【完結】『からくり長屋の事件帖 ~変わり発明家甚兵衛と江戸人情お助け娘お絹~』

月影 朔

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第三部:過去との対峙と陰謀の露見

第二十一話:闇夜(やみよ)のからくり合戦

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 長屋は静寂に包まれていた。住人たちの寝息だけが微かに聞こえる。しかし、その静けさとは裏腹に、甚兵衛とお絹のいる工房には、張り詰めた空気が満ちていた。工房の片隅に置かれた、長屋の地図を模した監視盤の光が、微かに点滅している。裏路地の入り口、共同井戸の脇、そして…甚兵衛の工房へと続く細い通路を示す光だ。
「来た…」甚兵衛は、低い声で呟いた。彼の目は、闇を見据えている。

 監視盤の光が動く。音もなく、しかし確かに長屋の内部へ侵入してくる複数の光。それが、「影」の者たちだ。彼らは、甚兵衛が仕掛けた最初の警報を巧みに回避したか、あるいは無効化したのだろう。しかし、さらに内側に仕掛けられた、微細な振動や音を感知するからくりが、彼らの動きを捉えている。
「人数は…三人か」

 甚兵衛は判断した。お絹は、彼の隣で息を殺している。彼女の心臓は警鐘のように鳴り響いているが、逃げ出したいという気持ちはなかった。ここで戦う。甚兵衛と共に、この長屋を守るために。

 光は、甚兵衛たちのいる工房へと続く通路に差し掛かった。そこには、甚兵衛が仕掛けた第二段階のからくり罠がある。通路の特定の場所に仕込んだ、踏むと自動で強力な粘着性の液体を噴射する装置、あるいは、特定の音に反応して天井から物を落とす仕掛け。殺傷能力はない。足止めし、混乱させ、そして彼らの手口を暴くためのからくりだ。

「今だ!」

 甚兵衛が合図する。通路を進んでいた「影」の一人が、からくり罠の範囲に踏み込んだ。次の瞬間、仕掛けが作動した。

 ドスッ! という重い音と共に、天井から何かが落ちてきた。それは、中に砂利を詰めた丈夫な布袋だ。狙いは正確。布袋は「影」の者の足元に落ち、彼はバランスを崩した。同時に、通路の壁から、強い粘着性を持つ液体が霧状に噴射される。
「影」の者たちは、驚いた様子を見せたが、その反応は素早い。布袋を蹴り飛ばし、液体から身を翻す。彼らは特殊な装束を着ているのか、液体が身体に付着しても、すぐに弾いているようだ。しかし、一瞬の隙が生まれた。

「お絹!」

 甚兵衛が呼ぶ。お絹は、通路の奥の、別のからくりを操作する役割だ。彼女は素早く指示された場所へ移動し、別の仕掛けを作動させる。それは、通路の途中に隠された、細いワイヤーを瞬時に張り巡らせるからくりだ。

 ピン! という音と共に、ワイヤーが「影」の者たちの足元に張られる。彼らはその存在に気づき、素早く飛び越えるか、あるいはワイヤーを切り裂こうとする。彼らは小型の刃物や道具を携帯している。

 からくり罠は、完全に彼らを捕縛するには至らない。しかし、彼らの動きを妨げ、その手口を露呈させる。彼らは、甚兵衛の仕掛けを巧みに回避し、あるいは無効化しながら、工房へと向かってくる。彼らもまた、甚兵衛のからくりに対抗する、独自のからくりや技術を持っているのだ。

 監視盤の光が、工房の戸口へと近づいてくる。二つの光が、扉の前に止まる。残る「影」の者は二人か。一人は罠にかかり、足止めされているのだろう。

 軋り、という微かな音と共に、工房の戸が開き始める。外から無理に破る音ではない。鍵を、音もなく破る…彼らは、錠前破りのからくりも持っているのだ。

 甚兵衛とお絹は、工房の中で身構える。手にしているのは、発明のための道具…しかし、今は身を守るための道具でもある。甚兵衛は、工房の内部に仕掛けた最後のからくりに手をかける。工房の入り口に仕掛けた、強力な閃光を発する装置だ。

 戸が完全に開いた。闇の中に、黒い人影が二つ現れる。彼らは、音もなく工房に入ろうとする。その手には、得物らしきものが光っている。

「今だ!」

 甚兵衛が叫び、最後のからくりを作動させた。

 バッ! という凄まじい閃光が、工房全体を照らし出す。暗闇に慣れた「影」の者たちは、突然の光に目を眩ませ、うめき声を上げた。その一瞬の隙を突いて、甚兵衛は工房の別の出口へ、お絹と共に飛び出した。

 工房の中での直接対決は避けられた。しかし、それは勝利ではない。彼らは長屋の中にいる。そして、甚兵衛のからくり罠は、彼らを完全に無力化するには至らなかった。

 長屋の暗闇を、追跡の気配が走る。甚兵衛とお絹は、長屋の入り組んだ通路や、屋根の上、床下を使い、影の者たちから逃れようとする。長屋全体が、巨大なからくり仕掛けの迷宮と化した。

 闇の中の追跡劇。甚兵衛のからくり罠が、再び彼らの足元を襲うかもしれない。そして、「影」の者たちもまた、独自のからくりで二人を追い詰めてくるだろう。長屋の平和な日常は破られ、生死をかけた戦いが始まった。
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