【完結】『からくり長屋の事件帖 ~変わり発明家甚兵衛と江戸人情お助け娘お絹~』

月影 朔

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第三部:過去との対峙と陰謀の露見

第二十八話:最終作戦

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 地下工房での偵察で明らかになった「影」の最終計画と迫る「期日」。甚兵衛とお絹は、長屋に戻ってから、その恐るべき情報の分析に全ての時間を費やしていた。江戸全体を標的とする未曽有の「からくり」による同時多発的なシステム麻痺。そして、それを実行する期日が、間近に迫っている。

「祭り、あるいは重要な行事の日…奴らが最大の混乱を狙う日だ。時間は…恐らく、数日も残されていない」

 甚兵衛の顔は、かつてないほど険しい。あの地下工房で見た巨大な装置、「鍵」の最終調整。それが完了すれば、江戸は未曽有の危機に瀕する。辰五郎の安否も気にかかるが、今はそれどころではない。江戸全体が危ないのだ。

 どうする? 残された選択肢は少ない。迫りくる「期日」を待ち、複数の標的地点で「影」のからくりを阻止しようとするか。あるいは…
「奴らの心臓部を叩くしかない」

 甚兵衛は決断した。あの地下工房だ。あの巨大な「鍵」が完成する前に、そこへ乗り込み、装置を破壊し、氷雨を…少なくとも奴らの計画を止めなければならない。そこへ行けば、辰五郎の手掛かりも、あるいは本人もいるかもしれない。
「地下工房へ…ですか?」お絹が息を呑む。あそこがどれほど危険な場所か、彼女は偵察で身をもって知っている。氷雨がいる可能性も高い。
「ああ。あの場所が、奴らのからくりの心臓部だ。そこを止めなければ、枝葉をいくら叩いても意味がない」甚兵衛の目に迷いはない。「危険すぎることは分かっている。だが、これが…恐らく最初で最後の機会だ」

 作戦会議が始まった。工房の作業台の上に広げられたのは、地下工房を偵察した際に記憶した構造図、そして、彼らが見た巨大なからくり装置のスケッチだ。

「水路の隠し扉は、恐らく警備が強化されているだろう。内部にも、新たな罠が仕掛けられている可能性がある」

 甚兵衛は、潜在的な危険箇所を洗い出し、それを突破するための「反からくり」の設計を始めた。水面下の隠し扉を再び開けるための、より強力で静音な道具。地下空間を移動するための、光を吸収する特殊な布を使った装束。壁や床下の気配を探る、改良型の探索からくり。そして…
「奴らの『鍵』…あの巨大なからくりを無力化するための装置が必要だ」

 これが最も重要な「反からくり」だ。甚兵衛は、あの工房で glimpsed した装置の構造から、その弱点を推測する。中枢を司る歯車か、エネルギー源となる仕組みか、あるいは特定の信号に反応する制御装置か。それをピンポイントで破壊、あるいは機能停止させるための、特殊な道具が必要となる。溶接部を瞬時に溶かす薬剤を射出するからくり、特定の周波数の振動で部品を破壊する装置…江戸時代の技術でどこまで可能か、試行錯誤が続く。

 お絹も、設計と製造に協力した。甚兵衛の指示に従い、部品を加工し、からくりを組み立てる。彼女の手つきは、仕立て仕事で培われた器用さで正確だ。危険な薬剤や、鋭利な部品を扱う作業もある。緊張感が張り詰める。

「この部品は、あそこの歯車に繋がるはずですいね。ここを止められれば…」

 お絹の言葉に、甚兵衛は頷く。二人の協力は、単なる作業ではない。互いの知識と技術を組み合わせ、「影」のからくりを打ち破るための、知恵の共同作業だ。

 時間は刻々と過ぎていく。「期日」が迫る焦りが、二人を駆り立てる。睡眠時間も削り、食事もろくにとらない。しかし、疲労は隠せない。
「甚兵衛さん、少し休んでください」お絹が、心配そうに声をかける。

 甚兵衛は首を振った。「休んでいる暇はない。奴らは、今も地下で最終調整を進めている」

 彼らの覚悟は固い。この任務は、役人には任せられない。甚兵衛の過去、そして「影」が使う「からくり」を理解できるのは、自分たちだけだ。江戸を守るため、そしてもしかしたら…辰五郎を助けるためにも、自分たちが動くしかない。

 完成した「反からくり」は、どれも小型で、しかし精巧なものばかりだ。水面下の隠し扉を破るための小さな器具。地下空間を移動する際に周囲の音を吸収する布。そして、「影」の巨大な「鍵」を無力化するための、特殊な振動からくり。
「これで…勝てますか?」お絹が、完成したからくりを見て尋ねた。

 甚兵衛は答えない。勝てる保証などない。相手は「氷雨」。そして、彼らが造った、未知の規模のからくりだ。しかし…
「やるだけのことはやった」

 最終確認を終え、二人は出発の準備を整えた。夜が来るのを待つ。長屋の住人たちは、何も知らない。いつものように眠りにつくだろう。彼らの平和を守るため、二人は今夜、再び闇の中へ踏み込む。

 工房に灯りが消える。張り詰めた空気だけが残る。江戸の運命をかけた最終作戦が、始まろうとしていた。甚兵衛とお絹は、からくりと覚悟を胸に、再び水底の闇へ向かう。
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