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第一章:鬼灯横丁の怪医者
第十二話:恋煩いの幽霊
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忘れ去られた祠の穢れを清め、子供たちを救ったことで、おみつは玄庵の持つ力の深さを改めて実感した。
玄庵診療所の仕事は、単に病を治すだけでなく、人々と妖怪、そしてこの世界の調和を保つことにあるのかもしれない。そんなことを考え始めた矢先、診療所に、またもや常識では考えられない患者が訪れた。
それは、人の姿をしていた。しかし、その体は半透明で、うっすらと向こう側が透けて見える。白い着物を身につけた、年の頃ならおみつと変わらないくらいの若い娘の幽霊だった。
「あの……」
おみつは、思わず声を上げた。幽霊は、ふわりと宙に浮きながら、玄庵の前に現れた。その顔は、生きている人間と変わらぬほど美しいが、どこか悲しげで、焦点の定まらない目をしていた。
「先生……私は、どうすれば良いのでしょう……」
幽霊の娘は、か細い声でそう呟いた。玄庵は、幽霊がそこにいることを当たり前のように受け入れ、静かに話を聞き始めた。おみつは、幽霊という存在を間近で見るのは初めてで、恐怖と同時に、その儚い美しさに心を奪われた。
幽霊の娘は、生前のことを語り始めた。彼女は、とある商家の娘で、心から愛する男性がいたのだという。しかし、身分の違いから、その恋は叶わず、病に倒れて命を落とした。死してなお、その男性への恋慕が断ち切れず、この世を彷徨い続けているのだと。
「彼に、一目会いたいのです。しかし、近づくことすら叶わず、ただ遠くから見ているだけ……。この苦しみから、私はどうすれば解放されるのでしょう」
幽霊の娘は、悲痛な声で訴えた。彼女の体からは、冷たく、しかし確かに、深い悲しみの感情が漂っていた。おみつは、その切ない恋心に、胸が締め付けられるようだった。
玄庵は、幽霊の言葉を静かに聞き終えると、一つ息を吐いた。
「なるほど。叶わぬ恋の念が、あなたをこの世に縛り付けている。これは、恋煩いの幽霊ですな」
玄庵は、幽霊にそう告げた。そして、幽霊が彷徨う場所、そして彼女が想いを寄せる男性の住まいを尋ねた。
「治療は可能です。しかし、そのためには、あなたの未練を解き放つ必要があります。彼に会うことだけが、あなたの救いではありません」
玄庵の言葉に、幽霊の娘は悲しげに首を振った。
「彼以外に、私に何が残っているというのですか……」
「それでは、いつまでもこの世に留まり、苦しみ続けるだけです。あなたの魂を解き放つには、彼との間に、真の別れを告げなければならない」
玄庵は、そう言って、おみつに一つの指示を出した。
「おみつ、この筆と墨で、手紙を書いてください。幽霊の娘さんが伝えたい、本当の気持ちを、彼女の言葉で」
おみつは驚いた。幽霊に手紙を書く? しかし、玄庵の真剣な眼差しに、おみつはすぐに筆と墨を手に取った。
幽霊の娘は、震える声で、彼への思いを語り始めた。愛していること、会いたいこと、そして、もう叶わないと分かっていても、どうしても伝えたい感謝の言葉を。
おみつは、幽霊の娘の言葉一つ一つに耳を傾け、その切ない思いがこもった手紙を書き記していった。
手紙を書き終えると、玄庵は幽霊の娘に、男性の元へ届けに行くよう促した。幽霊の娘は、手紙を抱え、一瞬迷うような表情を見せたが、やがて頷き、診療所を後にした。
翌朝、幽霊の娘が再び診療所を訪れた。しかし、彼女の姿は、以前よりもさらに薄くなっていた。
「私は……彼に、会えました。手紙を届けたのです。彼は、私が書いた手紙に、涙を流してくれました……」
幽霊の娘の声は、ひどく弱々しかったが、その瞳には、初めて見る安堵の光が宿っていた。
「彼もまた、私を深く愛してくれていたことを、知りました。それでも、この世に留まることは、もう彼を苦しめるだけ。私は、もう大丈夫です……」
幽霊の娘は、そう言うと、玄庵とおみつに深々と頭を下げた。そして、彼女の体は、まるで朝霧が晴れるように、ゆっくりと、しかし確実に消え去っていった。最後に残ったのは、かすかな光の粒と、温かい風だけだった。
おみつは、幽霊の娘が成仏していく姿を見て、目頭が熱くなった。叶わぬ恋の苦しみから解き放たれ、安らかに旅立っていくその姿は、幽霊でありながら、人間として、そして女性として、一つの恋を全うしたかのように見えた。
玄庵は、幽霊が消えた空間を静かに見つめていた。その表情には、いつもの冷静さの中に、微かな慈悲の色が浮かんでいるように見えた。
「死してなお、この世に未練を残す魂は少なくありません。しかし、その未練の糸を解き放ち、彼らが安らかに旅立てるよう手助けをすることも、医者の務めです」
玄庵の言葉に、おみつは深く頷いた。玄庵の医術は、生者の病を治すだけでなく、死者の魂をも救済する。それは、単なる医療行為を超えた、深い慈悲と、この世の理に通じるものだと感じた。
この恋煩いの幽霊との出会いは、おみつに、生者と死者の間にも存在する、深い心の繋がりを教えてくれた。そして、玄庵の「鬼の医者」としての真価を、また一つ深く知る機会となったのだ。
玄庵診療所の仕事は、単に病を治すだけでなく、人々と妖怪、そしてこの世界の調和を保つことにあるのかもしれない。そんなことを考え始めた矢先、診療所に、またもや常識では考えられない患者が訪れた。
それは、人の姿をしていた。しかし、その体は半透明で、うっすらと向こう側が透けて見える。白い着物を身につけた、年の頃ならおみつと変わらないくらいの若い娘の幽霊だった。
「あの……」
おみつは、思わず声を上げた。幽霊は、ふわりと宙に浮きながら、玄庵の前に現れた。その顔は、生きている人間と変わらぬほど美しいが、どこか悲しげで、焦点の定まらない目をしていた。
「先生……私は、どうすれば良いのでしょう……」
幽霊の娘は、か細い声でそう呟いた。玄庵は、幽霊がそこにいることを当たり前のように受け入れ、静かに話を聞き始めた。おみつは、幽霊という存在を間近で見るのは初めてで、恐怖と同時に、その儚い美しさに心を奪われた。
幽霊の娘は、生前のことを語り始めた。彼女は、とある商家の娘で、心から愛する男性がいたのだという。しかし、身分の違いから、その恋は叶わず、病に倒れて命を落とした。死してなお、その男性への恋慕が断ち切れず、この世を彷徨い続けているのだと。
「彼に、一目会いたいのです。しかし、近づくことすら叶わず、ただ遠くから見ているだけ……。この苦しみから、私はどうすれば解放されるのでしょう」
幽霊の娘は、悲痛な声で訴えた。彼女の体からは、冷たく、しかし確かに、深い悲しみの感情が漂っていた。おみつは、その切ない恋心に、胸が締め付けられるようだった。
玄庵は、幽霊の言葉を静かに聞き終えると、一つ息を吐いた。
「なるほど。叶わぬ恋の念が、あなたをこの世に縛り付けている。これは、恋煩いの幽霊ですな」
玄庵は、幽霊にそう告げた。そして、幽霊が彷徨う場所、そして彼女が想いを寄せる男性の住まいを尋ねた。
「治療は可能です。しかし、そのためには、あなたの未練を解き放つ必要があります。彼に会うことだけが、あなたの救いではありません」
玄庵の言葉に、幽霊の娘は悲しげに首を振った。
「彼以外に、私に何が残っているというのですか……」
「それでは、いつまでもこの世に留まり、苦しみ続けるだけです。あなたの魂を解き放つには、彼との間に、真の別れを告げなければならない」
玄庵は、そう言って、おみつに一つの指示を出した。
「おみつ、この筆と墨で、手紙を書いてください。幽霊の娘さんが伝えたい、本当の気持ちを、彼女の言葉で」
おみつは驚いた。幽霊に手紙を書く? しかし、玄庵の真剣な眼差しに、おみつはすぐに筆と墨を手に取った。
幽霊の娘は、震える声で、彼への思いを語り始めた。愛していること、会いたいこと、そして、もう叶わないと分かっていても、どうしても伝えたい感謝の言葉を。
おみつは、幽霊の娘の言葉一つ一つに耳を傾け、その切ない思いがこもった手紙を書き記していった。
手紙を書き終えると、玄庵は幽霊の娘に、男性の元へ届けに行くよう促した。幽霊の娘は、手紙を抱え、一瞬迷うような表情を見せたが、やがて頷き、診療所を後にした。
翌朝、幽霊の娘が再び診療所を訪れた。しかし、彼女の姿は、以前よりもさらに薄くなっていた。
「私は……彼に、会えました。手紙を届けたのです。彼は、私が書いた手紙に、涙を流してくれました……」
幽霊の娘の声は、ひどく弱々しかったが、その瞳には、初めて見る安堵の光が宿っていた。
「彼もまた、私を深く愛してくれていたことを、知りました。それでも、この世に留まることは、もう彼を苦しめるだけ。私は、もう大丈夫です……」
幽霊の娘は、そう言うと、玄庵とおみつに深々と頭を下げた。そして、彼女の体は、まるで朝霧が晴れるように、ゆっくりと、しかし確実に消え去っていった。最後に残ったのは、かすかな光の粒と、温かい風だけだった。
おみつは、幽霊の娘が成仏していく姿を見て、目頭が熱くなった。叶わぬ恋の苦しみから解き放たれ、安らかに旅立っていくその姿は、幽霊でありながら、人間として、そして女性として、一つの恋を全うしたかのように見えた。
玄庵は、幽霊が消えた空間を静かに見つめていた。その表情には、いつもの冷静さの中に、微かな慈悲の色が浮かんでいるように見えた。
「死してなお、この世に未練を残す魂は少なくありません。しかし、その未練の糸を解き放ち、彼らが安らかに旅立てるよう手助けをすることも、医者の務めです」
玄庵の言葉に、おみつは深く頷いた。玄庵の医術は、生者の病を治すだけでなく、死者の魂をも救済する。それは、単なる医療行為を超えた、深い慈悲と、この世の理に通じるものだと感じた。
この恋煩いの幽霊との出会いは、おみつに、生者と死者の間にも存在する、深い心の繋がりを教えてくれた。そして、玄庵の「鬼の医者」としての真価を、また一つ深く知る機会となったのだ。
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