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第一章:鬼灯横丁の怪医者
第十五話:玄庵の教え
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呪いの絵馬に込められた怨念を鎮め、おみつは改めて人の心の闇の深さと、それを祓う玄庵の力の大きさを知った。患者の症状だけでなく、その背後にある感情の渦をも見通す玄庵の医術に、おみつはますます引き込まれていく。
そんなある日、玄庵は珍しく、おみつに妖怪の特性について、そして人間と妖怪の違いについて語り始めた。
その日の診療所は穏やかな空気に包まれていた。患者の来ない静かな午後に、玄庵は縁側で薬草を丁寧に手入れしていた。
その隣で、おみつはこれまで調合してきた薬草の効能を、玄庵から教わった書物と照らし合わせながら復習していた。
「この薬草は、陽の気を帯びている。故に、陰の気を纏う妖怪の憑依には効き目がある。しかし、陽の気を強く持つ妖怪には、かえって逆効果となることもある」
玄庵は、手に持った薬草を見つめながら、静かにそう語り始めた。おみつは手を止め、玄庵の言葉に耳を傾けた。
「妖怪にも、様々な性質がある。人の心を弄ぶ者、悪意を持つ者、あるいはただ、そこに存在するだけの者。そして、人々の信仰や畏怖によってその力を得る者もいれば、人の負の感情を糧とする者もいる」
玄庵の言葉は、まるで妖怪図鑑を紐解くかのように、淡々としていながらも、その奥には深い知識と経験が滲み出ていた。おみつは、これまで出会った妖怪たちのことを思い出しながら、玄庵の話に引き込まれていった。
「たとえば、以前の木霊は、音を喜び、他者に聞かせることで力を得ていた。影喰いは、人の存在の象徴である影を喰らい、己の存在を強める。そして、付喪神は、道具への人の想いが形となったもの」
玄庵は、具体例を挙げながら説明した。おみつは、一つ一つの言葉を噛みしめるように聞いた。
「妖怪とは、この世の理から外れた存在に見えるかもしれない。しかし、彼らもまた、この世界の理の一部なのだ」
玄庵の視線は、遠く、どこか別の場所を見ているようだった。その瞳の奥には、おみつには測り知れない、深い歴史と、ある種の諦念のようなものが感じられた。
「だが、人間と妖怪には、決定的な違いがある」
玄庵はそう言うと、おみつに向き直った。
「人間は、選択ができる。過ちを悔い、償うことができる。未来を変えることができる。しかし、妖怪の多くは、その性質や生い立ちによって、ある程度定められた道を歩む」
おみつは、天邪鬼に憑かれた少女の件を思い出した。少女は、嘘をつくことから逃れたいと願い、その心を解き放つことができた。しかし、天邪鬼自身は、言葉を裏返すという性質から逃れることはできなかった。
「もちろん、全ての妖怪がそうだというわけではない。中には、自らの意志で道を切り開こうとする者もいる。だが、彼らは、その多くが人の感情や行動に強く影響される。人の心が、妖怪の存在を形作り、そして変えていくのだ」
玄庵の言葉に、おみつはハッとした。これまでの患者たちを振り返れば、その言葉の真意が理解できた。怨念を抱く絵馬の小妖怪も、恋煩いの幽霊も、そして食いしん坊の座敷童子も、皆、人間の心と深く結びついていた。
「ゆえに、妖怪が引き起こす病を治すことは、人の心を癒やすことと同意義なのだ。そして、そのためには、彼らの性質を深く理解し、適切な方法で向き合う必要がある」
玄庵は、そう言って、おみつの持つ薬草の書物にそっと指を置いた。
「おみつ。あなたは、人の心に寄り添うことができる。それは、この診療所で働く上で、何よりも大切な資質です。これから、様々な妖怪と、そして様々な人の心の闇と向き合うことになるでしょう。その時には、この言葉を思い出してください」
玄庵の言葉は、おみつを叱るものではなく、励ますものであり、そして玄庵が自分に期待していることを示すものだった。おみつは、玄庵の深い眼差しに、静かに頷いた。
「はい、先生。肝に銘じます」
この玄庵の教えは、おみつにとって、単なる知識の伝授以上の意味を持った。それは、この奇妙な世界で、玄庵の助手として歩んでいく覚悟を、改めて固める機会となった。
そして、人間と妖怪が交錯するこの江戸の町で、おみつ自身の視野が、さらに大きく、そして深く広がるのを感じていた。
そんなある日、玄庵は珍しく、おみつに妖怪の特性について、そして人間と妖怪の違いについて語り始めた。
その日の診療所は穏やかな空気に包まれていた。患者の来ない静かな午後に、玄庵は縁側で薬草を丁寧に手入れしていた。
その隣で、おみつはこれまで調合してきた薬草の効能を、玄庵から教わった書物と照らし合わせながら復習していた。
「この薬草は、陽の気を帯びている。故に、陰の気を纏う妖怪の憑依には効き目がある。しかし、陽の気を強く持つ妖怪には、かえって逆効果となることもある」
玄庵は、手に持った薬草を見つめながら、静かにそう語り始めた。おみつは手を止め、玄庵の言葉に耳を傾けた。
「妖怪にも、様々な性質がある。人の心を弄ぶ者、悪意を持つ者、あるいはただ、そこに存在するだけの者。そして、人々の信仰や畏怖によってその力を得る者もいれば、人の負の感情を糧とする者もいる」
玄庵の言葉は、まるで妖怪図鑑を紐解くかのように、淡々としていながらも、その奥には深い知識と経験が滲み出ていた。おみつは、これまで出会った妖怪たちのことを思い出しながら、玄庵の話に引き込まれていった。
「たとえば、以前の木霊は、音を喜び、他者に聞かせることで力を得ていた。影喰いは、人の存在の象徴である影を喰らい、己の存在を強める。そして、付喪神は、道具への人の想いが形となったもの」
玄庵は、具体例を挙げながら説明した。おみつは、一つ一つの言葉を噛みしめるように聞いた。
「妖怪とは、この世の理から外れた存在に見えるかもしれない。しかし、彼らもまた、この世界の理の一部なのだ」
玄庵の視線は、遠く、どこか別の場所を見ているようだった。その瞳の奥には、おみつには測り知れない、深い歴史と、ある種の諦念のようなものが感じられた。
「だが、人間と妖怪には、決定的な違いがある」
玄庵はそう言うと、おみつに向き直った。
「人間は、選択ができる。過ちを悔い、償うことができる。未来を変えることができる。しかし、妖怪の多くは、その性質や生い立ちによって、ある程度定められた道を歩む」
おみつは、天邪鬼に憑かれた少女の件を思い出した。少女は、嘘をつくことから逃れたいと願い、その心を解き放つことができた。しかし、天邪鬼自身は、言葉を裏返すという性質から逃れることはできなかった。
「もちろん、全ての妖怪がそうだというわけではない。中には、自らの意志で道を切り開こうとする者もいる。だが、彼らは、その多くが人の感情や行動に強く影響される。人の心が、妖怪の存在を形作り、そして変えていくのだ」
玄庵の言葉に、おみつはハッとした。これまでの患者たちを振り返れば、その言葉の真意が理解できた。怨念を抱く絵馬の小妖怪も、恋煩いの幽霊も、そして食いしん坊の座敷童子も、皆、人間の心と深く結びついていた。
「ゆえに、妖怪が引き起こす病を治すことは、人の心を癒やすことと同意義なのだ。そして、そのためには、彼らの性質を深く理解し、適切な方法で向き合う必要がある」
玄庵は、そう言って、おみつの持つ薬草の書物にそっと指を置いた。
「おみつ。あなたは、人の心に寄り添うことができる。それは、この診療所で働く上で、何よりも大切な資質です。これから、様々な妖怪と、そして様々な人の心の闇と向き合うことになるでしょう。その時には、この言葉を思い出してください」
玄庵の言葉は、おみつを叱るものではなく、励ますものであり、そして玄庵が自分に期待していることを示すものだった。おみつは、玄庵の深い眼差しに、静かに頷いた。
「はい、先生。肝に銘じます」
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そして、人間と妖怪が交錯するこの江戸の町で、おみつ自身の視野が、さらに大きく、そして深く広がるのを感じていた。
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