【完結】『からくり長屋の事件帖 ~変わり発明家甚兵衛と江戸人情お助け娘お絹~』

月影 朔

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第三部:過去との対峙と陰謀の露見

第二十七話:期日迫る

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 水路に隠された「影」の拠点から戻った甚兵衛とお絹は、疲労困憊していた。しかし、その目には、新たな情報、そして迫る危機への緊張が宿っている。地下工房、氷雨の存在、そして聞き取った言葉…それらを繋ぎ合わせる作業が始まった。

 長屋の工房で、甚兵衛は水底覗き器で見た光景を詳しく思い出していた。壁の江戸の地図、そこに記された印、作業台に並べられた精密な部品、そして、あの複雑な機械装置。お絹もまた、記憶を辿り、見えたもの、聞こえた言葉を甚兵衛に伝える。

「『鍵の最終調整』…『次の段階』…『期日』…」

 甚兵衛は、氷雨が話していた言葉を反芻した。あの地下工房は、単なる隠れ家ではない。「影」の最終計画を実行するための、巨大な「からくり」を製造し、調整している場所だ。そして、「鍵」とは、その巨大なからくりを動かすための、あるいは計画の要となる装置だろう。札差町で見た偽造手形を生み出す『からくり』も、その一部に過ぎないのかもしれない。
「氷雨は、町全体を操るための『からくり』を造っている。そして、それが完成する『期日』が迫っているのだ」

 甚兵衛は、地図に記されていた印を思い出す。それは、江戸の主要な場所…奉行所、米蔵、水源地、あるいは大きな寺社など、町の機能に関わる地点を示しているようだった。これらの場所が、最終的な標的になるのだろう。

 甚兵衛は、過去の「影」の活動、特に氷雨が関わったとされる事件を思い返した。彼の策謀は常に、社会のシステムや、人々の心理を巧妙に利用するものだった。単なる物理的な破壊ではない。情報、経済、秩序…それらを根底から揺るがすことを狙う。

「あの地図の印…もし、これらの場所で、同時に何かが起きるとしたら…」

 甚兵衛は、あの地下工房で見た巨大なからくりと、地図の印を結びつけた。それは、複数の場所で同時に作動し、連動して江戸のシステムに影響を与える、巨大な「からくり」ネットワークかもしれない。偽造手形は経済システムを、盗まれた証文は情報を、水の隠し通路は物理的な移動を…これら全てが、最終的な計画の部品なのだ。
「『期日』…それは、特定の祭り、あるいは幕府の重要な行事の日かもしれない。混乱が最も大きくなる日を奴らは選ぶだろう」

 甚兵衛は、江戸の年間の行事や、歴史的な出来事に関する資料を調べ始めた。氷雨ならば、きっと象徴的な日を選ぶはずだ。人々の注意が一点に集まる日、あるいは、町のシステムが最も脆弱になる日。

 お絹も、情報収集に協力した。長屋の住人たちや、町で働く人々から、近々の大きな行事や、役所、大店などの特別な動きがないか、それとなく聞き込みを行う。彼女の集めてくる、一見些細な町の情報が、甚兵衛の大きな推理の手助けとなる。
「来月、大きな祭りがあるそうですい。町中から人が集まって、大変な賑わいになるって」
「奉行所では、何やら普段より警備が厳しくなる日があるって噂も…」

 これらの情報と、甚兵衛の過去の知識、そしてあの地下工房で見た地図の印。全ての点と線が繋がり、氷雨が狙う「期日」と、最終計画の具体的な内容が、おぼろげながら見え始めた。

 それは、江戸全体を標的とする、未曽有の規模の計画だった。町の機能に関わる複数の場所で、同時に「影」の『からくり』が作動し、経済、情報、物流…江戸の根幹を麻痺させる。そして、その混乱に乗じて、氷雨は何らかの目的を達成するつもりなのだ。

「期日は…恐らく、あの祭りの日だ」甚兵衛は、確信を持って言った。「そして、奴らが調整している『鍵』は、その複数のからくりを、一斉に作動させるための、あるいは制御するための、中枢となる装置だろう」

 ゾッとするような推測だった。あの地下工房は、まさに江戸を崩壊させる「影」の心臓部だったのだ。そして、その心臓部が、今、最終調整を終えようとしている。

 辰五郎の姿は、地下工房の見える場所にはいなかった。しかし、彼が「影」に連れ去られたのは、彼の持つ情報や技術が、この最終計画に関わるからだろう。彼がどこにいるのか、無事なのかは分からない。だが、「期日」が近づいている以上、彼の安否も気がかりだ。
「甚兵衛さん…」お絹は、甚兵衛の険しい顔を見上げた。明らかになった「影」の計画は、あまりに巨大で恐ろしい。

 甚兵衛は、お絹の手を取った。彼の目には、恐怖はない。あるのは、決意、そして怒りだ。

「奴らの好きにはさせない。あの祭りの日に、江戸を混乱させるなど…」

「期日」は迫っている。時間は無い。甚兵衛とお絹は、この恐ろしい計画を阻止するために、どう動くべきか、具体的な策を練り始めた。あの地下工房に乗り込むのか。それとも、祭りの日、複数の標的を同時に阻止するのか。

 明らかになった「期日」と最終計画の一端は、物語を一気に最終局面へと加速させる。甚兵衛の過去、そして「影」の陰謀が交錯し、クライマックスの舞台が整えられようとしていた。
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