう言うと、立ち上がった。彼の目に迷いはない。辰五郎を助け出すためにも、そして江戸の町を守るためにも、この機会を逃すわけにはいかないのだ。
「危険すぎます! 相手は『影』なんですよ!」お絹は思わず彼の腕を取った。恐怖で声が震えている。
甚兵衛はお絹の手を握りしめた。その手から伝わる彼の決意に、お絹の恐怖は僅かに和らぐ。
「分かっている。だが、これが奴らを捕らえる、あるいは奴らの計画の核心に触れる、唯一の手掛かりだ。辰五郎を助け出す糸口も、そこにあるかもしれん」
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