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第二章:絡み合う糸、深まる謎
第三十話:河童の秘薬
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愛する者を失った悲しみから「心の枯渇」に陥った老人を救い、おみつは人の心の奥底にある傷を癒やすことの重要性を再認識した。
玄庵の医術が単なる治療を超え、心のあり方そのものに関わることに、おみつは深く感銘を受けていた。そんな玄庵の元に、彼の古い友人で薬師の河童が、珍しい薬草を届けにやってくる。
その日の昼下がり、診療所の木戸がトントンと小気味良い音を立てて叩かれた。
おみつが戸を開けると、そこに立っていたのは、見慣れない小柄な人影だった。
その姿は、水気を含んだ緑色の肌を持ち、頭頂部には皿がある。そして、背中には、大きな薬籠(やくろう)を背負っていた。
「よお、玄庵はいるかい? 珍しい薬草を届けにきたんだがね」
男の声は、どこか水を含んだような、独特の響きを持っていた。おみつは、その奇妙な姿に驚きながらも、すぐに彼が妖怪の一種であることを悟った。
「あの、玄庵先生なら、中に……」
おみつがそう答えると、その河童は、するりと診療所の奥へと入っていった。玄庵は、河童の姿を見ると、珍しく口元に微かな笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、芥子(けし)」
玄庵が親しげに声をかけると、芥子と呼ばれた河童も、嬉しそうにその皿を光らせた。
「久しぶりだな、玄庵! お前も相変わらず、薄暗い所で人間相手の医者稼業か。もっとこう、派手にやればいいものを」
芥子はそう言いながら、背負っていた薬籠を診察台の上に置いた。薬籠の中には、見たこともないような奇妙な形や色の薬草が、ぎっしりと詰まっていた。そのどれもが、ただならぬ妖気を放っているのが、おみつにも感じられた。
「これは……?」
おみつが興味津々に薬草を見つめると、芥子はニヤリと笑った。
「へっへっへ、お嬢ちゃん、こいつはただの薬草じゃねえぞ。深山の奥深く、人里離れた場所でしか採れねえ、とっておきの霊薬だ。並大抵の病なら、たちどころに治してみせる」
芥子は得意げに胸を張った。おみつは、その珍しい薬草の数々に、目を輝かせた。玄庵は、芥子の薬草を一つ一つ手に取り、その状態を丁寧に確かめている。
「よくぞ持ってきてくれた。これは、先日の祭りで起きた混乱で、穢れの気に触れてしまった者の治療に役立つだろう」
玄庵が言うと、芥子はニヤリと笑った。
「相変わらず、お前は厄介な仕事ばかり引き受けてるな。まったく、お前ほど変わり者の医者もいねぇぜ」
芥子の言葉に、玄庵は何も言わなかったが、その表情はどこか穏やかに見えた。二人の間には、長年の付き合いからくる、独特の信頼関係があるように感じられた。
芥子は、おみつの好奇心旺盛な視線に気づくと、フッと笑った。
「お嬢ちゃん、薬草に興味があるのかい? いいだろう、特別に、とっておきの知識を教えてやろう。この山椒(さんしょう)は、ただの痺れ薬じゃねぇ。これをうまく使えば、神経に絡みついた邪気を払うことができる。ただし、量を間違えれば、それこそ痺れて動けなくなっちまうがな」
芥子は、薬草の一つを手に取り、その効能や使い方について、おみつに詳しく語り始めた。
その説明は、玄庵の教え方とはまた異なり、もっと実践的で、妖怪ならではの知恵が詰まっているように感じられた。おみつは、芥子の話に引き込まれ、熱心に耳を傾けた。
玄庵は、そんなおみつと芥子のやり取りを、静かに見守っていた。彼の口元には、再び微かな笑みが浮かんでいる。
「芥子は、私の古き友人だ。彼もまた、この世の薬に精通している」
玄庵の言葉に、おみつは驚いた。玄庵の交友関係が、人間だけでなく、妖怪にまで及んでいることを改めて知ったのだ。そして、その妖怪たちが、彼を深く信頼していることも。
芥子は、届け物を終えると、満足げに立ち上がった。
「まあ、困ったことがあったら、また声をかけろ。ただし、ただ働きはしねぇぞ、玄庵。お前も、もっと儲けを考えろってんだ」
芥子はそう言い残し、水を含んだような足取りで診療所を後にした。
おみつは、玄庵の傍らに座り、芥子から教わった薬草の知識をメモに取りながら、今回の出会いを反芻していた。
玄庵の謎めいた過去は、確かに彼が人間と妖怪の間に立つ存在であることを示唆している。
そして、その過去が、彼に深い「癒やされぬ傷」を与えた。しかし、彼には、芥子のような信頼できる妖怪の友もいる。それは、玄庵が、ただ孤独に過去と向き合っているわけではないことを示していた。
玄庵の周りの人間関係(と妖関係)が広がるにつれて、彼の背景にある物語の奥行きがさらに深まっていくのを感じたおみつは、これからも彼と共に、この鬼灯横丁で起こる様々な奇妙な出来事と向き合っていく覚悟を、改めて心に刻んだのだった。
玄庵の医術が単なる治療を超え、心のあり方そのものに関わることに、おみつは深く感銘を受けていた。そんな玄庵の元に、彼の古い友人で薬師の河童が、珍しい薬草を届けにやってくる。
その日の昼下がり、診療所の木戸がトントンと小気味良い音を立てて叩かれた。
おみつが戸を開けると、そこに立っていたのは、見慣れない小柄な人影だった。
その姿は、水気を含んだ緑色の肌を持ち、頭頂部には皿がある。そして、背中には、大きな薬籠(やくろう)を背負っていた。
「よお、玄庵はいるかい? 珍しい薬草を届けにきたんだがね」
男の声は、どこか水を含んだような、独特の響きを持っていた。おみつは、その奇妙な姿に驚きながらも、すぐに彼が妖怪の一種であることを悟った。
「あの、玄庵先生なら、中に……」
おみつがそう答えると、その河童は、するりと診療所の奥へと入っていった。玄庵は、河童の姿を見ると、珍しく口元に微かな笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、芥子(けし)」
玄庵が親しげに声をかけると、芥子と呼ばれた河童も、嬉しそうにその皿を光らせた。
「久しぶりだな、玄庵! お前も相変わらず、薄暗い所で人間相手の医者稼業か。もっとこう、派手にやればいいものを」
芥子はそう言いながら、背負っていた薬籠を診察台の上に置いた。薬籠の中には、見たこともないような奇妙な形や色の薬草が、ぎっしりと詰まっていた。そのどれもが、ただならぬ妖気を放っているのが、おみつにも感じられた。
「これは……?」
おみつが興味津々に薬草を見つめると、芥子はニヤリと笑った。
「へっへっへ、お嬢ちゃん、こいつはただの薬草じゃねえぞ。深山の奥深く、人里離れた場所でしか採れねえ、とっておきの霊薬だ。並大抵の病なら、たちどころに治してみせる」
芥子は得意げに胸を張った。おみつは、その珍しい薬草の数々に、目を輝かせた。玄庵は、芥子の薬草を一つ一つ手に取り、その状態を丁寧に確かめている。
「よくぞ持ってきてくれた。これは、先日の祭りで起きた混乱で、穢れの気に触れてしまった者の治療に役立つだろう」
玄庵が言うと、芥子はニヤリと笑った。
「相変わらず、お前は厄介な仕事ばかり引き受けてるな。まったく、お前ほど変わり者の医者もいねぇぜ」
芥子の言葉に、玄庵は何も言わなかったが、その表情はどこか穏やかに見えた。二人の間には、長年の付き合いからくる、独特の信頼関係があるように感じられた。
芥子は、おみつの好奇心旺盛な視線に気づくと、フッと笑った。
「お嬢ちゃん、薬草に興味があるのかい? いいだろう、特別に、とっておきの知識を教えてやろう。この山椒(さんしょう)は、ただの痺れ薬じゃねぇ。これをうまく使えば、神経に絡みついた邪気を払うことができる。ただし、量を間違えれば、それこそ痺れて動けなくなっちまうがな」
芥子は、薬草の一つを手に取り、その効能や使い方について、おみつに詳しく語り始めた。
その説明は、玄庵の教え方とはまた異なり、もっと実践的で、妖怪ならではの知恵が詰まっているように感じられた。おみつは、芥子の話に引き込まれ、熱心に耳を傾けた。
玄庵は、そんなおみつと芥子のやり取りを、静かに見守っていた。彼の口元には、再び微かな笑みが浮かんでいる。
「芥子は、私の古き友人だ。彼もまた、この世の薬に精通している」
玄庵の言葉に、おみつは驚いた。玄庵の交友関係が、人間だけでなく、妖怪にまで及んでいることを改めて知ったのだ。そして、その妖怪たちが、彼を深く信頼していることも。
芥子は、届け物を終えると、満足げに立ち上がった。
「まあ、困ったことがあったら、また声をかけろ。ただし、ただ働きはしねぇぞ、玄庵。お前も、もっと儲けを考えろってんだ」
芥子はそう言い残し、水を含んだような足取りで診療所を後にした。
おみつは、玄庵の傍らに座り、芥子から教わった薬草の知識をメモに取りながら、今回の出会いを反芻していた。
玄庵の謎めいた過去は、確かに彼が人間と妖怪の間に立つ存在であることを示唆している。
そして、その過去が、彼に深い「癒やされぬ傷」を与えた。しかし、彼には、芥子のような信頼できる妖怪の友もいる。それは、玄庵が、ただ孤独に過去と向き合っているわけではないことを示していた。
玄庵の周りの人間関係(と妖関係)が広がるにつれて、彼の背景にある物語の奥行きがさらに深まっていくのを感じたおみつは、これからも彼と共に、この鬼灯横丁で起こる様々な奇妙な出来事と向き合っていく覚悟を、改めて心に刻んだのだった。
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