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第三部:過去との対峙と陰謀の露見
第二十二話:工房の檻
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長屋に忍び込んだ「影」の者たちとの、闇夜のからくり合戦は続いていた。第一、第二の防御からくりを突破した二つの光は、ついに甚兵衛とお絹のいる工房の戸口まで迫る。工房は狭く、からくり道具や材料が所狭しと置かれている。ここが、二人の最後の砦であり、そして「影」を迎え撃つ罠でもある。
工房の戸が、音もなく開いた。闇の中から、黒い人影が二つ、僅かな月明かりを背に現れる。彼らは熟練した「影」の実行犯だ。その手に光る短い刃物、あるいは仕込み杖。彼らは、甚兵衛たちが中にいることを確信している。
甚兵衛とお絹は、工房の中で身構える。甚兵衛は、金属の棒を握り、お絹は傍らの木製の定規を手にしている。彼らの呼吸は浅く、しかし乱れていない。
「…来やがった」
甚兵衛が低く唸る。影の一人が、音もなく工房に足を踏み入れた。その動きは、猫のようにしなやかだ。もう一人も、続く。彼らは、周囲のからくり道具には目もくれず、ただ甚兵衛とお絹に狙いを定める。
その時、甚兵衛が足元の紐を引いた。それは、工房の入り口近くに仕掛けた、最後の近距離用からくりだ。
ガシャン! という金属音と共に、工房の天井から太い網が落ちてきた。狙われた「影」の一人は、咄嗟に身を翻し網を避けるが、もう一人がわずかに遅れた。網は彼の身体に絡みつき、動きを封じる。
「くそっ!」
珍しく焦りの声が上がる。甚兵衛のからくりは、単純だが効果的だ。
しかし、残る一人は手強い。彼は網を避けると、甚兵衛めがけて一直線に飛び込んできた。その動きは速く、刃物が鈍く光る。甚兵衛は、棒でそれを受け流す。金属と金属がぶつかる硬い音が響く。
工房の中での戦いが始まった。狭い空間を、三つの影が入り乱れる。甚兵衛は、工房にある様々な道具や材料を障害物として使い、相手の動きを制限する。作業台をひっくり返し、布の山を投げつけ、足元に歯車をばら撒く。彼の動きには、武士時代の訓練が染み付いている。防御に徹し、反撃の機会を窺う。
お絹も、単なる傍観者ではない。彼女は、相手の隙を突き、手に持った定規で相手の足を払ったり、目くらましに薬品の入った小瓶を投げつけたりする。彼女の機転と、長屋育ちの素早い動きが、甚兵衛の戦いを助ける。
網にかかった「影」も、ただ拘束されているだけではない。身体を捩り、網を切り裂こうとする。脱出されれば、二対二の状況に戻る。時間はない。
甚兵衛は、相手の攻撃を受け流しながら、工房の奥、特定の場所に追い詰めようとする。そこには、彼がこの工房での最終手段として用意した、とっておきのからくりがある。それは、工房の奥にある床板の下に仕掛けた、強力な磁力を発生させる装置だ。金属製の道具や武器を一時的に吸着させ、相手の動きを封じることを狙う。
激しい攻防の末、甚兵衛は相手を狙いの場所へと誘導することに成功した。相手がその場所に足を踏み込んだ瞬間、甚兵衛は別の紐を引いた。
ゴオオオ! という低い唸りと共に、床下から強い磁力が発生した。男の手に持っていた刃物が、床に張り付くように吸い付けられる。懐の金属製の道具も、身体に張り付く。男の動きが、一瞬止まった。
「今だ、お絹!」
甚兵衛が叫ぶ。お絹は、この時を待っていた。彼女は、事前に用意しておいた太い縄を手に、動きが止まった男に飛びかかる。
二人の協力で、男は縄でぐるぐる巻きにされた。抵抗するが、磁力と縄の二重の拘束には敵わない。同時に、網にかかっていたもう一人も、自力で網から脱出しようとしていたが、完全に自由になる前に、甚兵衛とお絹は二人目の処理に移った。
甚兵衛は、もう一人の男が網から抜け出した隙を突き、飛び道具からくりを使った。それは、小さなカプセルを射出する装置だ。カプセルは男に命中し、中から特定の成分が噴射される。それは、人体には無害だが、一時的に意識を混濁させ、身体の自由を奪う、甚兵衛特製の「眠り薬」だ。
男は、一瞬よろめき、そのまま意識を失い倒れた。
静寂が戻った。激しい戦いの後、工房には乱れた道具と、息を切らす甚兵衛とお絹、そして、意識を失った「影」の者たちが二人だけが残されていた。長屋の住人たちは、この間の騒ぎに気づいた様子はない。彼らの安全は、守られたのだ。
甚兵兵とお絹は、互いの無事を確認し合った。小さな切り傷や擦り傷はあるが、大きな怪我はない。二人の顔には、恐怖と疲労、そして、困難な戦いを乗り越えた達成感が浮かんでいる。彼らの絆は、この生死を分ける戦いを共にすることで、何物にも代えがたいほど強固になった。
甚兵衛は、捕らえた「影」の者たちを縛り上げ、工房の安全な場所に移動させた。そして、彼らの持ち物を調べ始めた。小型の刃物、錠前破りの道具、そして…見慣れない、しかしどこかで見覚えのある符号が記された、小さな通信用のからくり。そして、彼らが持っていた命令書らしきもの。
「奴らの狙いは、我々の捕縛…あるいは排除だった」甚兵衛は命令書らしきものを見ながら言った。「どうやら、氷雨は、我々を危険視し、静かに始末しようとしたらしい」
命令書には、甚兵衛とお絹の特徴、長屋の場所、そして「生け捕りにせよ」という指示が書かれている。しかし、なぜ甚兵衛を危険視したのか、その理由は明確ではない。そして、「影」の全体計画に関する具体的な情報は少ない。
しかし、一つ、重要な手掛かりがあった。彼らが持っていた通信用のからくりと、そこに記された符号。それは、あの蔵で見つけた紙片の暗号、そして森厳寺で「烏」(氷雨)が使っていた信号と関連があるかもしれない。
「これが…奴らの連絡網の手掛かりになるかもしれん」
甚兵衛は、捕らえた「影」の者たち、そして彼らの道具を前に、新たな決意を固めた。長屋は守られた。最初の直接対決には勝利した。しかし、「影」の本体は健在であり、氷雨はまだ掴めていない。そして、辰五郎も、まだ奴らの手の中だ。
工房に朝日が差し込み始める。甚兵衛とお絹は、夜の戦いの後、新たな、そしてより大きな戦いへの扉を開いた。捕らえた「影」の者たち、そして彼らの持つからくりは、彼らを「影」の深部へと導く、重要な手掛かりとなるだろう。
工房の戸が、音もなく開いた。闇の中から、黒い人影が二つ、僅かな月明かりを背に現れる。彼らは熟練した「影」の実行犯だ。その手に光る短い刃物、あるいは仕込み杖。彼らは、甚兵衛たちが中にいることを確信している。
甚兵衛とお絹は、工房の中で身構える。甚兵衛は、金属の棒を握り、お絹は傍らの木製の定規を手にしている。彼らの呼吸は浅く、しかし乱れていない。
「…来やがった」
甚兵衛が低く唸る。影の一人が、音もなく工房に足を踏み入れた。その動きは、猫のようにしなやかだ。もう一人も、続く。彼らは、周囲のからくり道具には目もくれず、ただ甚兵衛とお絹に狙いを定める。
その時、甚兵衛が足元の紐を引いた。それは、工房の入り口近くに仕掛けた、最後の近距離用からくりだ。
ガシャン! という金属音と共に、工房の天井から太い網が落ちてきた。狙われた「影」の一人は、咄嗟に身を翻し網を避けるが、もう一人がわずかに遅れた。網は彼の身体に絡みつき、動きを封じる。
「くそっ!」
珍しく焦りの声が上がる。甚兵衛のからくりは、単純だが効果的だ。
しかし、残る一人は手強い。彼は網を避けると、甚兵衛めがけて一直線に飛び込んできた。その動きは速く、刃物が鈍く光る。甚兵衛は、棒でそれを受け流す。金属と金属がぶつかる硬い音が響く。
工房の中での戦いが始まった。狭い空間を、三つの影が入り乱れる。甚兵衛は、工房にある様々な道具や材料を障害物として使い、相手の動きを制限する。作業台をひっくり返し、布の山を投げつけ、足元に歯車をばら撒く。彼の動きには、武士時代の訓練が染み付いている。防御に徹し、反撃の機会を窺う。
お絹も、単なる傍観者ではない。彼女は、相手の隙を突き、手に持った定規で相手の足を払ったり、目くらましに薬品の入った小瓶を投げつけたりする。彼女の機転と、長屋育ちの素早い動きが、甚兵衛の戦いを助ける。
網にかかった「影」も、ただ拘束されているだけではない。身体を捩り、網を切り裂こうとする。脱出されれば、二対二の状況に戻る。時間はない。
甚兵衛は、相手の攻撃を受け流しながら、工房の奥、特定の場所に追い詰めようとする。そこには、彼がこの工房での最終手段として用意した、とっておきのからくりがある。それは、工房の奥にある床板の下に仕掛けた、強力な磁力を発生させる装置だ。金属製の道具や武器を一時的に吸着させ、相手の動きを封じることを狙う。
激しい攻防の末、甚兵衛は相手を狙いの場所へと誘導することに成功した。相手がその場所に足を踏み込んだ瞬間、甚兵衛は別の紐を引いた。
ゴオオオ! という低い唸りと共に、床下から強い磁力が発生した。男の手に持っていた刃物が、床に張り付くように吸い付けられる。懐の金属製の道具も、身体に張り付く。男の動きが、一瞬止まった。
「今だ、お絹!」
甚兵衛が叫ぶ。お絹は、この時を待っていた。彼女は、事前に用意しておいた太い縄を手に、動きが止まった男に飛びかかる。
二人の協力で、男は縄でぐるぐる巻きにされた。抵抗するが、磁力と縄の二重の拘束には敵わない。同時に、網にかかっていたもう一人も、自力で網から脱出しようとしていたが、完全に自由になる前に、甚兵衛とお絹は二人目の処理に移った。
甚兵衛は、もう一人の男が網から抜け出した隙を突き、飛び道具からくりを使った。それは、小さなカプセルを射出する装置だ。カプセルは男に命中し、中から特定の成分が噴射される。それは、人体には無害だが、一時的に意識を混濁させ、身体の自由を奪う、甚兵衛特製の「眠り薬」だ。
男は、一瞬よろめき、そのまま意識を失い倒れた。
静寂が戻った。激しい戦いの後、工房には乱れた道具と、息を切らす甚兵衛とお絹、そして、意識を失った「影」の者たちが二人だけが残されていた。長屋の住人たちは、この間の騒ぎに気づいた様子はない。彼らの安全は、守られたのだ。
甚兵兵とお絹は、互いの無事を確認し合った。小さな切り傷や擦り傷はあるが、大きな怪我はない。二人の顔には、恐怖と疲労、そして、困難な戦いを乗り越えた達成感が浮かんでいる。彼らの絆は、この生死を分ける戦いを共にすることで、何物にも代えがたいほど強固になった。
甚兵衛は、捕らえた「影」の者たちを縛り上げ、工房の安全な場所に移動させた。そして、彼らの持ち物を調べ始めた。小型の刃物、錠前破りの道具、そして…見慣れない、しかしどこかで見覚えのある符号が記された、小さな通信用のからくり。そして、彼らが持っていた命令書らしきもの。
「奴らの狙いは、我々の捕縛…あるいは排除だった」甚兵衛は命令書らしきものを見ながら言った。「どうやら、氷雨は、我々を危険視し、静かに始末しようとしたらしい」
命令書には、甚兵衛とお絹の特徴、長屋の場所、そして「生け捕りにせよ」という指示が書かれている。しかし、なぜ甚兵衛を危険視したのか、その理由は明確ではない。そして、「影」の全体計画に関する具体的な情報は少ない。
しかし、一つ、重要な手掛かりがあった。彼らが持っていた通信用のからくりと、そこに記された符号。それは、あの蔵で見つけた紙片の暗号、そして森厳寺で「烏」(氷雨)が使っていた信号と関連があるかもしれない。
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甚兵衛は、捕らえた「影」の者たち、そして彼らの道具を前に、新たな決意を固めた。長屋は守られた。最初の直接対決には勝利した。しかし、「影」の本体は健在であり、氷雨はまだ掴めていない。そして、辰五郎も、まだ奴らの手の中だ。
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