【完結】『からくり長屋の事件帖 ~変わり発明家甚兵衛と江戸人情お助け娘お絹~』

月影 朔

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第三部:過去との対峙と陰謀の露見

第三十二話:地下要塞の門

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 夜は、再び漆黒の闇をもたらした。江戸の川面は静まり返り、古びた蔵が立ち並ぶ一角は、不気味な沈黙に包まれている。そこへ、一艘の小舟が音もなく近づいていく。甚兵衛とお絹だ。彼らは、江戸の運命をかけた最終作戦を実行するため、「影」の水路拠点へと戻ってきた。

「ここですいね…覚悟は…」

 お絹が囁いた。声が微かに震えているのは、恐怖だけではない。決意と、今から踏み込む場所への緊張だ。甚兵衛は、お絹の手に一瞬触れ、頷いた。言葉はなくとも、互いの心は通じ合っている。

 水面下の隠し扉は、前回よりもさらに厳重に閉ざされていた。石垣の継ぎ目はより堅固に見え、周囲には新たな金属片が埋め込まれている。恐らく、音や振動、あるいは特定の物質に反応するセンサーが仕掛けられているのだろう。氷雨は、一度侵入されたことに気づき、最大限の警戒態勢を敷いている。

 甚兵衛は、この日のために完成させた、水面下の扉を破るための最終的な「反からくり」を取り出した。それは、複数の先端を持つ複雑な装置だ。音波を発生させてセンサーを攪乱するもの、極めて微細な動きで錠の機構を操作するもの、そして、もし物理的な障害が加わっていれば、それを回避するための機構。

 息を詰めて、反からくりを水面に差し入れる。冷たい水が腕を伝う。お絹は、舟のバランスを取りながら、周囲の闇に目を凝らす。微かな水音、遠くの町の音…それ以外の不審な音はないか。

 ギー…カチリ…ジャー…

 反からくりが、複雑な音を立てながら水面下で動く。扉の内部機構、そして新たに仕掛けられたセンサーや罠と、「反からくり」が静かに戦っている。甚兵衛の額には、汗が滲む。これは、技術と技術、知恵と知恵の、見えない攻防だ。

 長い、長い時間が過ぎた。まるで永遠のように感じられる。その間、二人は微動だにしない。そして…

 カチリ、という小さな解放音と共に、石垣の継ぎ目が動き、水面下の隠し扉がゆっくりと内側へ沈み込み始めた。成功だ! 最も困難な第一関門を突破した。

 開いた穴からは、冷たく湿った空気が流れ出してくる。甚兵衛とお絹は、互いに頷き合い、音もなく穴の中へと滑り込んだ。舟は通路の壁に固定する。

 通路は暗く、冷たい。水が滴る音が響く。前回はここには仕掛けがなかったが、今回は油断できない。甚兵衛は、別の反からくりを取り出した。これは、床下の圧力センサーや、壁に張られた糸、あるいは熱を感知する装置など、目に見えない罠を検知するためのからくりだ。

 慎重に通路を進む。探知からくりが、微かに反応を示す。足元に圧力センサーがある。壁に細い糸が張られている。甚兵衛は、その場所を回避するか、あるいは用意した別の反からくり(センサーの機能を一時的に停止させるもの、糸を安全に切断するものなど)を使って罠を無効化する。お絹は、彼の後ろを、彼の動きとからくりの反応に合わせ、完璧なタイミングでついていく。

 通路の先、陸地に上がる階段。そこにも、新たな警備がいるかもしれない。甚兵衛は、聴覚からくりで周囲の音を探る。微かな足音、あるいは話し声が聞こえる…警備だ。

 階段を上った先に、数人の「影」の者たちが警備についているのが見えた。前回入口にいた者たちよりも、武装も構えも厳重だ。彼らは、入口方向を警戒している。

 このまま正面から進むのは不可能だ。甚兵衛は、階段の横にある壁の構造を調べる。煉瓦が積まれている。彼は、壁の内部を探る反からくりを使った。壁の向こうに、僅かな隙間があることを発見した。それは、配管か、あるいはメンテナンス用の通路かもしれない。狭いが、警備の目を避けて奥へ進める可能性がある。

「こっちだ」

 甚兵衛は、壁の一部に隠された、僅かに開閉できる小さな仕掛けを操作し、壁の隙間から中に滑り込んだ。お絹も続く。中は狭く、暗い通路だ。埃っぽい空気が満ちている。すぐ隣を、警備の足音が通り過ぎていくのが聞こえる。

 地下要塞への侵入は、想像以上に困難だった。しかし、甚兵衛の周到な計画と、最先端の「反からくり」、そして二人の緊密な連携によって、水面下の隠し扉、通路の罠、そして初期の警備を突破した。彼らは、ついに「影」の本拠地の、さらに深部へと足を踏み入れたのだ。

 通路の先には、あの巨大なからくり工房が待っている。轟音と熱気が、通路の奥から伝わってくる。そして、そこにいるであろう氷雨が。

 物語は、いよいよ「影」の心臓部へ。江戸の運命をかけた最終決戦の地が、目の前に迫る。
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